黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

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第三章 第六部 露見

22 食事係たち

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「ありました」

 命じられて宮の献上品の目録を調べていた衛士の一人が「黒い香炉」の記述を発見した。

「どこの誰に届けられた物だ」
「それが、その」

 衛士が言いにくそうに口を開く。

「先代への献上品目録に一つだけ、アルディナからの品との但し書き付きで黒い香炉が」
「なんだと?」

 ルギが厳しい目を向ける。

 思わず思い出すのはあの黒い小刀だ。当時のシャンタル、「黒のシャンタル」の銀の髪、深い褐色の肌、深い深い緑色の瞳という代々のシャンタルとは全く違う容貌から、その特徴を彷彿とさせる様式の献上品がしばしばあったのだと聞く。

(あの小刀と同じ、先代への献上品であったとは)

 ルギにも思いつかない事実であった。

「それで、どのように書き付けてあった」
「はい」

 衛士は手元に持ってきた目録の現物に書いてある記述を読み上げる。

「目録、香炉。黒地に銀色の波模様、微細な緑石りょくせきの装飾あり」
「緑石だと?」
「はい、そのように」
「見せてみろ」

 ルギが衛士から受け取って目録を確認すると、確かにそのように記してある。

「それで、これの現物はあるのか?」
「いえ、見つかりませんでした」
「間違いがあってはいかん、できるだけの範囲をもう一度よく探せ」
「はい、分かりました」
「それから、これを探していることは秘密だ、知られぬように、念の為に記録から漏れている青い香炉を見逃していないかをもう一度調べる、そう言ってよく調べろ」
「分かりました」

 衛士はそう言って下がり、他の衛士たちと献上品を入れてある宝物庫へ向かった。

「例の青い香炉をもってこい」

 他の衛士にキリエの部屋に届けられた香炉を持ってこさせ、目録にあった特徴と照らし合わせてよく見てみる。

 香炉は輝く黒と言ってもいいぐらい深い青い色をしており、そこにいぶし銀のようにゆれるような流れるような文様がある。そしてところどころ、キラキラと透明な緑に近い点のような模様が散っている。

「緑石か」

 ほぼ間違いないと思われた。
 目録にあった香炉を加熱して加工を施せば、このような模様が出るのではないか、そう思えた。

『焼き方によって決まった形にならぬところが面白く、最後は持ち主が自分で手を入れるのだそうです』

 キリエが言っていたように、どうなるのか分からぬところが面白いのだろうが、おそらくこの香炉を手に入れた者はそのようなことは知らず、黒と銀と緑という「黒のシャンタル」との共通の特徴のみを見て献上品としたのであろう。

 目録には献上された月日がっぴと献上した人物の名も記されている。
 日付は今から九年前、献上した人物はとある古い家柄の貴族であったが、献上した本人は数年前に亡くなったとルギは記憶していた。
 
 目録にはさらに但し書きがあった。

「宝物庫より神具室へ移動」

 そういうことは時々ある。宮の主であるシャンタルの交代があった後で、宝物庫の整理などをして物の入れ替えをするのである。その時に本来の価値を知る者がおらず、単なる香炉として神具室へ下げ渡されたのであろう。

 そして、その時に神具室の係として受け取った侍女の名前がそこにはあった。

「セルマ」

 セルマはこの黒い香炉の存在を知っていた。

 その時にその本来の価値を知っていたのか、それともその後誰かから聞いたのかは分からないが、どちらにしても、これでセルマが黒から青に变化へんげする香炉を一度はその手にしたことがあると分かった。

「少し出てくる」

 ルギは部屋を出ると今度は食事係のところへとやってきた。そして、キリエが体調を崩した前日、取次役のセルマが急に古巣へとやってきたことを知る。

「はい、突然いらっしゃって、シャンタルとマユリアのお食事に変わりはないか、他の方々の食事には、そうお聞きになられました。そして特に用はないがご自分も元は食事係であった、通りがかって懐かしくて寄ってしまった。そうおっしゃいました」
「はい、その通りです」
 
 同じく、その日の当番であった他の侍女も続ける。

「そして食事係は本当に大切なお役目である、人の体というものは、口から入るもので出来上がるものだ、皆の健康のためのお役目です、これからも励んでください、そうおっしゃってお帰りになられました」
「はい、そうでした」
「休憩時間にわざわざ控室にいらっしゃって、そうおっしゃってお帰りになられました」
「はい」

 侍女たちが口々に言うが、その口調の裏にうっすらと不満が透けて見えた。

「そうでしたか。それで、あなた方は取次役の訪問を、どのように思われました?」
「え……」

 ルギが無表情にそう尋ねると、侍女たちは互いに顔を見合わせ、言葉を選ぶようにしていたが、やがてそのうちの一人が、

「あの、不思議に思いました」
「不思議に?」
「はい」
「どう不思議に?」
「私は取次役が食事係の時から一緒に役目に就いておりましたが、係を離れてから初めてのことでした」

 やや年配の古株と思われる食事係が思い切ったように言う。

「なので、最初は何か大変なことでも起きたのではないか、そう思って緊張をしていたのですが、特に用もなくそれだけをおっしゃってお帰りになったので、皆で何の用だったのだろう、そう話しておりました」

 そう話した侍女は、元々はセルマと同期の侍女であった。
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