黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

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第三章 第四部 逆風

13 白い花ピンクの花

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 ルギは全員を解散させると、早速衛士たちに命令した。
 衛士たちは隊長の命令通り、それぞれが己の持ち場へと走った。



「お加減はいかがです」

 ルギはキリエの部屋へ見舞いと取り調べのためにやってきた。

「まあまあですかね」

 そういうキリエの顔色はすでに元に戻っているようだった。
 体内の悪い物質がもう排出されてしまったからかとルギは考えながら、白い花に目を移す。

「大変な目に遭いましたな」
「そうですね。人間を長くやると色々なことがあるものです」

 その言葉にルギが軽く笑う。

 キリエはその笑顔を見てもそう驚くことはない。
 あの八年前の出来事の時、この男の顔も色々と見ている。そして自分の色々な顔もすでに見られているからだ。

「この白い花ですが、エリス様がお持ちになったものだそうですね」
「ええ、空気を清浄にする花だそうですよ。今回のことがなければ、花にそのような働きをするものがあるなど知ることもなかったでしょうね」

 白い花を見ながらそう言う。

「では、こちらのピンクの花はいかがです」

 ルギが取り調べの場に持ってこさせた鉢を抱え、そう聞く。

「かわいい花ですね、心安らかにしてくれます」
「これは、誰が持ってきたものです? ご存知ではありませんか?」
「それは」

 キリエは一瞬考えてから、

「気がついたらそこにありました。誰か侍女が、殺風景な侍女頭の部屋の彩りに持ってきてくれたものではないでしょうか」
「さようですか」

 ルギがキリエから目を離さず続ける。

「この花を、毒の花ではないかと言う者がありましてな」
「え?」
 
 キリエが驚いた顔を見せる。

「誰がそのようなことを」
「私です」

 キリエがさらに驚いた顔になる。

「前回お見舞いに伺った折り、とても良い香りがしていたことを覚えていました。てっきり何か香でも炊かれているものと思っていましたが、キリエ様は部屋に香炉を置かれていないと伺いまして、では何の香りかということから、この花の話になりました。ですが、誰が持ってきたかが分からぬ花だと。それで怪しいと思いました」
「そうだったのですか」
「ええ、それでこの花を調べたのですが、毒ではない、ごく普通に街にある花、誰にでも手に入る普通の花だそうです」
「そうですか」

 キリエにそう言いながら、ルギがピンクの花に顔を寄せる。
 この男らしからぬ行動ではあるが、実にこの男らしい行動であった。

「香りがしませんな」
 
 花から顔を離してそう言う。

「あの時、この部屋にあったのはこの花だけだったと記憶しております。ですが今、この花からは、これまで近づいてやっと、ほんのりと香るほどにしか香りがしない」

 ピンクの花を白い花の隣に並べて置く。

「この白い花は空気を清浄にする花、この花がピンクの花の毒の香りを吸い取ったのか? 違いますな、この花は元々香りが乏しい花なのでしょう。だとしたら、あの時、私が嗅いだあの香りは何の香りであったのか」

 キリエは黙って聞いている。

「そこから推測できることがあります。あの時、この部屋にあったピンクの花とこの花は別物だ。誰かがすり替えたのです」

 ルギはキリエの方を見ることもなく、じっと二つの花を見比べながら続ける。

「では誰がすり替えたのか。そう考えていくと実に簡単に答えが出ました。この白い花を持ってきた人物です。その人物はピンクの花が毒の花だと気がつき、それで白い花を持ってきた時にすり替えたのです」

 見ていたように断言する。

「白い花を持って来られたのはエリス様らしいですな。侍女と二人でこの部屋に来られたと」
「ええ、そうです」
「その時に、何か体に良い食べ物や茶も持ってこられたと」
「ええ、お心遣いいただきました」
「それはまだありますかな?」
「あると思いますよ。フウが持っていって、少しずつ出してくれてますが、なくなったとは言っていませんでした」
「そうですか。お茶も?」
「ええ」
「それはまた後でフウ様に伺うとして、ピンクの花をすり替えたのにはお気づきでしたか?」

 キリエはその質問には答えず黙り込む。

「お返事がないということは、ご存知ないということか、それとも、知っているが答えられない」

 一度言葉を切ってルギが続ける。

「答えられぬことには沈黙」

 八年前、マユリアが言った言葉だ。
 共鳴を起こしたトーヤがシャンタルに何かなかったかと聞いた時、マユリアがそう答えた。

「それと、今回伺ってもう一つ気になることができました」
「なんでしょう」
「前回はもっとこの部屋が暑かったのです。病人を風にさらさぬように、あえてそうして火桶で室温を上げているのだろうと思っていましたが、あれも花を活発にするためだったとしたら」

 どうしてルギはこうも鋭いのだろうと、キリエは心の中で考えていた。

「今は、香炉のこともあってかよく換気されてますな。良いことです」
「そうですね。布団に入っているとそれほど寒さも感じませんし、風が心地よいぐらいです」
「それはよかった」

 そう言ってからまたルギが言葉を続ける。

「火桶」

 ちらっと火桶に視線を向け、

「そこから花の香りがするように思います。それは香りを補填するためですな」

 何もかもお見通しかとキリエは黙って言葉を聞いている。
 今のキリエには沈黙しかできない。
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