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第七話 嘘つき
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第七話 嘘つき
とりあえず、クッキーとコーヒーを腹に入れた。
「……ごちそうさまでした」
食している途中、隣から性懲りもなくクッキーを盗み取ろうと伸ばしてきた碧の手をはらいながら、コーヒーが冷めないうちに、平らげた。
「お粗末様でした」
カウンターの向こう側で皿を洗いながら呟いたマリーに食器を渡し、いくら物思いにふけっていたからと言って、僕の頼んだものを盗み食いした過失を負っているにもかかわらず、被害者面で口を膨らませている碧へ、向き直る。
「おーい……。戦犯」
できるだけナチュラルな響きを意識して言ってみた。
「そこまで言われる?!」
心底心外な様子で驚かれた。
「食べ物の恨みは国家の外交軋轢よりも重い。もしも核発射スイッチを僕が管理していたら、間違いなく押していた」
「そんなに!」
「それで自殺してたかもしれん」
「澪君の方が圧倒的に戦犯じゃん!」
「よっしゃじゃあ殺してくれ」
会話が……楽しい。
「ふぅん」
一つ相槌を挟んで、碧の目が少しだけ細くなる。
「『楽しく生きていたい』って、泣きながら言ったのは、あの自白は、嘘だったんだねぇ。へぇぇ。私に抱きしめられて、私の腕をギュって赤ちゃんみたいに握ってたのは、演技だったのかなぁ」
声がでかい!
と喉まで出たのに声に出せなかった僕を尻目に、碧は続ける。
「最初はなんとしてでも死にたい!みたいな態度でいたのに、急に『苦しみたくない』とか零しちゃったのも演技だったら、澪君はやっぱり死なないで俳優にでもなったらどうかなぁ。あの演技力があれば、主演男優賞なんて朝飯前じゃあん」
うっわぁ、やっぱこいつ煽りスキル高い。
ってか、そんな大声で喋ったらマリーに聞かれるじゃん。
…………え、もしかしてわざと聞かせた?
「なに、なに、少年、死のうとしてたの?」
ほらやっぱ聞かれてた。
「えっと……。そうですね……。…………すみません」
なんとなく、謝っておこう。
マリーはそう聞いてはきたものの、特に驚いた様子もなく、かと言って諭す様子もなかった。
ただ、聞かれた日付を答えるような口調で、
「少年、死ななくてよかったな」
と言った。
何の色も形もない、かと言って無機質でもないその言葉が、僕はどうしてか嬉しかった。
そして続けて、
「まぁ、安心していい。これから少年は幸せになるし、それは私がちゃんと保証する」
と告げた。
なんというか、その響きが。
さっきまで死のうとしてた僕への、慰めや餞のようには感じられなくて。
どちらかというと、約束のような、預言のような、そんな気がした。
「そう、それでね、澪君」
唐突に、碧がこちらを向いて切り出した。
「私としては、澪君に付いてきて欲しいの」
……はぁ?
「……付いてきて欲しい、とは?」
「私の住んでる町まで、来て欲しいの」
……ほう、これまた。
休めなさそうな匂いが。
「……碧の家がある町ってどこ?」
「楓町」
「終点じゃねぇか!」
予感は的中しないでほしかった。
ただでさえ本数が少ない枳町から普通列車で片道二時間くらいだったはず。特急も快速もない。
「それさ、ここから二時間かかるとこだよね」
「二時間じゃないよ。一時間五十三分」
「それは二時間と言っても間違いじゃないんだよ!」
小学生のころ、父親と一度だけその二時間を過ごしたことがある。
退屈過ぎて死にそうだったことしか印象にない。
「大丈夫、二時間なんてあっという間だから」
……おめぇも二時間って言ってんじゃねぇか。
碧は自分の鞄をまさぐって、手に掴んだものをカウンターに並べていく。
使用感たっぷりの並べられたものを、僕は順に言っていった。
「……トランプ、……UNO、……携帯人生ゲーム、……携帯オセロ」
「これだけあれば、大丈夫でしょ?」
…………。
「……いつも持ち歩いてんの?」
この量を?
