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第三章 第三節 広がる世界
7 知っていて知らぬこと
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ミーヤは混乱する頭の中を整理していた。
あの時、初めてミーヤの名前を呼びキリエの名前を呼び、その後でシャンタルが初めて口にした言葉は何であったろうか……
「着替え……」
「え?」
ミーヤのつぶやきにキリエが聞き返す。
「そう、着替え、です。あの時、初めてシャンタルがお尋ねになった言葉です」
「あ……」
2人の名を尋ねた後もそれまでのように反応がなかったシャンタルを応接へお連れしようとした時、「着替えはせず部屋着のまま」でと言ったキリエの言葉に反応して「きがえ?」と聞き返してきたのだ。
「シャンタル……『着替え』と『部屋着』という言葉を前からご存知でしたか?」
ミーヤがそう聞くと困ったような顔をする。
「では『靴』は?」
やはり困った顔をして黙ってしまう。
「どうなさいました?覚えていらっしゃいませんか?」
横からキリエが声をかけるがやはり困った顔で首を横に振る。
「ミーヤに色々と教えてもらっていらっしゃいましたよね、覚えていらっしゃいませんか?」
「覚えてるけど……」
一生懸命考えている姿から、覚えていないのではなくどうやって説明しようか困っているように見えた。
「ゆっくりで構いません、教えてくださいませ」
キリエが優しく手を取って言う。
「うーん……」
困ったような声を出して一生懸命考えてから、
「知っていたけど……知っていなかったの……」
そう答えた。
「知っていたけど知っていない……」
意味が分からない。
「部屋着は知っていたけど知らなかったの」
「部屋着は知っていたけど知らなかった……」
繰り返すが理解できない。
何をどう聞けばいいものか……
「部屋着は知っていたの」
「ご存知だったのですね」
「知ってたけど分からなかったの」
「ご存知で分からない……」
何度も頭の中で繰り返す。
「知っているけど知らない……知っているけど分からない……」
「どういうことなのでしょう……」
悩む2人の前でソファに座ってシャンタル自身も焦れているように見えた。
「あのね」
「はい」
「部屋着は知っていたの」
「はい」
「でもね……今日は部屋着と違うの」
「はい?」
今日は部屋着ではなくきちんとした、正装とまでは行かないが急な来客などにも困らぬ服装をしていた。
「これは違うの」
「はい……」
ミーヤはますます混乱する。
「これは何の服?」
「それは……えっと、お出かけの服、ですか?」
「お出かけの服?」
「ええと……キリエ様、それでよろしいですか?」
「そうですね……お出かけの服にしますか」
「お出かけの服、でいいそうです」
「お出かけの服」
シャンタルはそう言って服の上着のあたりを少しつまみ、
「お出かけの服でしょ?」
「はい」
「お出かけの服という名前でいいの?」
「あ……」
ミーヤは何かが分かった気がした。
「つまり、部屋着という名前はご存知だったのですね」
「そう!」
シャンタルはやっと通じたというようににっこりと笑った。
「部屋着という名前、というか言葉はご存知だった、と」
「そう!」
もう一度にっこりと笑う。天上の微笑みに心が緩む。
「どういうことです?」
キリエが理解しかねるという顔でミーヤに尋ねる。
「もしかすると、ですが……」
ミーヤがシャンタルの様子を見ながら、自分が思ったことを説明する。
「シャンタルは多分、『部屋着という言葉』でしょうか、それはご存知だったのではないでしょうか」
「言葉を?」
「はい、多分……」
まだミーヤは自信がなさげに答えるが、シャンタルはそれでいいという風にミーヤを見ている。
「ですから、言葉としてはご存知だったのですが、おそらく……それが何か、をご存知なかったのではないか、と……」
「え?」
あの時、ミーヤも、そしてキリエも、シャンタルが初めて聞いた言葉、耳に残った言葉のことを尋ねているのだと思ったが、おそらくそれは間違いであった。
シャンタルは自分の中にある言葉と同じ響きを聞き、それがどれかを尋ねていたのだ。
「ええと、つまり……『部屋着という何か』があるとはご存知ではあったけれど、それが実際はどのようなものかはご存知なかった、ということ、なのでしょうか?」
やはりまだ自信はない……
「なんとなく分かった気がします……」
今度はキリエが後を継ぐ。
「たとえば、海を見たことがない者が海と聞いて言葉を知っていても実際の海は分からない、そのようなこと、なのでしょうか」
「ああ、そうかも知れません」
ミーヤもなんとなく形を手にしたような気がした。
おそらくシャンタルはラーラ様とマユリアの中から色んなことを、ミーヤが想像もできないぐらいたくさんのことを学んで知ってはいたのだ。
だが、それは「知識」としてシャンタルの中に蓄積されていた。
それをお二人から切り離され、外の世界で実際にあるものに触れることで引き出し、一つ一つ照らし合わせる作業をしていたのだ。それを2人の侍女は初めて知ることだと勘違いをしていた。
