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第三章 第六部 露見
11 夢の続き
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皇太子、いや、新国王がセルマと二人の伯爵と共に部屋から出て行った後、マユリアは一人で黙って椅子に座り続けていた。
『私はいつまででもお待ちいたします、あなたのお心が私の心を受け入れてくださるまで』
去り際にもう一度新国王はそう言って、マユリアに深く頭を下げてから出ていった。
その後ろ姿をマユリアは椅子から立ち上がって見送り、一行が部屋から出ていってしまった後、ゆっくりと座り直し、そのままじっと動くことなく美しい彫像のように座り続けていた。
そしてその傍らに、こちらもまるで石像のように動かぬルギが立ち続けている。
主従が音もなくとどまり続けていると、誰かが扉を叩いた。
「どうぞ」
マユリアが答えると、
「ラーラです」
来客が帰っても戻ってこないマユリアを心配したのだろうか、ラーラ様がマユリアの応接を尋ねてきた。
ラーラ様は静かに扉を開けて入ると、ルギのことは目に入らぬように真っ直ぐにマユリアのところまで進んできた。
「マユリア、どうなさったのですか? お客様がお帰りになってもマユリアがお戻りにならないと、シャンタルが心配なさっています」
「ああ、申し訳ありません」
もう日が暮れ始め、少し暗さを増した部屋の中、変わらぬ輝きを持つ美しい女神が、少し沈んだ声でそう答えた。
「何があったのですか?」
母、ラーラ様が隣の椅子に座り、優しくマユリアに尋ねる。
「新国王陛下がいらっしゃいました」
「そうらしいですね」
「そして、わたくしに妻になってほしい、と」
「え!」
ラーラ様が驚いて声を出す。
「妻って、皇太子殿下にはすでに正妃様も、そして次の世継ぎの王子様もいらっしゃるではないですか!」
「ええ、わたくしもそう申し上げましたところ、もう一人の妻になってほしいと」
「もう一人の?」
ラーラ様は理解できないという風に続ける。
「シャンタリオでは複数の妻を持つことは許されておらぬと思いますが」
「はい」
「それなのにそのようなことを」
「ええ」
「信じられません……ルギ」
「はい」
ラーラ様はそばに控えているルギに尋ねる。
「マユリアのおっしゃっていらっしゃること、おまえも聞いていたのですか?」
「はい」
「どのように?」
「マユリアのおっしゃる通り、もうお一人の妻に、もうお一人の妃になっていただきたいと」
「そんな……」
信じられないとラーラ様が何度もつぶやく。
「それで、どうお答えになられたのですか?」
「わたくしは、人に戻った後には両親の元へ戻りたいと」
「それで?」
「待ちますと」
「皇太子殿下がですか?」
「ええ、新国王陛下が」
国王の交代、もうそれが事実なのだとラーラ様はマユリアの言葉で認めるしかなくなった。
「それには、どうお答えに?」
「答えませんでした」
「そうですか」
そうしてまたしばらく時が流れたが、やがてラーラ様が、
「シャンタルの元へ戻ります」
それだけ言って部屋を出ていった。
マユリアがその後姿を見送り、また動かなくなる。
沈黙だけが落ちる部屋の中、ルギは思い出していた。
『なあ、あんたさ、一回でもマユリアにどうしたいか聞いたことあんの? マユリア、あんたに自分がどうしたいって言ったことあるか?』
濃茶の髪を持つ少女に言われたことを。
『海の向こうを見てみたい、海を渡ってみたい、そう思っていました』
八年前、マユリアがそう語ったと聞いたことを。
「どうなさりたいのですか?」
意識もせず、呼吸でもするかのようにそんな言葉がルギの口から流れ出た。
「え?」
初めてのことにマユリアが驚いた。
「今、なんて?」
「いや、あの」
いざ口にしてしまってから、ルギは困り果ててしまった。
今まで、マユリアの命に従うことだけを考え、実際にそうして生きてきた。
どんなことにも質問する、などということをしたことがない。
ましてや、マユリアの意向を聞くなど、考えたことすらなかった。
「いいのですよ、言ってみなさい」
そう言われ、また少女の言葉が浮かぶ。
『だから、一度聞いてやったらいいと思うぜ。きっとマユリア、喜ぶと思うんだ』
『そうだよ、喜ぶよ。あんたが自分の気持ちを聞いてくれたってことにすげえ喜ぶって』
「はい、あの……」
ルギは聞かれたまま、まるでそれもマユリアの命であるかのようにもう一度尋ねる。
「マユリアは、人に戻られた後、どうなさりたいとお考えなのでしょうか、と」
「ルギ……」
マユリアはルギの質問に驚いたようだったが、少し表情を緩めると、
「さきほども申しました通り、両親の、実の親の元へ戻りたいと考えています」
そう答えた。
ルギは、落胆している自分に気がついた。
もしかしたら、マユリアは八年前に語ったその先のこと、夢の続きを自分に教えてくれるのではないか。
『海の向こうを見てみたい、海を渡ってみたい、そう思っていました』
その後のこと、海を渡りたいと思ったその続きを、海の向こうに連れて行ってくれと言う言葉を聞きたい。
