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第三章 第五部 王宮から吹く風
14 夢を破る者
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国王はさすがに少々バツの悪さを感じていた。
思わず息子にカップを投げつけてしまった。
それほどのことではなかったと、今なら分かる。
「あれは、私の体を案じて言ってくれただけであった」
思い起こせば、自分も何度も似たような言葉を口にしたことがあったはずだ。
今はもう亡き先王、父親に対して、今は離宮で過ごす皇太后、母親に対して。
いや、両親だけではない、老いた忠臣にも「無理をするな」と何度も口にした。
伯父や伯母、その他、血縁のある者、ない者、年寄を見るとそう声をかけていたように思う。
「それを、何故にあれほど気に食わなんだのか……」
冷静に考えると、また不愉快な結末にたどり着く。
――老いたということだ――
その事実に自分でも気がついていた。
若いつもりでいてもそうではない。
そして、皇太子の、息子の、今ぞ盛りの眩しさが怒りの対象となったのだ。
その皇太子がマユリアを自分によこせと言ってきた。
八年前に自分のものになるはずであった、あの奇跡の女神を。
ふと、今朝のではない皇太子の言葉を思い出し、さらに不愉快になる。
『マユリアは私の3つ下です、つまり父上から見ると娘の年齢となるのはお分かりですよね?』
『本当にマユリアのことを思われるのならば、この先の長く幸せになれる道をお選びになるべきでしょう』
『女神に真に幸せを願っての選択をなさることこそ、真の名君と言えるのではないですか』
この言葉、何度も何度も思い出しては不愉快になる。
「つまりあれは、私の年齢だけを問題とし、自分にあの華麗な華をよこせ、そう言っておるのだ。己のほうが、若いだけで私より優れている、そう言っておるのだ」
国王のこめかみに怒りの印が現れた。
「いや、渡さん!」
ダン! と、音を立ててテーブルを叩く。
「マユリアは私のものだ! 八年前は悲しい出来事で一時棚上げになったものの、まだあの約定が生きておる! マユリアは確かに私のものになると約束をしたのだ! 今もまだその気持が残っておるはずだ!」
自分に言い聞かせるように口にする。
「それを、単に若いと言うだけで、あの青臭い若造が! 例え血を分けた実の息子と言えど許せぬ!」
そうだ、カップを投げつけてやってよかったのだ!
何が体に気をつけろだ!
人を年寄り扱いすることで人のものを横取りしようとするなど厚かましいにもほどがある!
あれぐらいで許してやったことに感謝するがいい!
「そうだ、いっそ」
ふと、口をついて出る。
「皇太子を廃し、他の王子を世継ぎの君とすることを考えてもいいかも知れぬ」
国王には皇太子の他にまだ2名の嫡出の男子がいる。庶子の男子も身分の差があれど数名いる。
「そうだ、口実などいくつもある。今朝の無礼はそのほんの一部だ」
激情のあまり、かなり無茶なことも可能だと考えるほど、今日の国王は冷静さを欠いていた。
「いや、違う、マユリアが生む私の子を次の王座につける! そうだ、いい考えだ!」
国王は幸せな妄想の中にいた。
この世のものならぬ美しい女神が愛しそうに柔らかな赤子を抱き、自分に微笑みかけている。
その幸せそうな様子を見つめる自分は壮年の、今盛りの年齢に戻っていた。
この上ない名案だと思えた。
女神の子だ、その子を王にするのだ、誰にも邪魔はさせぬ、する者もおらぬはずだ。
「聖なる王家の血と女神の血が一つになる、この国も、この世界も安泰ではないか」
そうだ、なぜそんなことに今まで気がつかなかったのだろう。
マユリアを側に置くことだけしか思いつかなかった。
その先にあること、さらなる幸せを自分は今まで考えてこなかった、そのことが不思議であった。
国王はさきほどまでの不愉快な気持ちをすっかり忘れてしまっていた。
ソファにゆっくりと身を沈め、心はまるで少年の頃に戻り、この先にある幸せに思いを馳せる。
胸がドキドキとする。
こんな思いは何年ぶりだろう。
いや、初めてではないだろうか。
愛する人に心を躍らせる。
ただ花を集めて花園を作るのとは違う。
ここにあるのは恋心だけだ。
国王は老いた顔にほおっと血を上らせ、幸せな夢に沈み続けた。
もうすぐだ。
交代が終われば、マユリアが人に戻ればここに来る。
あの人を、あの美しい女神をこの腕にかき抱けるのだ。
そうだ、あの人は「僕」のものなのだ。
心はすっかり初恋の少年に戻っていた。
あるのは美姫たちへの情欲でもなく、所有欲でもない、純粋な恋心だけ。
「老いた自分」を認めたくない、その心の果てにあったのが、この清らかな夢であった。
心地よい妄想の中で、国王は少しばかりうとうとと本物の夢の中にいた。
ソファによりかかり、心地よい眠りに身を任せる。
それを侍従の声が邪魔をした。
「国王陛下、皇太子殿下がお目通りを求めていらっしゃいます」
侍従の声でゆるゆると目を覚ます。
「何用だ」
不愉快そうに答える。
「今朝のことで、お詫びを申し上げたいと」
「そうか、分かった、通せ」
侍従を下がらせ、いやいやながらソファの上で身を起こす。
良い機会だ、これ以上の無礼は許さぬ。
