黒のシャンタル 第一話 「過去への旅」<完結>

小椋夏己

文字の大きさ
4 / 353
序章 長い話の始まり

 4 戦場の子供たち

しおりを挟む
 しばらくするとアランが部屋からベルの上着を持ち、自分ももう1枚服を引っ掛けて部屋に戻ってきた。
 さらにもうしばらくすると、ベルが盆の上に温かいお茶が入ったポットと、木を削って作った持ち手のないカップを4つ乗せて戻ってきた。

「親父まだ起きてて明日の朝の仕込みしてた。うまそうな匂いしてたなあ、明日の朝はなんだろうな」

 ベルは匂いを思い出すように、ひくひくと鼻を動かしながらそう言い、小さなテーブルの上に盆を下ろすと、粗末なカップに湯気を立ててお茶を注いでいく。

 基本素泊まりの宿だが、料金さえ払えば食事の支度もしてくれる。宿を拠点にあっちこっちに商売に出る行商人なんかは、外で食事をする店がなければ宿に頼む。

 トーヤたちも明日の朝食を頼んであった。
 食事以外にも、もちろん別料金だが、洗濯やその他のちょっとした用事も頼めるし、もう少し余分に払えば女も男も部屋に呼べる。使いようによってはなんとでもなるのが、こういう宿の使い勝手のいいところとも言える。
 
「親父さ、お茶くれって言ったら『別料金でお酒もお出しできますよお~』って言うからさ『ガキに何言ってんだよお茶くれ』って断ったら、渋い顔しながらお茶出してくれた。お茶はただだからな、ちょっとでも儲けようって必死だな」

 ククククッと、楽しげにベルが笑う。

「今日は酒はだめだな、トーヤがつぶれて話ができなくなるからな」

 ククククッと、今度は楽しげにアランが笑った。

 意外なことに、強面こわもてに似合わずトーヤは酒が飲めない。まさに一滴も飲めないと言っていいぐらいの下戸げこだ。

 アランはそこそこいける口で、まだ13歳のベルも、兄貴のグラスからちょろっとなめてはご機嫌なところから、結構な飲み助になりそうな気配がある。
 さらにシャンタルにいたってはいわゆるザルだ。いくら飲んでも顔にも出なければ酔っぱらいもしない。

「酒なんか飲めなくてもな、この世の中困ることなんざ一つもねえ、茶が飲めれば十分だ」

 チッと舌打ちをし、湯気を立てるカップからお茶をすするトーヤにベルがからむ。

「いい年した男が酒の一つも飲めねえで、どうやって女の一人もくどくってんだよ」
「酒飲まなきゃ女の一人もくどけねえような男は下の下だな」
「へえ~、じゃあトーヤは酒なしで女くどけるんだ?」
「当然だ」
「その割にゃあ女っ気があったとこ見たことないけどなあ」
「おまえらみたいなガキ連れてりゃ、その気があっても女は寄ってこれねえんだよ」
「負け惜しみ言ってらー」

 またククククッと、ベルが笑う。

「そうやってからんでくる奴らはな、片っ端から血の海に沈めてやったもんだ」
「お~おっかねぇ~」

 カップを両手で持ち、ふうふうと湯気を吹きながらベルが肩をすくめる。

 もちろんトーヤはベルにそんな真似はしない。分かっていて仲のいい兄弟にからむように、しょっちゅうこんなやりとりをしている。それこそ、血の海に沈められた奴らが見たら、両目をむいてびっくりするだろう光景だ。

 さっきまでの剣呑けんのんな空気は消え、湯気を立てるカップのように、ゆるやかな時間が流れていた。
 ちょうど、寒い夜、肩を寄せ合った子どもたちに母親が物語を語るような。

「おれさ、こういう時間好き」

 ベルがカップの湯気を見つめながら、ほっこりと言った。

「なんかさ、いいよなこういうの。おれ、こういうのがずっと続けばいいと思ってる」
「血なまぐさい仲なのにか」
「そうだな、トーヤは酒臭くない代わりに血なまぐさいな」

 またベルがトーヤにちょっかいをかけ、トーヤがピシッと一つベルの額を人差し指ではじく。「痛えな」と言いながらベルが額をさすってにっこりと笑った。

「血なまぐさい仲」

 トーヤの言葉通り、トーヤとシャンタルがアランとベルに会ったのは戦場だった。

 アランとベルの一家はごく普通の農家だった。
 「アルディナの神域」の端っこ、ごく普通の田舎で、日々食べるものを細々と作り、食べるだけで手一杯だが、それでも家族が肩を寄せ合って温かく暮らしている、そんな本当に普通の一家だった。

 そんな一家がある日突然、戦に巻き込まれた。

 そう遠くない場所で、小国同士の、そう大きくない戦が起きた。
 全く関係のない世界のことだと思っていたその戦は予想以上に大きくなり、一家の暮らす村にまで広がった。
 そして畑にも家にも火がかけられ、子供たちを守ろうとして両親は殺された。

 戦が通り過ぎた後、生き残ったのは両親が必死で隠して守ったアランとベル、そしてもう一人、アランの上の兄の3人の子供たちだけだった。
 残された子供たちを守ってくれるものはなく、仕方なく3人は「戦場稼ぎ」をして生きていくことになった。

 「戦場稼ぎせんじょうかせぎ」とは、文字通り戦場に残された金目の物、折れた刀やよろい欠片かけら、そしてたまにちょっと金目の物なんかを拾っては、それを売って生計を立てる、そういう手段だ。
 多くは先勝者が戦利品として根こそぎ持って行った残りだが、それでもなんとか命をつなぐことはできる。家族を亡くし、他に生きるすべのない子供たちにできる唯一の手段と言ってもいい。

 少ない獲物を巡って子供同士の間にも争いは起きる。
 負けた者は生きていけない。
 弱い者から消えていく。

 敵はライバルの子供たちだけではない。戦場をうろつくのだ、刃に巻き込まれて命を落とす者も少なくはない。
 生き残った子供たちも、成長するに従ってやがて刃を手にするようになる。強くなり生き残った者はそのうち兵として「違う形の戦場稼ぎ」になっていく。
 アランとベルの兄も、そうしてやいばを手にして、そうして命を落とした。
 兄と妹は2人になり、それでも戦場稼ぎで生きていた。

「あの時、トーヤとシャンタルが来てくれなかったら、今頃こうしてなかったんだろうなあ」
「ああ……」

 アランもこっくりと頷いた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

処理中です...