ルギは、心のどこかでそう考えていた自分に気がついて驚き、そしてそうは言ってくれなかったマユリアに落胆したのだと理解した。
『私はいつまででもお待ちいたします、あなたのお心が私の心を受け入れてくださるまで』
去り際にもう一度新国王はそう言って、マユリアに深く頭を下げてから出ていった。
その後ろ姿をマユリアは椅子から立ち上がって見送り、一行が部屋から出ていってしまった後、ゆっくりと座り直し、そのままじっと動くことなく美しい彫像のように座り続けていた。
そしてその傍らに、こちらもまるで石像のように動かぬルギが立ち続けている。
主従が音もなくとどまり続けていると、誰かが扉を叩いた。
「どうぞ」
マユリアが答えると、
「ラーラです」
来客が帰っても戻ってこないマユリアを心配したのだろうか、ラーラ様がマユリアの応接を尋ねてきた。
ラーラ様は静かに扉を開けて入ると、ルギのことは目に入らぬように真っ直ぐにマユリアのところまで進んできた。
「マユリア、どうなさったのですか? お客様がお帰りになってもマユリアがお戻りにならないと、シャンタルが心配なさっています」
「ああ、申し訳ありません」
もう日が暮れ始め、少し暗さを増した部屋の中、変わらぬ輝きを持つ美しい女神が、少し沈んだ声でそう答えた。
「何があったのですか?」
母、ラーラ様が隣の椅子に座り、優しくマユリアに尋ねる。
「新国王陛下がいらっしゃいました」
「そうらしいですね」
「そして、わたくしに妻になってほしい、と」
「え!」
ラーラ様が驚いて声を出す。
「妻って、皇太子殿下にはすでに正妃様も、そして次の世継ぎの王子様もいらっしゃるではないですか!」
「ええ、わたくしもそう申し上げましたところ、もう一人の妻になってほしいと」
「もう一人の?」
ラーラ様は理解できないという風に続ける。
「シャンタリオでは複数の妻を持つことは許されておらぬと思いますが」
「はい」
「それなのにそのようなことを」
「ええ」
「信じられません……ルギ」
「はい」
ラーラ様はそばに控えているルギに尋ねる。
「マユリアのおっしゃっていらっしゃること、おまえも聞いていたのですか?」
「はい」
「どのように?」
「マユリアのおっしゃる通り、もうお一人の妻に、もうお一人の妃になっていただきたいと」
「そんな……」
信じられないとラーラ様が何度もつぶやく。
「それで、どうお答えになられたのですか?」
「わたくしは、人に戻った後には両親の元へ戻りたいと」
「それで?」
「待ちますと」
「皇太子殿下がですか?」
「ええ、新国王陛下が」
国王の交代、もうそれが事実なのだとラーラ様はマユリアの言葉で認めるしかなくなった。
「それには、どうお答えに?」
「答えませんでした」
「そうですか」
そうしてまたしばらく時が流れたが、やがてラーラ様が、
「シャンタルの元へ戻ります」
それだけ言って部屋を出ていった。
マユリアがその後姿を見送り、また動かなくなる。
沈黙だけが落ちる部屋の中、ルギは思い出していた。
『なあ、あんたさ、一回でもマユリアにどうしたいか聞いたことあんの? マユリア、あんたに自分がどうしたいって言ったことあるか?』
濃茶の髪を持つ少女に言われたことを。
『海の向こうを見てみたい、海を渡ってみたい、そう思っていました』
八年前、マユリアがそう語ったと聞いたことを。
「どうなさりたいのですか?」
意識もせず、呼吸でもするかのようにそんな言葉がルギの口から流れ出た。
「え?」
初めてのことにマユリアが驚いた。
「今、なんて?」
「いや、あの」
いざ口にしてしまってから、ルギは困り果ててしまった。
今まで、マユリアの命に従うことだけを考え、実際にそうして生きてきた。
どんなことにも質問する、などということをしたことがない。
ましてや、マユリアの意向を聞くなど、考えたことすらなかった。
「いいのですよ、言ってみなさい」
そう言われ、また少女の言葉が浮かぶ。
『だから、一度聞いてやったらいいと思うぜ。きっとマユリア、喜ぶと思うんだ』
『そうだよ、喜ぶよ。あんたが自分の気持ちを聞いてくれたってことにすげえ喜ぶって』
「はい、あの……」
ルギは聞かれたまま、まるでそれもマユリアの命であるかのようにもう一度尋ねる。
「マユリアは、人に戻られた後、どうなさりたいとお考えなのでしょうか、と」
「ルギ……」
マユリアはルギの質問に驚いたようだったが、少し表情を緩めると、
「さきほども申しました通り、両親の、実の親の元へ戻りたいと考えています」
そう答えた。
ルギは、落胆している自分に気がついた。
もしかしたら、マユリアは八年前に語ったその先のこと、夢の続きを自分に教えてくれるのではないか。
『海の向こうを見てみたい、海を渡ってみたい、そう思っていました』
その後のこと、海を渡りたいと思ったその続きを、海の向こうに連れて行ってくれと言う言葉を聞きたい。
ルギは、心のどこかでそう考えていた自分に気がついて驚き、そしてそうは言ってくれなかったマユリアに落胆したのだと理解した。
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