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第三章 第六節 旅立ちの準備
9 前日
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夜が明け、交代の前日の朝を迎えた。
宮は客殿にお迎えする高貴な客人たちのもてなしのために静かな喧騒に包まれていた。
すでに下準備は整えられ、お迎え以外にやることはないが、やはり貴人のお世話となると緊張が走る。
トーヤが宮に運ばれて以来独り占めしていた最上級の客室に今日は国王一家が滞在する。その部屋から交代の時をゆったりと眺めるのが恒例となっている。
国王一家はこの国の主である国王とその王妃、国王の母である皇太后、長男の皇太子とその皇太子妃を中心に国王のその他の子どもたち、皇太子の子、つまり国王の孫たちである。側室とその子どもたちはまた違う部屋に滞在する。
何にしても王宮と後宮の主要メンバーの大部分が集まるのだから大変の一言で済まされるものではない。大騒ぎできるはずもないので宮の者たちはみんな口をつぐみ、静かに歩きながらも頭の中も心の中も嵐が吹き荒れているような有様である。
「大変そうだな、え」
自分に与えられた部屋の窓に両手を乗せて乗っかかりながら宮を行き交う人々の様子をのんびりと眺め、トーヤが楽しそうに言う。
明後日にはもっと大変な作業をしなくてはならない人間とは思えない余裕の様子にミーヤが少し顔を顰める。
「ん、なんだ?」
ミーヤの顔を見てそう言うが、トーヤはいっかな堪えないように楽しそうなままの顔である。
「いいんですか、そんなのんびりしてて」
「そう言われてもなあ、いまさら焦っておたおたしてもしゃあねえし、今はもうできることもねえし、せっかくの珍しい催しだから楽しんでもいいんじゃね?」
「それはそうなんですが……」
相変わらず満面の笑みでにこにこと答えられてはもうどうしようもない。
実際トーヤは楽しかった。いや、幸せであった。
(待ってます、だってよ……)
そう思うとなんだかもう「くーっ!」とか声を出して転げ回りたいほどになるのだ。
「待ってますから!」そう言ってもう一度「待っていますからね!」と二回も言ったのだ。それを思い出すだけでそのあたりを走り回りたいぐらいになる。
「待っててくれよな!」と自分が言った言葉、それを思い出すと今度はなんだか恥ずかしくてどこかに隠れてしまいたくもなる。
結果、幸せなのだなと思う。
本当に大丈夫なのかという風に心配するミーヤの顔すらうれしくなる。心配してくれてることがうれしくなる。
なんとなく、今の自分にはなんでもできる、そんな感じで舞い上がっているようだ。
「大丈夫なんですか?」
またミーヤが心配そう言うのに、
「だーいじょうぶだって、任せとけって」
相変わらず少し音の外れた鼻歌を歌いながらまた庭の方を見つめる。
今トーヤがいる部屋は前の宮のバルコニーの下あたりである。トーヤがシャンタルを初めて見た時、ちょうど今見下ろしているあたりにたくさんの人が集まってバルコニーを見上げていた。
首を左に向けるとその時にいた豪華な客室のある客殿である。その客室の下あたりがダルと訓練をした前庭。2つの建物の間は豪華な渡り廊下でつながれている。
その渡り廊下を渡ってすぐの北あたりが離宮とつながった次代様の父親がいた部屋あたりだ。大まかな配置はそのような感じになっている。何しろ大きな宮なのでいくつもの建物をつないだり並べたりはしているが、大体そんな感じの位置関係である。
明日は今いる部屋の上にマユリアとシャンタル、そして次代様の3代のシャンタルがただ一度だけ並んで姿を現すのだ。その一瞬を見るために国中から人が集まる。
「あの時よりすげえ人なんだろうな」
「いつです?」
「俺が初めてシャンタルを見た時だよ」
「ああ、あのお出ましの時ですか」
「ああ」
あの時はシャンタルを見上げる人々の静かな感動に圧倒され、同時になんだか腹が立ってきたのを思い出す。
「あれは定期のお出ましでしたが今回はただ一度ですしね」
「そう言ってもあんたも初めて見るんだろ?」
「ええ、実はそうです。ですが、色々と覚えたり準備をしたりしてるうちになんでしょう、もう何回も経験したような気になってました」
そう言ってミーヤがクスッと笑った。
今はまだどちらの庭にも人を入れてはいないが、客殿前の庭には椅子やテーブルのようなものが並べられている。寒い時期なので暖を取るためのストーブのようなものも準備されているようだ。
バルコニー前には何もない。世紀の一瞬を見たい人を詰め込めるだけ詰め込むのだろうか。
「事故が起きないようにするのが大変だな」
「ええ、衛士たちは大変だと思います。街から憲兵隊も応援に来るみたいですね。それとあれ」
何もないと思っていた庭の端から何本も柱のような物があるのに気が付いた。ふと見ると目の下にもなにかある。
「なんだありゃ」
「あそこに棒を渡して区画を分けるようです」
