黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

文字の大きさ
313 / 354
第三章 第六部 露見

 1 知らせと噂

しおりを挟む
 「王宮の鐘」が鳴り響き、それからしばらくののち、時刻にすると午後の真ん中あたり、冬の日がそろそろ明日のために休息に入る姿勢を見せ始めた頃、王宮からの触れがリュセルスの街に馬で駆け下りてきた。



「国王陛下がご不調になり、皇太子殿下にご譲位なさった!」



 街の者たちが蜂の巣をつついたような騒ぎになる。

 色々な話がリュセルス中に流れ、うねり、何が本当で何が嘘なのか、誰にも分からない状態になっている。



「ただまあ、ご譲位があったってことは確かなんだろうよ」



 「王宮の鐘」が、王宮で何かがあったことだけは知らせてくれた。



「ご病気だとの話は聞いていなかったぞ」
「急にお倒れになられたということか?」
「お元気ではいらっしゃるとも聞いたが」
「誰がそう言ったんだ?」
「いや、誰だったかなあ」



「またマユリアを後宮にとの話もあったんじゃないの?」
「私もそう聞いたわね」
「まあご病気だものね、あの花園は」
「まあねえ」
「マユリアはどうなるのかしら?」
「さあねえ」



「俺はお倒れになったと聞いた」
「ってことは卒中か心の臓か?」
「じゃないのか」
「まさかこのままお隠れに」
「前はシャンタル、今度は前国王か、どうなってんだ」


 
「心配だわ」
「本当にね」
「でも新しい国王様はそれはそれはご立派でいらっしゃるもの」
「ええ、私もお見かけして、なんてのかしら、もうドキドキしちゃって」
「本当にねえ、後10歳も若かったら、私も新国王の花園に入れてもらいたいもんだわ」
「何言ってんの」



「俺も皇太子殿下、じゃなくて新国王様にお目にかかったことがある」
「なんだよ、どこでだよ」
「いやな、街の北でたまたま御一行の馬車に行き合って、その時に声をかけてくださった」
「へえ、なんて!」
「うちのじいさんにな、息災であるか、若い者に色々と教えてもらうためにも元気で長生きしてほしい、そう声をかけてくださった」
「へえ!」
「いや、素晴らしい方だと思ったな」
「本当だなあ、俺もお目にかかりたい」
「俺も!」



 「新国王」自身が言っていたように、機会があれば街へ出てリュセルスの者たちに親しく声をかけていたことから、親しみを持つ者も少なくはない。そしてその話を聞いて「知人の話」としてさらに話が広がる。

 最初のうちは不安に感じていた民たちも、噂に聞く新国王の人柄なら、と次第にその声が期待に満ちたものになっていった。



「前の王様は良い人ではあったけど、あれがなあ、あの病気があったからな」
「全くだ。あの花園にどのぐらいの金かけてたんだか」
「なんでも100人はいたって話だぜ」
「100人ってまさか」
「そう、側室だよ」
「え~」



 まさかそれほどにはいるまいと思うものの、あの方なら、と全くの嘘とも言い切れない。それほどに前国王の後宮の充実というのは、民の定番の話題の一つとなっていたのだ。



「それに引き換え、新しい国王様はお妃様一筋だからなあ」
「それにお世継ぎの王子様も、他の王子様、王女様もいらっしゃる。何も心配することはない」
「八年前に前王様と新王様の間でマユリアの取り合いがあったらしいが、今回はどうなるんだ?」
「そりゃ今度は揉めることなく決まるんじゃないのか?」
「決まるって?」
「マユリアの後宮入りだよ」
「でももうマユリアもいいお年だろう? 28じゃなかったか?」
「おまえなあ、28でも30でも40でも、あれだけのお方だぞ? なんか問題があるか?」
「さすがに40になったらどうか分からん……いや、それでもあの美貌だ、嫌って男はいるまいよ」
「だろ? だから今度は間違いないだろう」
「なるほどなあ」


 だが、中には平穏だった二十年を思い、政変であろうと急な譲位劇によろしくない思いを抱く者たちもいる。



「皇太子が国王を王座から追い落としたらしい」
「そんな人の道に外れることを」
「王様にどんな非があったってんだ」
「全くだ、この二十年、戦もなく、飢饉もなく、平和に暮らせたのは王様のおかげだ」
「けど、先代シャンタルがあんな亡くなり方をしたのは、王様の贅沢をほっといたせいだって人もいるぜ?」
「先代急死、その上に今度は親を裏切る息子の即位か」
「この国はどうなるんだ」
「まったくだ」



「人としてやってはならんことだ」
「全くだ」
「そんな国王になって、この国は、この世界はどうなるんだ?」
「ああ、全くだ」
「間違った人の道を正す者はいないのか」



 実際に直接影響を受ける方々はなおさら、よろしくない、どころではない。
 自分たちのこれからを思い、利害の一致を見る者たちの間では、単なる会話だけ済む話ではなくなっている。



「どうも皇太子妃の父親のラキム伯爵が権力を手にするために娘婿を焚き付けたって話だ」
「なんだって!」
「そりゃ許せないな」
「横暴な貴族が王室を好き勝手するってのかよ」
「王様がお気の毒だ」



「このままでは我々の立場はない」
「ああ、ラキム伯爵、ジート伯爵がこれから権勢を振るうのは間違いない」
「このままにしておいていいのか」
「いいわけあるまい」
「なんとかせねばな」
「ああ」

 
 
 王宮からもたらされた譲位の知らせが、街の、国の、あらゆる場所、あらゆる人たちの間でうねり続け、また新たな嵐を巻き起こす黒雲を湧き上がらせていった。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

廃城の泣き虫アデリー

今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって… 表紙はフリー素材です

処理中です...