黒のシャンタル 第一話 「過去への旅」<完結>

小椋夏己

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第一章 第二節 カースへ

14 敬虔と打算

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「これがマユリアの海……」

 マユリアの海は静かだった。
 ミーヤが胸の前で両手を組み、静かにこうべれる。
 トーヤはそんなミーヤを見て少しばかり胸が痛んだ。
 神聖な海に敬虔けいけんな気持ちで祈るミーヤとは対象的に、トーヤはひどく現実的に、そこから外海に無事にぎ出すことができるか、その見聞のためだけに聖なる海を見ていた。

「そう簡単にいいと言えない場所」

 ダルはそう言ったが、来てみるとその意味がよく分かった。

 一言で言うと断崖絶壁だんがいぜっぺきに囲まれた入り江だ。
 崖の上から見下ろすことはできるが、海岸まで降りることは可能なのか、降りたとして再び登ることは可能なのか、そう思える場所だった。

 カースは遠浅とおあさでそこからなだらかに山肌につながっていたが、細い半島を一つ超えただけで全く様子が違い、海は急激に深くなっているようだった。
 見下ろすと、海岸線から割とすぐの場所から底が見えないように海が黒っぽくなっている。そして同じく急激に高くなっている山を目の前に従えている。

 カースまでなだらかに続いていた山が、半島の真ん中あたりから西では急激に落ち込み、そのまま切り立った崖となって入り江を囲んでいる。
 入り江よりもう少し西側まで、広く丸い海岸線に沿うように地面は続いているが、半島の反対側の付け根あたりからは、こちらも急な崖になっている。そのままぐるりと海岸線を見下ろすように崖が続き、入り江の西側では完全に切り立った崖の根元が直接海水に浸かっている形だ。

 シャンタル宮のある山はシャンタリオの海岸近くの場所をずっと東西に長く続いている。
 その端がカースあたりでぐっと海の方まで曲がっており、そでかこむようにしてその西側を隠してしまっているのだ。それゆえにトーヤはけわしい山を超えて西に逃げるのは難しいかも知れないと考え、海から逃げる方法がないか探っている。

(あの崖の向こう側はどうなっているのか、あそこから船を出してどこか流れていく先はあるのか)

 トーヤが本当に見たかったのはそこだ、逃げ道になるかも知れない場所の情報が欲しかったのだ。
 だがルギが見ている。ここで今こんな質問をすると、本当の意図いとに気付かれかねない。ここはミーヤに習って神妙しんみょうな顔をしておくことにする。

「いかにも神秘的しんぴてきだな……」

 そう言うとミーヤが頷いた。

「連れてきていただけてよかったです。なんて神聖な場所なんでしょう」

 涙を浮かべんばかりに感激した顔で言う。

「そうだな……」

 ミーヤに同意する振りをしながらルギの様子を伺うと、思った通りにこちらをじっと見ている。

(下手な動きはできねえか)

 心の中で舌打ちをする。

(無理は禁物だ今日はここまでにしとくか)

「なあ、なんでみんなここに来ないんだ? 仮にも聖地せいちなんだろ? だったら宮に勤めるもんは一度ぐらい見にくるもんじゃねえのか?」
「それは、マユリアの眠る聖なる場所で、本来は訪問する場所ではないからです」
「そうなのか? でもそれだったらよお、マユリアもさびしいんじゃねえのか、誰も来てくれないってのはよ」
「それは、どうなのでしょう……考えたことがございませんでした……」

 初めて気付いたようにミーヤはうろたえた。

「まあ墓とは違って静かにしてるところを邪魔するのも悪いのかもな。人がどかどか来ると荒れちまうかも知れねえし」
 
 トーヤは言い聞かせるように言った。

「なんにしても神秘的な場所だ、そんで離れがたい場所だよな、また来られるかな」
 
 ミーヤを見てそっと言う。

「ええ、きっとまた来られますとも」
「だといいな」

 そう言うとダルを振り返った。

「ありがとうな連れてきてもらってよかったよ」
「いや、俺こそ喜んでもらえてうれしいよ」

 ダルが照れくさそうに下を向き、足元の土をかきながら言った。

「またカースに来られたらいいなと思う」
「来てくれよ、ぜひ、絶対に」
「来られるかなあ」

 ちらっとミーヤを見て言う。

「多分、大丈夫だとは思いますが勝手に出てこられるのは困ります。来るならちゃんと宮に報告して、そして誰か供の者をつけてくださいね」
くぎ刺されたよ」

 トーヤがダルに笑ってみせるとダルも笑った。

「それとよ、ダルが遊びに来るってのも大丈夫か?」
「それは、ちゃんと宮に報告してからなら大丈夫かとは思いますが、ここで簡単に返答はしかねます」
「そうか、じゃあ帰ったらちゃんと聞いてみてくれよな。それからだったら大丈夫みたいだぜ、ダル」
「そ、そうか!」

 ちょっと興奮したみたいに声を高くして言うダルの顔は少しばかり赤い。

「それと、王都でダルと会うってのはもっと大丈夫だよな?」
「ええ、それだと何も問題はないと思いますが……ずいぶんダルさんと仲良くなったものですね」

 ミーヤが驚いたようにそう言った。

「なんでかな、えらく馬が合っちまった」

 トーヤはダルに近づくと肩を組んだ。

「年も同じだしな、なんやかんや話してるうちにすっかり意気投合いきとうごうだ。友達になったんだよ、なあ」
「そうなんです」
「そうですか、それはよかったです」

 ルギは今までと同じく無表情で見つめているが、ミーヤはすんなりと信じたようだ。

「せっかく仲良くなったんだ、またカースにも来たいし王都の案内もしてくれるって言ってるから会う機会作ってもらえるとうれしい。俺はカースも気に入った。俺の生まれた町ともちょっと雰囲気が似てるしな」

 実際は全く似ているところなどはない、同じなのは海の町だというところだけだ。
 トーヤが生まれ育ったのはこのようなのどかな漁師町りょうしまちではなく、あらゆる雑多なものが入り混じった混沌としたるつぼのような町だった。
 だが、そんなことを知っている人間はここにはいない。

「けど、もうそろそろ帰らなきゃ、だろ?」
「そうですね、思わぬ長居をしてしまいました」
「ダル、本当にありがとな、そういうことだからまたな」
「ああ、またな、待ってるよ」

 ダルに連れられて3人はカースへ戻り、名残惜なごりおしそうな村人たちに見送られながら帰途についた。
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