はっきりとそう伝え、身の程を知らせてやろう、さもなくばこちらにも考えがあることを伝えるのだ、そう決意をしていた。
思わず息子にカップを投げつけてしまった。
それほどのことではなかったと、今なら分かる。
「あれは、私の体を案じて言ってくれただけであった」
思い起こせば、自分も何度も似たような言葉を口にしたことがあったはずだ。
今はもう亡き先王、父親に対して、今は離宮で過ごす皇太后、母親に対して。
いや、両親だけではない、老いた忠臣にも「無理をするな」と何度も口にした。
伯父や伯母、その他、血縁のある者、ない者、年寄を見るとそう声をかけていたように思う。
「それを、何故にあれほど気に食わなんだのか……」
冷静に考えると、また不愉快な結末にたどり着く。
――老いたということだ――
その事実に自分でも気がついていた。
若いつもりでいてもそうではない。
そして、皇太子の、息子の、今ぞ盛りの眩しさが怒りの対象となったのだ。
その皇太子がマユリアを自分によこせと言ってきた。
八年前に自分のものになるはずであった、あの奇跡の女神を。
ふと、今朝のではない皇太子の言葉を思い出し、さらに不愉快になる。
『マユリアは私の3つ下です、つまり父上から見ると娘の年齢となるのはお分かりですよね?』
『本当にマユリアのことを思われるのならば、この先の長く幸せになれる道をお選びになるべきでしょう』
『女神に真に幸せを願っての選択をなさることこそ、真の名君と言えるのではないですか』
この言葉、何度も何度も思い出しては不愉快になる。
「つまりあれは、私の年齢だけを問題とし、自分にあの華麗な華をよこせ、そう言っておるのだ。己のほうが、若いだけで私より優れている、そう言っておるのだ」
国王のこめかみに怒りの印が現れた。
「いや、渡さん!」
ダン! と、音を立ててテーブルを叩く。
「マユリアは私のものだ! 八年前は悲しい出来事で一時棚上げになったものの、まだあの約定が生きておる! マユリアは確かに私のものになると約束をしたのだ! 今もまだその気持が残っておるはずだ!」
自分に言い聞かせるように口にする。
「それを、単に若いと言うだけで、あの青臭い若造が! 例え血を分けた実の息子と言えど許せぬ!」
そうだ、カップを投げつけてやってよかったのだ!
何が体に気をつけろだ!
人を年寄り扱いすることで人のものを横取りしようとするなど厚かましいにもほどがある!
あれぐらいで許してやったことに感謝するがいい!
「そうだ、いっそ」
ふと、口をついて出る。
「皇太子を廃し、他の王子を世継ぎの君とすることを考えてもいいかも知れぬ」
国王には皇太子の他にまだ2名の嫡出の男子がいる。庶子の男子も身分の差があれど数名いる。
「そうだ、口実などいくつもある。今朝の無礼はそのほんの一部だ」
激情のあまり、かなり無茶なことも可能だと考えるほど、今日の国王は冷静さを欠いていた。
「いや、違う、マユリアが生む私の子を次の王座につける! そうだ、いい考えだ!」
国王は幸せな妄想の中にいた。
この世のものならぬ美しい女神が愛しそうに柔らかな赤子を抱き、自分に微笑みかけている。
その幸せそうな様子を見つめる自分は壮年の、今盛りの年齢に戻っていた。
この上ない名案だと思えた。
女神の子だ、その子を王にするのだ、誰にも邪魔はさせぬ、する者もおらぬはずだ。
「聖なる王家の血と女神の血が一つになる、この国も、この世界も安泰ではないか」
そうだ、なぜそんなことに今まで気がつかなかったのだろう。
マユリアを側に置くことだけしか思いつかなかった。
その先にあること、さらなる幸せを自分は今まで考えてこなかった、そのことが不思議であった。
国王はさきほどまでの不愉快な気持ちをすっかり忘れてしまっていた。
ソファにゆっくりと身を沈め、心はまるで少年の頃に戻り、この先にある幸せに思いを馳せる。
胸がドキドキとする。
こんな思いは何年ぶりだろう。
いや、初めてではないだろうか。
愛する人に心を躍らせる。
ただ花を集めて花園を作るのとは違う。
ここにあるのは恋心だけだ。
国王は老いた顔にほおっと血を上らせ、幸せな夢に沈み続けた。
もうすぐだ。
交代が終われば、マユリアが人に戻ればここに来る。
あの人を、あの美しい女神をこの腕にかき抱けるのだ。
そうだ、あの人は「僕」のものなのだ。
心はすっかり初恋の少年に戻っていた。
あるのは美姫たちへの情欲でもなく、所有欲でもない、純粋な恋心だけ。
「老いた自分」を認めたくない、その心の果てにあったのが、この清らかな夢であった。
心地よい妄想の中で、国王は少しばかりうとうとと本物の夢の中にいた。
ソファによりかかり、心地よい眠りに身を任せる。
それを侍従の声が邪魔をした。
「国王陛下、皇太子殿下がお目通りを求めていらっしゃいます」
侍従の声でゆるゆると目を覚ます。
「何用だ」
不愉快そうに答える。
「今朝のことで、お詫びを申し上げたいと」
「そうか、分かった、通せ」
侍従を下がらせ、いやいやながらソファの上で身を起こす。
良い機会だ、これ以上の無礼は許さぬ。
はっきりとそう伝え、身の程を知らせてやろう、さもなくばこちらにも考えがあることを伝えるのだ、そう決意をしていた。
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