「うん、なんか暇なとき用のために」
……友達、多いんだろうなぁ。
ちょっとだけ、悔しい、気がする。
「それでさ、その電車、最終便が十八時四十二分なのね」
と、スマホを見ながら、少し不安そうに碧は言った。
え、もうそんな時間?と思って僕は、後ろの時計達へ振り返る。
この辺から枳駅までは、大体十五分くらいで着くとして。
現在時刻、十六時ニ十分。
……全然余裕だった。
「びっくりした……」
紛らわしい。
時間がまだあったことに胸をなでおろして、なんだかんだ行く気じゃん、ともう一人の僕が笑った。
僕って流されやすいのかもしれない。
今更そんなことを考えていると、碧が席から立ちあがった。
「そろそろ、出よっか」
そんなに慌てるような時間じゃないと思うんだけど、碧はここを離れるつもりらしい。
ほかに何か用事があるのだろうか。
もしかして、一緒に来てた友達とかいたり……?
まぁ、特に僕も、ここに長居する理由は無いのだけれど。
……………………あ。
「……碧さん、いえ、碧様」
「え?何?キモ」
後ずさりされた。
「……僕、今日、財布持ってきてないです。……すみません」
「え?……いや、わかってるよ?スマホ置いてくる奴が財布持ってくるわけないじゃん」
キョトンとした顔で、碧は言った。
「今日は私が出すし、元からそのつもりだよ」
…………すごく、恥だ。
いや、僕何も悪くないけど。
お金がないとか、そういうわけじゃないけど。
惨めだし情けなく感じた。
というか、そう感じておかないと人としておかしい気がした。
「マリーさん、ごちそうさまー!」
碧が会計を済ませて、僕は再びマリーに持ち上げられて。
入り口に立つ碧とマリーの少し長くなった影を踏んだ。
居心地よく寛げたことを伝えたくて、
「マリーさん、また来ますね」
と約束をしたら、マリーが
「また来てね」
と返事をしてくれたが、なぜかその時、僕と目が合うことはなかった。
「美味しかったね」
僕と碧は来た道を戻っていた。
喫茶マグワートが点になるくらいまで離れて、僕はタイヤを漕ぐ手を止めた。
「……それで、碧、今からどこに行くの?」
と聞いてはみたが、まぁ、僕もわかっていた。
今の僕は、本当に何も持っていない。
スマホも。財布も。
そんな状態で遠い町まで行くほど、僕もバカじゃない。……はず。
「そんなの決まってるじゃない」
碧が振り向いた。
揺れた髪が西日を反射して、赤が奇麗だった。
そして、案の定な答えを、導き出す。
「今から行くのは、澪君の家です。ってことで、案内よろしく!」
とりあえず、クッキーとコーヒーを腹に入れた。
「……ごちそうさまでした」
食している途中、隣から性懲りもなくクッキーを盗み取ろうと伸ばしてきた碧の手をはらいながら、コーヒーが冷めないうちに、平らげた。
「お粗末様でした」
カウンターの向こう側で皿を洗いながら呟いたマリーに食器を渡し、いくら物思いにふけっていたからと言って、僕の頼んだものを盗み食いした過失を負っているにもかかわらず、被害者面で口を膨らませている碧へ、向き直る。
「おーい……。戦犯」
できるだけナチュラルな響きを意識して言ってみた。
「そこまで言われる?!」
心底心外な様子で驚かれた。
「食べ物の恨みは国家の外交軋轢よりも重い。もしも核発射スイッチを僕が管理していたら、間違いなく押していた」
「そんなに!」
「それで自殺してたかもしれん」
「澪君の方が圧倒的に戦犯じゃん!」
「よっしゃじゃあ殺してくれ」
会話が……楽しい。
「ふぅん」
一つ相槌を挟んで、碧の目が少しだけ細くなる。
「『楽しく生きていたい』って、泣きながら言ったのは、あの自白は、嘘だったんだねぇ。へぇぇ。私に抱きしめられて、私の腕をギュって赤ちゃんみたいに握ってたのは、演技だったのかなぁ」
声がでかい!
と喉まで出たのに声に出せなかった僕を尻目に、碧は続ける。
「最初はなんとしてでも死にたい!みたいな態度でいたのに、急に『苦しみたくない』とか零しちゃったのも演技だったら、澪君はやっぱり死なないで俳優にでもなったらどうかなぁ。あの演技力があれば、主演男優賞なんて朝飯前じゃあん」
うっわぁ、やっぱこいつ煽りスキル高い。
ってか、そんな大声で喋ったらマリーに聞かれるじゃん。
…………え、もしかしてわざと聞かせた?