例えば深い地下の世界しか知らぬ者が「空」という言葉を聞いたとして、それがどのようなものか分かるはずがない。外に出て初めて「空という言葉が何を指すのか」を知ることになる。
あの時、初めてミーヤの名前を呼びキリエの名前を呼び、その後でシャンタルが初めて口にした言葉は何であったろうか……
「着替え……」
「え?」
ミーヤのつぶやきにキリエが聞き返す。
「そう、着替え、です。あの時、初めてシャンタルがお尋ねになった言葉です」
「あ……」
2人の名を尋ねた後もそれまでのように反応がなかったシャンタルを応接へお連れしようとした時、「着替えはせず部屋着のまま」でと言ったキリエの言葉に反応して「きがえ?」と聞き返してきたのだ。
「シャンタル……『着替え』と『部屋着』という言葉を前からご存知でしたか?」
ミーヤがそう聞くと困ったような顔をする。
「では『靴』は?」
やはり困った顔をして黙ってしまう。
「どうなさいました?覚えていらっしゃいませんか?」
横からキリエが声をかけるがやはり困った顔で首を横に振る。
「ミーヤに色々と教えてもらっていらっしゃいましたよね、覚えていらっしゃいませんか?」
「覚えてるけど……」
一生懸命考えている姿から、覚えていないのではなくどうやって説明しようか困っているように見えた。
「ゆっくりで構いません、教えてくださいませ」
キリエが優しく手を取って言う。
「うーん……」
困ったような声を出して一生懸命考えてから、
「知っていたけど……知っていなかったの……」
そう答えた。
「知っていたけど知っていない……」
意味が分からない。
「部屋着は知っていたけど知らなかったの」
「部屋着は知っていたけど知らなかった……」
繰り返すが理解できない。
何をどう聞けばいいものか……
「部屋着は知っていたの」
「ご存知だったのですね」
「知ってたけど分からなかったの」
「ご存知で分からない……」
何度も頭の中で繰り返す。
「知っているけど知らない……知っているけど分からない……」
「どういうことなのでしょう……」
悩む2人の前でソファに座ってシャンタル自身も焦れているように見えた。
「あのね」
「はい」
「部屋着は知っていたの」
「はい」
「でもね……今日は部屋着と違うの」
「はい?」
今日は部屋着ではなくきちんとした、正装とまでは行かないが急な来客などにも困らぬ服装をしていた。
「これは違うの」
「はい……」
ミーヤはますます混乱する。
「これは何の服?」
「それは……えっと、お出かけの服、ですか?」
「お出かけの服?」
「ええと……キリエ様、それでよろしいですか?」
「そうですね……お出かけの服にしますか」
「お出かけの服、でいいそうです」
「お出かけの服」
シャンタルはそう言って服の上着のあたりを少しつまみ、
「お出かけの服でしょ?」
「はい」
「お出かけの服という名前でいいの?」
「あ……」
ミーヤは何かが分かった気がした。
「つまり、部屋着という名前はご存知だったのですね」
「そう!」
シャンタルはやっと通じたというようににっこりと笑った。
「部屋着という名前、というか言葉はご存知だった、と」
「そう!」
もう一度にっこりと笑う。天上の微笑みに心が緩む。
「どういうことです?」
キリエが理解しかねるという顔でミーヤに尋ねる。
「もしかすると、ですが……」
ミーヤがシャンタルの様子を見ながら、自分が思ったことを説明する。
「シャンタルは多分、『部屋着という言葉』でしょうか、それはご存知だったのではないでしょうか」
「言葉を?」
「はい、多分……」
まだミーヤは自信がなさげに答えるが、シャンタルはそれでいいという風にミーヤを見ている。
「ですから、言葉としてはご存知だったのですが、おそらく……それが何か、をご存知なかったのではないか、と……」
「え?」
あの時、ミーヤも、そしてキリエも、シャンタルが初めて聞いた言葉、耳に残った言葉のことを尋ねているのだと思ったが、おそらくそれは間違いであった。
シャンタルは自分の中にある言葉と同じ響きを聞き、それがどれかを尋ねていたのだ。
「ええと、つまり……『部屋着という何か』があるとはご存知ではあったけれど、それが実際はどのようなものかはご存知なかった、ということ、なのでしょうか?」
やはりまだ自信はない……
「なんとなく分かった気がします……」
今度はキリエが後を継ぐ。
「たとえば、海を見たことがない者が海と聞いて言葉を知っていても実際の海は分からない、そのようなこと、なのでしょうか」
「ああ、そうかも知れません」
ミーヤもなんとなく形を手にしたような気がした。
おそらくシャンタルはラーラ様とマユリアの中から色んなことを、ミーヤが想像もできないぐらいたくさんのことを学んで知ってはいたのだ。
だが、それは「知識」としてシャンタルの中に蓄積されていた。
それをお二人から切り離され、外の世界で実際にあるものに触れることで引き出し、一つ一つ照らし合わせる作業をしていたのだ。それを2人の侍女は初めて知ることだと勘違いをしていた。
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