黒のシャンタル 第一話 「過去への旅」<完結>

小椋夏己

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第二章 第二節 青い運命

 9 迷いの森

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 聖なる森は奥宮のすぐ西にある。それは前の宮からもよく見えている。

(そんなに大きい森じゃねえ、ど真ん中に池があったとしても走ればすぐだろう。ちび、待ってろよ)

 そう考えながら精一杯走った。

 前の宮から出てやや西北に向かって走る。
 小さくこんもりと見えていた森が段々と大きくなり、ちらほらと木の数が増えてくる。
 一気に重なった木が視界をさえぎり森に到着したと分かった。

 周囲を少しぐるりと走ってみるが、道らしき物は見当たらない。
 道を探すのももどかしく、木の間から森に飛び込み、木と木の間をくぐりながら走り続けた。

(できるだけ真っ直ぐ走れば森の真ん中まで早く着けるだろう)
 
 そう思って走りに走るのだが、一向に湖らしきものが見えてくる気配がない。

(おかしい、それほど大きな森じゃねえはずだ、真っ直ぐ走ってるつもりで曲がってしまってるのか?)

 そうも考えるが、外から見た限りでは多少曲がって走っても池ぐらい気づきそうに思える、その程度の森であったはずだ。

 シャンタル宮と比べてもほんの小さな森のはずだ。そう思いながら足を止めて後ろを振り返った。
 ところが、振り返った後ろにはすでに宮の姿すら見えず、四方八方しほうはっぽうにあるのは木々のみだ。

(真ん中の池どころかもう出口も分からねえ……)

「なんだよこれ!」

 トーヤは思わず叫んでいた。

 その叫び声すら、森に吸い込まれて行方が分からなくなる。

 聞こえるのはただざわざわと木の葉のすれる音だけ。
 鳥の鳴き声すらしない、ただ静寂せいじゃくだけが支配する森。

 幸いにして、さっき振り返った時には足を動かさずに上半身を軽くひねっただけだ、このまま真っ直ぐ後ろを振り返って走り続ければおそらく森の外に出られる、普通ならそのはずだ。

 だが、もうそんなことは考えられない、この森は明らかに普通の森ではない。

 今、トーヤに分かる方向は、空の見える頭の上と、踏みしめている大地の、地面のある足の下だけだ。

 だが、それすらもあやふやに思えるような、そんな感覚に恐怖した。

 今すぐこの森から出たい。
 真後ろに振り向いて一目散に走り出せば、もしかすると元の場所に戻れるかも知れない。
 だが……

「俺は、あいつを、ちびを、フェイを助けてえんだよ!」

 誰にともなく叫ぶ。

「そのためにどうしても水を汲みに行かなきゃなんねえんだ、なのになんで見つからねえんだよ!」

 声は、上にも下にも周囲にも溶けて消えて、また存在するのはトーヤただ1人になった。

「助けてくれよ、頼むよ!誰だか分かんねえがこんなつまんねえ嫌がらせやめて、俺を湖に行かせてくれ!」

 どこからも答えはない。

「なんでだよ!どこなんだよ湖ってのはよ!頼むよ、フェイを助けるための水を俺にくれよ!」



『運命というものは誰かがどうかするものではないのです』



 どこかから誰かの声が聞こえた。

「誰だ!」

 問うが答えはない。



『それは誰にもどうすることもできないもの』



 トーヤはうっすら思い出した。
 これは、さっきマユリアが言った言葉だ。

「じゃあどうしろってんだよ!このままあいつがいなくなるのを黙って見てろって言うのかよ!何が運命だよ、そんなもん俺がどうにかしてやるよ!だから湖に行かせろ!」



『邪な心を持った者、迷う者、信じられぬ者はシャンタルの聖なる湖に近づくことはできません』



「誰がよこしまだよ!俺はフェイを助けてやりたいだけだ」

 トーヤは声に対抗するように大きな声で叫んだ。

「それが邪だってのかよ!それで迷うのか?シャンタルに助けてもらえると信じるからこうして探してるんだろうが!一体何が言いたい!おまえ、誰だよ、マユリアか?それとも沈んでるシャンタルか!誰でもいい、俺を連れて行け、頼むよ、助けてくれよ……」

 最後の方はもう声にならない声でトーヤは叫んだ。

「頼む、誰かあいつを助けてやってくれ……頼む……」

 血を吐くような思いであった。



『運命というものは誰かがどうかするものではないのです」』



 もう一度同じ言葉が聞こえた。

「待てよ、どういう意味だそれは……つまりフェイは死ぬ運命にあり、それは誰かがどうすることもできねえってのかよ!その運命を変えるために俺は水を汲みに行くんだよ!」



『それは誰にもどうすることもできないもの』



 また同じ言葉が聞こえる。

「誰にもどうすることができねえって誰が決めた!運命は自分で変えるもんだ!」



『運命とは誰のものなのですか』



 今度は違う言葉が聞こえた。

「誰の、もの?」

 トーヤは言葉に詰まった。
 
 運命とは誰のものなのか?
 考えたこともなかった。

 そもそもトーヤは運命なぞ信じたことはなかった。
 今までの人生は全て自分の手で切り開いてきた。だからこそこうして今、ここで生きていられるのだ。

「俺は……俺の人生は俺のものだ、誰にも好きにさせねえ。俺は自分の人生は自分で決める。俺の人生を誰かに決めさせることなんざ……」

 そう言ってハッとした。

 自分の運命は自分で決める、自分の人生は自分で決める。 
 実際に今までそうして生きてきたし、これからもそうする。
 だが、今トーヤが変えようとしている人生は誰のものだ?

「フェイの、フェイの運命だ……フェイの運命はフェイが決める……」

 初めてそのことに気がついた。
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