「なに、なに、少年、死のうとしてたの?」
ほらやっぱ聞かれてた。
「えっと……。そうですね……。…………すみません」
なんとなく、謝っておこう。
マリーはそう聞いてはきたものの、特に驚いた様子もなく、かと言って諭す様子もなかった。
ただ、聞かれた日付を答えるような口調で、
「少年、死ななくてよかったな」
と言った。
何の色も形もない、かと言って無機質でもないその言葉が、僕はどうしてか嬉しかった。
そして続けて、
「まぁ、安心していい。これから少年は幸せになるし、それは私がちゃんと保証する」
と告げた。
なんというか、その響きが。
さっきまで死のうとしてた僕への、慰めや餞のようには感じられなくて。
どちらかというと、約束のような、預言のような、そんな気がした。
「そう、それでね、澪君」
唐突に、碧がこちらを向いて切り出した。
「私としては、澪君に付いてきて欲しいの」
……はぁ?
「……付いてきて欲しい、とは?」
「私の住んでる町まで、来て欲しいの」
……ほう、これまた。
休めなさそうな匂いが。
「……碧の家がある町ってどこ?」
「楓町」
「終点じゃねぇか!」
予感は的中しないでほしかった。
ただでさえ本数が少ない枳町から普通列車で片道二時間くらいだったはず。特急も快速もない。
「それさ、ここから二時間かかるとこだよね」
「二時間じゃないよ。一時間五十三分」
「それは二時間と言っても間違いじゃないんだよ!」
小学生のころ、父親と一度だけその二時間を過ごしたことがある。
退屈過ぎて死にそうだったことしか印象にない。
「大丈夫、二時間なんてあっという間だから」
……おめぇも二時間って言ってんじゃねぇか。
碧は自分の鞄をまさぐって、手に掴んだものをカウンターに並べていく。
使用感たっぷりの並べられたものを、僕は順に言っていった。
「……トランプ、……UNO、……携帯人生ゲーム、……携帯オセロ」
「これだけあれば、大丈夫でしょ?」
…………。
「……いつも持ち歩いてんの?」
この量を?
「うん、なんか暇なとき用のために」
……友達、多いんだろうなぁ。
ちょっとだけ、悔しい、気がする。
「それでさ、その電車、最終便が十八時四十二分なのね」
と、スマホを見ながら、少し不安そうに碧は言った。
え、もうそんな時間?と思って僕は、後ろの時計達へ振り返る。
この辺から枳駅までは、大体十五分くらいで着くとして。
現在時刻、十六時ニ十分。
……全然余裕だった。
「びっくりした……」
紛らわしい。
時間がまだあったことに胸をなでおろして、なんだかんだ行く気じゃん、ともう一人の僕が笑った。
僕って流されやすいのかもしれない。
今更そんなことを考えていると、碧が席から立ちあがった。
「そろそろ、出よっか」
そんなに慌てるような時間じゃないと思うんだけど、碧はここを離れるつもりらしい。
ほかに何か用事があるのだろうか。
もしかして、一緒に来てた友達とかいたり……?
まぁ、特に僕も、ここに長居する理由は無いのだけれど。
……………………あ。
「……碧さん、いえ、碧様」
「え?何?キモ」
後ずさりされた。
「……僕、今日、財布持ってきてないです。……すみません」
「え?……いや、わかってるよ?スマホ置いてくる奴が財布持ってくるわけないじゃん」
キョトンとした顔で、碧は言った。
「今日は私が出すし、元からそのつもりだよ」
…………すごく、恥だ。
いや、僕何も悪くないけど。
お金がないとか、そういうわけじゃないけど。
惨めだし情けなく感じた。
というか、そう感じておかないと人としておかしい気がした。
「マリーさん、ごちそうさまー!」
碧が会計を済ませて、僕は再びマリーに持ち上げられて。
入り口に立つ碧とマリーの少し長くなった影を踏んだ。
居心地よく寛げたことを伝えたくて、
「マリーさん、また来ますね」
と約束をしたら、マリーが
「また来てね」
と返事をしてくれたが、なぜかその時、僕と目が合うことはなかった。
「美味しかったね」
僕と碧は来た道を戻っていた。
喫茶マグワートが点になるくらいまで離れて、僕はタイヤを漕ぐ手を止めた。
「……それで、碧、今からどこに行くの?」
と聞いてはみたが、まぁ、僕もわかっていた。
今の僕は、本当に何も持っていない。
スマホも。財布も。
そんな状態で遠い町まで行くほど、僕もバカじゃない。……はず。
「そんなの決まってるじゃない」
碧が振り向いた。
揺れた髪が西日を反射して、赤が奇麗だった。
そして、案の定な答えを、導き出す。
「今から行くのは、澪君の家です。ってことで、案内よろしく!」
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