先生、運営が仕事してくれません!

紫堂 涼

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はじまりの地

運営のターン

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 カタカタとキーボードを叩く音が激しく聞こえる室内。
 雑然とした内部には、何日寝てないのか目の下を真っ黒にした男女がふらふらと歩いている。
 ぶつぶつと呟きながら、何がしかのプログラムを組む者、コーヒーをがぶ飲みしながら、片手を目まぐるしく動かす者、上手くいかないのか、苛立ったように机を叩く者。
 ヤニで茶色に染まった喫煙ブースなど、外から見えないほどに煙で真っ白だ。

「くそ、お前ら……俺らの子供をガンガン殺しやがって……」
 モニターを睨みつけながら呟く男は、手にしていた紙カップをぐしゃりと握り潰す。
「うわあ、開始早々、カルマ値ガンガン上がってくんだけどぉ……」
 また別のモニターを見ながら、目の下の隈さえ無ければ美しい女性が眉を寄せる。

 そう、彼等こそIdeal World Onlineの制作者でもあり、運営でもあった。
 今まで多くのVRゲームを作り出した経験と、それで得た賃金を全て注ぎ込み、理想の世界を作り上げたのだ。
 彼等の好み、彼等の見たい世界、それを余すところなく表現したのが、IWOだった。
 いくつものVRゲームを世に送り出し、ストーリーや設定に差異はあろうとも、似たようなものばかりを作り上げてゆくフラストレーションが、ある時爆発した。
 どうせ苦労するなら、好きなもんで苦労したい。それを合言葉に集った面々。

 彼等のスポンサーだった者達も、面白そうだと悪ノリし、資金も潤沢じゅんたく
 趣味に人生賭けてもイイじゃない。とばかりに暴走した結果が――どう見ても、プレイヤーを選ぶ作品。
 自己満足の果てに作られたものなので、彼等はそれを一切気にしない。

 一応クレーム対策として、お試しプレイをしてみて、その後高い課金をするような設定にしているが、すでに何件もクレームが来ている。


 Q:何か変な生き物がいるんですが
 A:そういう世界です。可愛がってあげてください。

 Q:死に戻りしたら装備してた武器ロストしたんですが!
 A:そういった仕様です。

 Q:どうやったら先へ進めますか?
 A:頑張って調べてみてください。

 Q:……何か、すごい格好良いコボルドがいたんですが、どこに行ったら会えますか?
 A:頑張って攻略を進めてください。早いうちに会えますよ。

 Q:ょうι゛ょはいないんですか?
 A:今後のアップデートの参考とさせて頂きます。

 Q:PKされたんですが
 A:自由度が売りの作品ですので、PKも、PKKも皆様の自由です。

 Q:ギルドとか無いんでしょうか
 A:素材の販売は、該当の店舗で売却願います。

 Q:クエストないの?
 A:あります。探してみてください。

 Q:スキルの発生条件はなんですかー
 A:色々試してみてください。

 Q:気持ち悪いのいたんですが。血でべとべと。
 A:そういう世界です、可愛がってあげてください。

 Q:運営、ちゃんとサポートしてよ!
 A:出来る範囲でさせて頂いております。ご了承下さい。

 Q:GMコールできないんですか?迷惑な人とかいるんですが
 A:もう少し先に実装されます、申し訳ございませんが少々お待ち下さい。

 Q:マスクデータとかないんですか?
 A:それを探るのもゲームの楽しみの一つです。色々試してみて下さい。

 Q:ゲームを起動するときに妙な音が入るんですが…
 A:使用しているVR機器の詳細をメールにて送信願います。後ほどこちらから返信致します。

 Q:人間以外の種族っているんですか?
 A:多数取り揃えております、お楽しみに。

 Q:エルフとか、獣人とかっていないんですかー
 A:多数取り揃えております、お楽しみに。

 Q:どうやったら強くなれますか
 A:色々な方法があります、色々試してみて下さい。


「ちっ、どいつもこいつも、何でも聞けばいいって思ってんじゃねえよ」
 舌打ちしながら、カタカタと返信を書き込む男が苛立たしげに髪を掻き回す。
 代わり映えのない質問に―― 一部妙なものが混じっているのに答えつつ、男はちらりと変化の無いモニターを見つめ、声を上げる。

「可愛子ちゃんがいる!!」

「何ィ!!」
 ガタッ
 ガタタッ
 ガタタ……ガシャーン!
 音を立てて椅子から立ち上がる面々。一部椅子を背後の机にぶつけ何かを壊した者もいるが、誰も気にしてない。
「「「可愛子ちゃんと聞いて!!」」」
 わらわらと画面に殺到する奴らの目は真剣まじだ。

「おお……すごいあちこち見てる」
「あらぁ……目をぱちぱちしてるわ」
「お、倒れた!」
「VR体験した事ねぇのか?すげー珍しそうにしてる」
「くっ……俺が頑張った、この環境に、こんなにも感動してくれる可愛子ちゃんがいたなんて……っ!!」
 愛が暴走した彼等にとって、IWOの世界を大切にしてくれる子は、皆可愛子ちゃんだ。おっさんだろうと、同性だろうと構わない。
 モニターに殺到した連中は、食い入るように画面に見入る。

「ちょ、スラリーが!!」
「あの子……何も武器を持たない状態で一定時間動かずにいないと姿さえ見せないのに」
「ああっ、うちの子たちが、あんなに懐いてっっ!!」
「天使だ、天使が降臨したぞぉおおおおおおおおおお!!」
 うおー!!と男女問わず拳を振り上げる。
 サービス開始に向けて、延々バグのチェック、AIの教育・管理、メンテナンスに、販路の確保、店舗からの問い合わせ、趣味に走るからこそ、他社を巻き込む事も出来ず、彼等は少数精鋭で地獄の日々を過ごして来た。
 広い、広い部屋を埋め尽くすほどの人数がいてもなお、手は足りなくて、鬼気迫る表情をしていた面子が歓喜の声を上げる。

「あれ、誰だ。称号与えたの」
 異常な盛り上がりを見せる中、ぽつりと地味な青年が呟いた。
「あ、おれおれー。さっきの可愛子ちゃんに付けてみた」
 さっきまで質問板への回答を打ち込んでいた男がひらひらと手を振る。
「先輩、いつの間に……」
「可愛子ちゃんが、門でうわーってしてた時」
「素早い……で、この称号の効果は?」
「無い」
「――初の称号なのに、無いんですか?」
「うん、無い」
 爽やかに答えた男に、後輩であろう青年が無言で拳を握り締める。
「天誅ぅううううう!!」

 ――仕様です、試してみて下さい、調べて下さい、お待ち下さい、お楽しみに。そんな言葉が乱舞する質問掲示板に、栄えある最初の一言がその日叩きつけられる。

「運営、仕事しろぉおおおおお!!」

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