そこに並んだ人を順番に入れていく。いっぱいになったらそこにはもう人を入れず誰も出さない。
「そういうようにするようです」
「ほえ~そりゃ大変だ」
そうでもしないと将棋倒しの事故も起こりかねないのだろう。
宮は客殿にお迎えする高貴な客人たちのもてなしのために静かな喧騒に包まれていた。
すでに下準備は整えられ、お迎え以外にやることはないが、やはり貴人のお世話となると緊張が走る。
トーヤが宮に運ばれて以来独り占めしていた最上級の客室に今日は国王一家が滞在する。その部屋から交代の時をゆったりと眺めるのが恒例となっている。
国王一家はこの国の主である国王とその王妃、国王の母である皇太后、長男の皇太子とその皇太子妃を中心に国王のその他の子どもたち、皇太子の子、つまり国王の孫たちである。側室とその子どもたちはまた違う部屋に滞在する。
何にしても王宮と後宮の主要メンバーの大部分が集まるのだから大変の一言で済まされるものではない。大騒ぎできるはずもないので宮の者たちはみんな口をつぐみ、静かに歩きながらも頭の中も心の中も嵐が吹き荒れているような有様である。
「大変そうだな、え」
自分に与えられた部屋の窓に両手を乗せて乗っかかりながら宮を行き交う人々の様子をのんびりと眺め、トーヤが楽しそうに言う。
明後日にはもっと大変な作業をしなくてはならない人間とは思えない余裕の様子にミーヤが少し顔を顰める。
「ん、なんだ?」
ミーヤの顔を見てそう言うが、トーヤはいっかな堪えないように楽しそうなままの顔である。
「いいんですか、そんなのんびりしてて」
「そう言われてもなあ、いまさら焦っておたおたしてもしゃあねえし、今はもうできることもねえし、せっかくの珍しい催しだから楽しんでもいいんじゃね?」
「それはそうなんですが……」
相変わらず満面の笑みでにこにこと答えられてはもうどうしようもない。
実際トーヤは楽しかった。いや、幸せであった。
(待ってます、だってよ……)
そう思うとなんだかもう「くーっ!」とか声を出して転げ回りたいほどになるのだ。
「待ってますから!」そう言ってもう一度「待っていますからね!」と二回も言ったのだ。それを思い出すだけでそのあたりを走り回りたいぐらいになる。
「待っててくれよな!」と自分が言った言葉、それを思い出すと今度はなんだか恥ずかしくてどこかに隠れてしまいたくもなる。
結果、幸せなのだなと思う。
本当に大丈夫なのかという風に心配するミーヤの顔すらうれしくなる。心配してくれてることがうれしくなる。
なんとなく、今の自分にはなんでもできる、そんな感じで舞い上がっているようだ。
「大丈夫なんですか?」
またミーヤが心配そう言うのに、
「だーいじょうぶだって、任せとけって」
相変わらず少し音の外れた鼻歌を歌いながらまた庭の方を見つめる。
今トーヤがいる部屋は前の宮のバルコニーの下あたりである。トーヤがシャンタルを初めて見た時、ちょうど今見下ろしているあたりにたくさんの人が集まってバルコニーを見上げていた。
首を左に向けるとその時にいた豪華な客室のある客殿である。その客室の下あたりがダルと訓練をした前庭。2つの建物の間は豪華な渡り廊下でつながれている。
その渡り廊下を渡ってすぐの北あたりが離宮とつながった次代様の父親がいた部屋あたりだ。大まかな配置はそのような感じになっている。何しろ大きな宮なのでいくつもの建物をつないだり並べたりはしているが、大体そんな感じの位置関係である。
明日は今いる部屋の上にマユリアとシャンタル、そして次代様の3代のシャンタルがただ一度だけ並んで姿を現すのだ。その一瞬を見るために国中から人が集まる。
「あの時よりすげえ人なんだろうな」
「いつです?」
「俺が初めてシャンタルを見た時だよ」
「ああ、あのお出ましの時ですか」
「ああ」
あの時はシャンタルを見上げる人々の静かな感動に圧倒され、同時になんだか腹が立ってきたのを思い出す。
「あれは定期のお出ましでしたが今回はただ一度ですしね」
「そう言ってもあんたも初めて見るんだろ?」
「ええ、実はそうです。ですが、色々と覚えたり準備をしたりしてるうちになんでしょう、もう何回も経験したような気になってました」
そう言ってミーヤがクスッと笑った。
今はまだどちらの庭にも人を入れてはいないが、客殿前の庭には椅子やテーブルのようなものが並べられている。寒い時期なので暖を取るためのストーブのようなものも準備されているようだ。
バルコニー前には何もない。世紀の一瞬を見たい人を詰め込めるだけ詰め込むのだろうか。
「事故が起きないようにするのが大変だな」
「ええ、衛士たちは大変だと思います。街から憲兵隊も応援に来るみたいですね。それとあれ」
何もないと思っていた庭の端から何本も柱のような物があるのに気が付いた。ふと見ると目の下にもなにかある。
「なんだありゃ」
「あそこに棒を渡して区画を分けるようです」
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