黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第三章 第三部 政争の裏側

 5 理解

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「んで、どうなんだ? 今も海賊やりたいとか思ってんの?」

 マユリアがトーヤの言葉を聞いて楽しそうに笑った。

「どうでしょうね」

 そう言ってまた笑う。

「相変わらず楽しそうに笑うよなあ、いいことだ」
「そうなのですか、自分では分かりませんが」
「前にも言ったかな」

 トーヤがそうして持論を述べる。

「笑い方にはそいつが出るって。あんたの笑い方、俺はいいと思うぜ。心の中から楽しそうだ。まあ、何がそんなに面白いのかって思うこともあるけどな」

 それを聞いてまたマユリアが笑う。

「で、どうするつもりだ?」
「どうしましょうか」

 ふと真顔に戻ったマユリアの顔に薄く陰がさした。

「なんか、また後宮に入れって言われてんだって? まあ、王様のいい人になるってのは、一応ほまれって言われるようなことだしな、そうしたいってのなら止めねえよ」

 トーヤの言葉にマユリアは沈黙で答えた。

「でも、俺にはそっち行きたいって思ってねえように見える。どうなんだ、正直に言ってくれよ。嫌ならここから連れて逃げてやる。八年前にも約束しただろうが」
「ええ……」

 マユリアがそう言って言葉を止めた。

「なんだ、あんたらしくねえな、歯切れが悪い」
「トーヤ」

 マユリアが真剣な顔でトーヤを正面から見た。

「なんだ」
「夢とはなんでしょう」
「へ?」
「あの時、夢はなんだとあなたに聞かれた時に答えたように、海の向こうを見てみたい、そう思ったことは事実です」
「うん」
「ですが、私も年を重ね、ダルやリルが家族を持って幸せそうにしているのを見て、その話を聞いて、自分の家族に、両親にお会いしたい、共に生活をしたいと考えるようにもなりました」
「うん」
「どちらもまことの心です、そして……」

 またマユリアが黙る。

「なんだよ、言ってみろよ」

 トーヤにうながされてなお、マユリアはまだ少し考えているように沈黙を続けた。

「ほんとに珍しいな」
 
 トーヤの方が驚く。
 こんなマユリアを見たのは初めてだ。

「ええ……」

 一呼吸置き、やっとマユリアが続ける。

「このまま、このままずっと、ここで、宮で、今までのように暮らしていきたい、そういう気持ちもあるのです」

 それはマユリアの夢の中で叶えるのが一番むずかしい夢に思えた。

「そうか」

 トーヤも一瞬でそれを理解する。
 
 ラーラ様のように、人に戻った後、そのまま侍女として一生を宮に捧げる者は今までにもあったという話だ。だが、マユリアがそれを望んでも国王は許すまい。事実、新国王はマユリアに、そういう気持ちがあるのなら後宮から妹たちを見守ってほしいと言っている。
 今は女神、国王と同じ立ち位置にいるマユリアだが、人に戻った途端に一国民となる。国王のめいに逆らうなどできるはずもない。

 両親の元に戻りたいという望みは、一度は叶えられないことはない。ただこれも、新国王はそののちに両親も共に後宮へ迎えると申し出ている。それほどの譲歩を一国民である両親が断れるはずもない。それに、それこそ両親がしんに望む娘の幸せなのかも知れない。一女性として考えるならこれ以上の栄誉はない、親の立場から見ると、最高の幸せだと言えるかも知れないからだ。

 もしも、マユリアが国王の元に行ってもいい、行きたいと考えているのなら、これ以上満点、欠けるところのない進路はないだろう。

「でもまあ、それはなかなか難しそうだよな」
「…………」
 
 マユリアが沈黙で答えた。そうだということだろう。

「ちょっと角度を変えて聞くけどな、王様のこと、嫌じゃないってことはないのか?」
「え?」

 トーヤの質問に、これも珍しく驚いたようにマユリアが答えた。

「いや、なんか聞くところによると、王様ってのはなかなかできた御仁ごじんみたいじゃねえか。俺は八年前にチラッと見ただけなのでよう知らんが、あっちこっちで立派な人間だって声は聞いた。だから、もしかして、あんたが本当は王様が好きなら、それはそれでありかもと思ってたわけだ」
「ご立派な方だとは思っています、ですが」
「そういうのじゃない、ってことか?」
「ええ」

 今度はきっぱりと答えた。

「あんまりこういうこと聞かれたこともねえだろうが、まあ必要なことなんで聞かせてもらうけどな、他に好きな人がいて、そんで王様が嫌だってのでもねえんだな?」
「好きな人、ですか」

 また少しマユリアがほころぶように笑った。

「好きな人はたくさんおります。何よりもマユリアとしては全ての民を好きで、大切に思っております」
「そりゃそうか、神様が人間の好き嫌いできねえよな」
「ええ、そういうことです」

 今度はトーヤが笑った。
 今のマユリアはまだ神だ、そのように思えるからこその神なのだ、神はそうでなければいけない。

「ってことは、他に誰か、例えば俺の知ってる男の中じゃ、ルギの旦那とかが好きで、人に戻ったら一緒になりたい、とかって考えてるわけでもねえんだな?」

 マユリアにとっては驚くような質問であった。 
 前国王ですら、疑いながらもはっきりとそういうことを聞くのをためらっていた。
 新国王ですら、遠回しにルギを牽制けんせいするだけでマユリアに聞くことはできなかった。
 何しろ相手は神なのだ、そのような不敬を考えることすら罪であると、シャンタリオに生きる者なら誰もが思う。
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