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第五章 第二部
15 本家のパン
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その夕方、侍女ミーヤはある部屋に入った途端、無表情、無反応、無言でただじっと立ったまま、前にいる人物を見つめていた。
「あの~、なんか、怒ってる、か?」
眼の前の人物、短い黒髪、黒い瞳の男が、やや引きつった口元をがんばって片方だけ引き上げながら、恐る恐るそう聞いてきた。
ミーヤは、はあっと一つ肩で息をして、
「本当に、いつもいつもどうしてそうなんでしょうね」
と口にすると、もう一度同じように息をしてからつかつかと男に近づいてきた。
「いつ戻ったんです?」
「えっと、今日の昼かな」
「どこからです?」
「えっと、まあ、それは、なあ!」
男、トーヤはすぐそばにいる仲間に必死で助けを求めるように視線を向けるが、仲間たちは知らん顔で視線をそらす。
「どこからです?」
ミーヤはもう一歩ずいっとトーヤに近づくと、自分より少しばかり上にあるトーヤの目をじっと見つめてもう一度そう聞いた。
「あのー、洞窟から聖なる森の横を通って、そんで抜け道やらなんやらを通って、最後はそこの窓からです」
トーヤは仕方なく正直にそう白状した。
「正面から入らなかったのはなぜです?」
「なぜですって、そりゃ、そんなことしたら捕まるじゃねえかよ」
「つまり、今、ここに来たら捕まると分かっていて、それでも無理やりそうやって侵入したということですよね」
「侵入って……」
「侵入ですよ?」
その言葉の後、ミーヤはにっこりと笑った。
出た!
あの笑顔だ!
ベルは何度か目にしているのでその威力を熟知している。
アランは前にトーヤと妹が恐れていたことを目の当たりにして納得する。
シャンタルは、見た限りは、まあいつもの調子で特に変わらない。
「侵入したんですよね?」
「は、はい、すんません!」
「なんでそんな危険なことをするのでしょうね!」
ミーヤが笑顔を引っ込めて、怒った顔でトーヤを睨みつけた。
ベルが怒ってくれたことでホッとする。
アランがなんで笑ってた時の方が怖いんだと目を見開く。
シャンタルは、見た限りは、まあいつもの調子で特に変わらない。
「指名手配されてるんですよ、分かってるんですか!」
「は、はい!」
「捕まったらどうするつもりだったんですか!」
「い、いや、それはまあ大丈夫かなと……そ、それに、実際こうして捕まってねえだろ?」
トーヤが必死にそう主張し、ミーヤがもう一度はあっと肩で息をした。
「もう戻ってきてしまったものは仕方がありません。どうやったら見つからずに交代の日までいられるかを考えましょう」
「さすがミーヤだ!」
トーヤもホッとした顔になる。
「私は今、シャンタル付きの侍女の方に頼まれてアランを迎えに来たんですが、もしかしたらそういう方がこの部屋に入ってくる可能性もありました。もっと気をつけてください」
「え?」
トーヤがチラリとアランに目をやる。
「この部屋の担当はアーダ様と私ですが、業務の内容によってはそういうこともあるということです。トーヤも覚えてませんか?」
「そうだっけかな?」
「まあ、トーヤの時にはほとんどの侍女が怖がって一人では部屋に行きたがらなかったですしね」
「おい、人聞きが悪いな!」
「いえ、本当ですよ。なので、私に気の毒がってくれる方も結構ありました」
ミーヤの言葉を聞いてベルが吹き出すのを我慢する。
「まあ、それまで宮でそのようなことがなかったので、それも仕方のないことでしたが」
「そ、そうだろ? うん、そうだよな」
トーヤがうんうん、と力いっぱい頷いた。
「それと、今は時間がないのであまり話せないのですが、少し話しておくこともあります。私はこれからアランを案内して、それからセルマ様のいらっしゃる部屋に戻りますので、また明日、色々と詳しいことは」
「分かった」
「じゃ、俺行ってくるわ」
アランがミーヤと一緒に部屋から出ようするのにトーヤが、
「なあ」
「なんでしょう」
「なんか、食い物ねえかな」
「え?」
「いや、アーダが、今日はこの部屋で食べる人間がないから食事がないって言ってたんで、なんでもいいからちょっと差し入れてもらえねえかな」
「それは、そうでしょうね」
誰もいなくなるはずの部屋に食事を持ってくる者はいない。
「分かりました、何とかしますから、とにかくアーダ様と私と確認できるまでは、絶対に奥の部屋から出ないでくださいね」
「分かった」
ミーヤはアランと一緒に部屋を出ていった。
「いやあ、怒られたなあ」
トーヤがそう言って笑いながらソファに座る。
「怒られたじゃねえよ、いや、久しぶりに怖かった」
「そうだねえ」
2人がトーヤに続いてソファに腰掛ける。
「ミーヤってあんな顔するんだねえ、怖かった」
顔には出ていなかったシャンタルだが、やはりその怖さは分かったようだ。
「ほんっと、怒ってる顔の方が怖くねえって、あれ、なんだよ」
「全くだな」
ベルは、トーヤがそう言いながらもうれしそうなのが、ちょっとかわいく思ってしまった。
その後、もう一度ミーヤが部屋へやってきて、
「あれ、これ」
「料理人にちょっと差し入れたいのでと言って作ってもらいました」
と、トレイに乗ったある物を持ってきてくれた。
「これが本家の遠足のパンかあ」
ベルがしみじみと、フェイが好きだったというパンを見つめた。
「あの~、なんか、怒ってる、か?」
眼の前の人物、短い黒髪、黒い瞳の男が、やや引きつった口元をがんばって片方だけ引き上げながら、恐る恐るそう聞いてきた。
ミーヤは、はあっと一つ肩で息をして、
「本当に、いつもいつもどうしてそうなんでしょうね」
と口にすると、もう一度同じように息をしてからつかつかと男に近づいてきた。
「いつ戻ったんです?」
「えっと、今日の昼かな」
「どこからです?」
「えっと、まあ、それは、なあ!」
男、トーヤはすぐそばにいる仲間に必死で助けを求めるように視線を向けるが、仲間たちは知らん顔で視線をそらす。
「どこからです?」
ミーヤはもう一歩ずいっとトーヤに近づくと、自分より少しばかり上にあるトーヤの目をじっと見つめてもう一度そう聞いた。
「あのー、洞窟から聖なる森の横を通って、そんで抜け道やらなんやらを通って、最後はそこの窓からです」
トーヤは仕方なく正直にそう白状した。
「正面から入らなかったのはなぜです?」
「なぜですって、そりゃ、そんなことしたら捕まるじゃねえかよ」
「つまり、今、ここに来たら捕まると分かっていて、それでも無理やりそうやって侵入したということですよね」
「侵入って……」
「侵入ですよ?」
その言葉の後、ミーヤはにっこりと笑った。
出た!
