黒のシャンタル 第一話 「過去への旅」<完結>

小椋夏己

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第三章 第三節 広がる世界

17 ネイとタリア

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 ネイとタリアはルギと共にカトッティの王都近くにある小さな家で身をひそめて、時が過ぎるのをただただ見つめていた。

 カースの村がルギと母親のために用意し、母親が亡くなってルギが失踪しっそうした後、ルギがいつ戻ってきてもいいようにと定期的に手入れされていた家は、小さくはあるが心地よさが保たれた家であった。

「カースの人たちの気持ちがこもっていますね」
「マユリアがご覧になったらお喜びでしょうね」

 ネイとタリアはそう言い合って感心をした。
 おかげで2人も心地よく過ごせそうだとホッともした。

 家は小さな二階建てで王都周辺の村ではよくある形の家であった。 

 一階に寝室用の一部屋とやや広めの居間。台所は小さいテーブルを置いて少人数ならそこで食事をすることもできるぐらいの広さはある。食事はそこか居間でする。洗濯場と小さな風呂は水を運びやすいように井戸の方向に作られていることが多い。手洗い場もその方向にあるが衛生面を考えて大体が井戸からは離れた場所にある。

 二階にいくつかの部屋と物置部屋や、家によっては屋根裏がある。若い夫婦が最初は2人で暮らし、来客がある時には二階に宿泊させ、やがて子どもができたらその部屋が子供部屋になる。そういう形だ。

 家によって広さや部屋数は違うが大体がこんな形になっている。外は敷地の広さによって違うが洗濯干し場は大体の家にあり、子供の遊び場ぐらいになることが多い。

 ルギの家も同じような造りで、一階に一部屋と居間、台所と水回り、二階に二部屋と物置、そして屋根裏部屋があった。
 下の部屋にルギ、二階がそれぞれネイとタリアの寝室になったが、日々のこと以外するべきこともなく、居間か2人のどちらかの部屋で過ごすことが多かった。
 ルギとも話をしないことはないが、知っているとはいえそう心安い仲でもなく、侍女は男性とあまり接することもないのでやはり2人で過ごす時間が多くなるのは仕方のないことであった。それにルギはそもそもそんなに話をするタイプではない。2人が何か話すのをそばで聞いているのかいないのか分からないが、話し掛けない限りほぼ返事もなく、いるのを忘れてしまうことがあるぐらいだ。

「よく飽きませんね」

 ある時、とうとうネイがルギにそう話し掛けた。

「何がですか?」
「いえ、そうして黙ってじっと座っているだけということに」

 そう言われてもルギは、

「衛士は黙って警備をするのが仕事ですし、話をしないことに特に不都合ふつごうも感じません」

 とだけ答えてまた黙って座り続ける。

 ネイとタリアはルギとは違う。日々シャンタルとラーラ様の近くでお二人の世話をするのが仕事であった。その仕事がなくなっただけではなく、今、お二人がどうなっていらっしゃるのかを考えるとじっとしていられない、宮へ飛んで帰りたい。だがマユリアの勅命である。「連絡があるまでは誰にも知られぬように」と言われている。戻れとめいがあるまでは戻りたくとも戻れない。

「そんなに退屈ならば王都見学でもなさってきたらどうですか?」

 ルギがそう言ってきた。

「誰にも知られぬようにとのことです。それはできません」
「知られなければいいのではないですか?」

 ネイは驚いた。まさかあのルギがそんな提案をするなど思いもよらなかったからだ。
 マユリアのめいとあれば自分のいのちをかけてでも守る、忠義でできているようなこの男が、と驚きを隠しきれない。

「何をそんなに驚いていられるのか」

 ルギが皮肉そうに笑う。

「まさかおまえがそのようなことを口にするとは思ってもみませんでしたから」

 タリアもそう答える。

「マユリアは、知られぬようにとはおっしゃったが、外に出るなとはおっしゃってはいらっしゃらない」

 確かにそうではあるが、ある種詭弁きべんに聞こえないこともない。

「はっきり申し上げますが、そうしてお二人で鬱々うつうつとああでもないこうでもないと分からぬことをおしゃべりになっているより、王都の様子を見るなりして見識けんしきを広げた方が宮に帰った時に役に立つのではないかと思う」

 ネイもタリアも幼い時に宮に上がって後、ほとんど宮から出たことがない。

「それとも、出るのが怖いですか?」

 また皮肉そうにそう言われてムッとするが、言い返すこともできない。

「まあどちらかです。外を見て気晴らしされるか、引きこもって考えても仕方のないことを考えるか」

 そう言われて考えた結果、市井しせいの人の服装で少し出るならと2人で市場へ食料の買い出しに行くことにした。

「おまえは来ないのですか?」
「不安なら付いて行って差し上げてもよろしいが、私がおらぬ方がゆっくりできましょう」

 またムッとして2人で外へ出る。

 市場はほんの目と鼻の先にあった。ぶらぶらと2人で町を歩き、短い間とはいえ外を見ると少し気が晴れた。活気のある市場で普通の人々と混じって普通の買い物をする。それだけのことで肩の力が抜けた気がする。
 少しばかりホッとして、なんとなく、あれは無愛想で皮肉屋な男の心遣いこころづかいであったように思えた。
 
 戻って食事の支度をしてルギと3人で食べる。特にこれという会話もない。

 そうして時々外に出て息抜きをすることで、どうにか宮から離れる日々を過ごすことができていた。
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