黒のシャンタル 第一話 「過去への旅」<完結>

小椋夏己

文字の大きさ
215 / 353
第三章 第一節 神から人へ

 6 眠り

しおりを挟む
 静かであった。

 ミーヤは豪華な寝台の傍らに腰をかけ、眠る子どもをじっと見つめていた。
 薄く、近付けばやっと相手の顔が見えるぐらいの明るさにランプが調節されている。
 仄暗ほのぐらい中、静かな寝息だけが聞こえるその部屋で、じっとその子を見つめ続けていた。

(この方は……)

 ミーヤは呼吸のたびに持ち上げられる布団の下の胸の動きを見ながら考えた。

(今はこうして眠っていらっしゃるけれど、お起きになられても眠っているのと同じなのかも知れない)

 マユリアが言っていたこと、シャンタルが見ること聞くこと話すことを、

「わたくしとラーラ様の体を借りてなさっていた」

 それが本当だとしたら、ずっとこの美しい肉体の中で眠っているのと同じなのかも知れない、そう思ったのだ。

 こうして見ているだけならば、美しいだけの普通の子どもなのに、そんな不思議なことがあるのだろうか……

 マユリアは「一刻も早く切り離す」と言っていた。ならば、今頃マユリアやラーラ様はシャンタルから距離を取るために急いで動いているのだろう。
 マユリアは宮の中のどこかへ自分を閉じ込め、そしてラーラ様と2人の侍女は宮から離れたどこかへ移動している頃なのだろうか。
 
 もしもシャンタルが目を覚ましたら、自分の目や耳がいなくなったことに気が付いて探すだろう。そうなったら近くにいると探して見つけ出してしまうかも知れない。だから急いで手の届かないところへ行ったのだろう。

 ならば、少しでも長く眠っていていただきたい。
 置いていかれたことを知るのは少しでも後の方がいい。自分の家族に置いていかれたことを知る前に、せめてゆっくりと休んでほしい。そう思った。
 
(本当は一刻も早く目を覚ましていただいて心を開いていただかないといけないのだけれど……)

 そう思いながらも静かに眠る子どもを見つめ続けていた。

 それからどのぐらいの時間が経っただろうか……

 ミーヤの目の前の子どもが目を覚ます気配を見せた。
 ゆっくりと顔が僅かばかり動き、長いまつげを持つ目が少しだけ開いた。

 何回か薄くパチパチとまばたきを繰り返すと、やがてぼおっとまだ半分夢の中にいる緑の瞳が真上、天蓋てんがい付きの寝台の天井をじっと見たように思えた。

 ミーヤは声をかけずにじっと見守った。

 子どもはまだ何回かパチパチとまばたきを繰り返したが、やがて少しだけ、ほんの少しだけ首を傾けた。
 首の動きに伴って視線が軽く右、今ミーヤが腰掛けているソファと椅子の中間のような家具の方を見た気がする。
 もしかしたら、これはいつもラーラ様がシャンタルを見守る時に座っている椅子なのかも知れない。なのでこっちをご覧になったのだろう。なんとなくそう思った。
 いつも一緒にお休みになってらっしゃるというラーラ様がどこで寝ているのかは分からないが、この場所にこんな椅子が置かれているということは、おそらくそのような目的で置かれているのだろう。

 子どもはあまり動くことなく、ただゆっくりとパチパチとまばたきをしている。
 表情はなく、何を考えているかは分からない。
 だが、少しだけまばたきが早くなり、なんだか少しだけ困っているような顔に見えてきた。

 もしかしたら……
 
 ミーヤはふと思い付いたことがあり、そっとそばを離れてそっと部屋を出ると、応接で待機しているキリエに声をかけた。

「どうしました?」
「あ、あの、もしかしたら……」

 聞いてキリエは急いで寝室へ入っていき、しばらくすると少し笑った顔をして出てきた。

「そのようでした」
「やっぱり……」

 ミーヤは自分の考えが当たっていたようでほっとした。

「そうですね、ミーヤには無理ですね」

 そう言ってキリエがほほほと笑った。

「あ、あの、すみません……」

 ミーヤが少し赤くなって頭を下げる。

 ミーヤが思ったこと、もしかしたら用足しではないか、ということ。
 もしもそうだとしたら困る。
 男の子の手洗いなど、どうして連れて行っていいものか分からない。

 くすくす笑うキリエとちょっと下を向いて赤くなっているミーヤ。
 ほんの少しだけ空気が和んだ。

「あの、次からはどうすれば……」
「そうですね」

 まだキリエが笑っている。
 キリエがこれほど笑うところをミーヤは見たことなかった。
 いつもキリエは無表情できびしい。シャンタルとはまた違う、すべてをはねつけるようなきびしい無表情しか見たことはない。鋼鉄の仮面を付けているかのような侍女頭の顔しか見たことがなかった。

「慣れてもらった方がいいのかも知れませんね」
「ええっ!」

 驚くミーヤにさらにキリエが笑う。
 この方はこんなに笑える方なのだ、と重ねて驚く。

「それで、あの、シャンタルは今は」
「またお休みになりました」
「そうですか」

 時刻は夜半になろうとしているところか。
 今日は色んなことがあり過ぎて時間が流れる早さが分からない。

 おそらく夕刻よりかなり前にこちらに来て、その時にはもうシャンタルはお休みになっていた。

「今日は色々あってお疲れになったのでしょう。おまえもしばらく休みなさい、その間、私が交代します」

 キリエがミーヤをいたわるようにそう言った。
 まるで母のような表情であった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

廃城の泣き虫アデリー

今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって… 表紙はフリー素材です

処理中です...