あの笑顔だ!
ベルは何度か目にしているのでその威力を熟知している。
アランは前にトーヤと妹が恐れていたことを目の当たりにして納得する。
シャンタルは、見た限りは、まあいつもの調子で特に変わらない。
「侵入したんですよね?」
「は、はい、すんません!」
「なんでそんな危険なことをするのでしょうね!」
ミーヤが笑顔を引っ込めて、怒った顔でトーヤを睨みつけた。
ベルが怒ってくれたことでホッとする。
アランがなんで笑ってた時の方が怖いんだと目を見開く。
シャンタルは、見た限りは、まあいつもの調子で特に変わらない。
「指名手配されてるんですよ、分かってるんですか!」
「は、はい!」
「捕まったらどうするつもりだったんですか!」
「い、いや、それはまあ大丈夫かなと……そ、それに、実際こうして捕まってねえだろ?」
トーヤが必死にそう主張し、ミーヤがもう一度はあっと肩で息をした。
「もう戻ってきてしまったものは仕方がありません。どうやったら見つからずに交代の日までいられるかを考えましょう」
「さすがミーヤだ!」
トーヤもホッとした顔になる。
「私は今、シャンタル付きの侍女の方に頼まれてアランを迎えに来たんですが、もしかしたらそういう方がこの部屋に入ってくる可能性もありました。もっと気をつけてください」
「え?」
トーヤがチラリとアランに目をやる。
「この部屋の担当はアーダ様と私ですが、業務の内容によってはそういうこともあるということです。トーヤも覚えてませんか?」
「そうだっけかな?」
「まあ、トーヤの時にはほとんどの侍女が怖がって一人では部屋に行きたがらなかったですしね」
「おい、人聞きが悪いな!」
「いえ、本当ですよ。なので、私に気の毒がってくれる方も結構ありました」
ミーヤの言葉を聞いてベルが吹き出すのを我慢する。
「まあ、それまで宮でそのようなことがなかったので、それも仕方のないことでしたが」
「そ、そうだろ? うん、そうだよな」
トーヤがうんうん、と力いっぱい頷いた。
「それと、今は時間がないのであまり話せないのですが、少し話しておくこともあります。私はこれからアランを案内して、それからセルマ様のいらっしゃる部屋に戻りますので、また明日、色々と詳しいことは」
「分かった」
「じゃ、俺行ってくるわ」
アランがミーヤと一緒に部屋から出ようするのにトーヤが、
「なあ」
「なんでしょう」
「なんか、食い物ねえかな」
「え?」
「いや、アーダが、今日はこの部屋で食べる人間がないから食事がないって言ってたんで、なんでもいいからちょっと差し入れてもらえねえかな」
「それは、そうでしょうね」
誰もいなくなるはずの部屋に食事を持ってくる者はいない。
「分かりました、何とかしますから、とにかくアーダ様と私と確認できるまでは、絶対に奥の部屋から出ないでくださいね」
「分かった」
ミーヤはアランと一緒に部屋を出ていった。
「いやあ、怒られたなあ」
トーヤがそう言って笑いながらソファに座る。
「怒られたじゃねえよ、いや、久しぶりに怖かった」
「そうだねえ」
2人がトーヤに続いてソファに腰掛ける。
「ミーヤってあんな顔するんだねえ、怖かった」
顔には出ていなかったシャンタルだが、やはりその怖さは分かったようだ。
「ほんっと、怒ってる顔の方が怖くねえって、あれ、なんだよ」
「全くだな」
ベルは、トーヤがそう言いながらもうれしそうなのが、ちょっとかわいく思ってしまった。
その後、もう一度ミーヤが部屋へやってきて、
「あれ、これ」
「料理人にちょっと差し入れたいのでと言って作ってもらいました」
と、トレイに乗ったある物を持ってきてくれた。
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