黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第五章 第二部

16 封鎖の館

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「交代の日までもう一月ひとつきを切った。その後のことはどうなっている」

 リュセルスのある貴族の持ち物である別館で、一人の老人がイライラとそう尋ねた。

「はい、準備はしておりますが、何しろ極秘のこと、大っぴらに動くことはできず、まだ全部は整っておりません」

 答えたのはセウラー伯爵家のライネンだ。ここはセウラー家の別館、リュセルスの一番東の端に位置する一角に建てられている。

 この館は封鎖の時の「封鎖の館」の一つである。「封鎖の館」とは、封鎖の期間、館の敷地から隣の館の間の敷地を封鎖して壁そのものの役割を果たす建物だ。王都リュセルスの東で北の山へとつながる大きな街道の東、文字通り東の壁として一列に並び、封鎖の間、東への行き来を遮断する。
 館を取り巻く壁は二重になっており、警備の者がその上で交代で見張る。館と館の間は陸橋でつながり、その下の大きな鉄の扉は封鎖の期間中、しっかりと施錠され、犬の子一匹通すことがない。
 その壁の北側は、王宮とシャンタル宮のある「聖なる山」の間を通る検問所まで食い込むようにしっかりと王都の守りとしての役割を果たしている。

 ちなみに西側はカースと王都を隔てる道路に沿って建てられた建物が「封鎖の館」と同じ役割をするが、こちらは西にあるのがカースだけ、その向こうは海ということで、そこまで大きな建物はない。多くが役所や郵便局など、公的な施設、そしてやはり貴族の館などだ。八年前、マユリアが滞在した「仮御座所かりござしょ」となった貴族の館も、そのうちの一軒にあたる。

 南側はカトッティの港の突堤、港の沖まで長く突き出したそこに建てられた柱に板戸で壁を作り、その東に大型の封鎖のための船がつけられる。船にはもちろん四六時中憲兵が詰めており、船が出ていくことも入ってくることも許さない。
 アルロス号のように封鎖の時にたまたま港にいた船は、全部何本か出ている突堤の王都側の海に停泊を命じられる。王都の中との出入りは自由だが、船を出すことは許されない。
 なので、一月の間王都に閉じ込められることを嫌う船は、親御様が宮に入られたと知ると、早々に海に出ていく。今回は神官長があのように突然「封鎖の鐘」を鳴らしたことから、いつもより多い船がカトッティに停泊しており、王都はいつもより賑わいを見せることとなった。

 いつもより多くの人間が王都に滞在することになり、足りなくなりそうな物資は特別に封鎖のための検問を通すことになるのではと思われたが、新国王が王宮の物資を街に放出したことから、なんとかそれは免れた。そのことから新国王の手腕を褒める民も多い。

「そのために、なかなか思ったように人が動かず、その、少々計画が遅れておりまして」

 ライネンの言葉に老人は一層イライラとしたのが見て取れた。
 
 言うまでもなく、この老人が前国王、いや、本人は今も自分こそがこの国の王、現国王であると自負している、新国王の父親である。

「交代を終えたらマユリアが市井の者に戻るではないか! そうなる前に、少しでも早く私の後宮に入る約束を取り付けろ!」
「はあ……」

 前国王の言葉にライネンはげんなりする。

 自分たちは、もちろん今の国王、いや、皇太子の取り巻きとして胸を張るラキム伯爵やジート伯爵から権力を取り戻すべく動いている。目的は同じだ。皇太子を玉座から引きずり降ろし、もう一度この方をこの国の頂点に座らせる。だが、目の前のこの老人は、その座に戻る目的がただ一つ、マユリアを我が物にすること、それだけのようにしか見えないのだ。
 もしかしたら、もしもマユリアが自分の元に来ると言えば、王の座など必要がないのかも知れない。そのためだけにこの老人をそこに座らせる、国のことを思えば、それが良いことではないようにすら思えてきた。

「そんなことはどうでもいい。陛下が何が目的で王の座に座られようと、政治向きのことは我々がやればいいのだ。その為にはかえってそのぐらいの方がやりやすいかも知れない」

 と、ヌオリは言うが、それぐらいなら若く、野心に燃える皇太子がこの国を統べる方がいいのではないのだろうか。

 もちろんライネンはヌオリにそう言ってみたのだが、

「今の国王陛下、いや、皇太子だとて目的は同じ、マユリアだ。どちらが上に立つことになっても特に違いはない。ならば、あんな無能なラキムやジートなどという皇太子の腰巾着が政治をやるより、我々のような優秀な、未来ある者がやった方がいいとは思わぬか」

 そう言われた。

(ヌオリは自信家だからな……)

 ライネンは前国王を隠している部屋から出て、廊下でこっそりため息をついた。

 自分はヌオリのような根拠のない自信を持つことはできない。だが、立場上、我がセウラー家の復権のためにはあの老人にお戻りいただくしかないと知っている。

(やるしかないのは分かっている)

 そう自分を奮い立たせようとするのだが、そう思う気持ちをあの方は、ことごとく踏み潰すような発言しかしてはくださらない。

(せめて、嘘でも王者らしい振る舞いをしてはくれないものか)

 ライネンはもう一度小さくため息をつき、老人の檻から急いで離れた。
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