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突然の別れ、そしてやり直しのチャンス
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仕事から帰宅した私は、玄関でつまづきそうになりながら汚れた靴を蹴り脱いだ。
誰もいない暗い部屋、床には脱ぎ捨てた服とコンビニ弁当のゴミ。部屋中に充満する、酸化した油のようなにおい。
それでも、私はもう何も感じなくなっていた。
「……あー、今日も最悪」
ブラック企業での仕事は朝から晩までぎっしり詰まっていて、食事はコンビニ、風呂は面倒でシャワーだけ。
布団に入る気力すらなく、私は床に投げ出されたクッションに身体を預ける。
生理不順、胃痛、頭痛、肌荒れ……。
それでも「みんな我慢してるんだから」と、自分に言い聞かせて働き続けてきた。
そしてその夜。
胸の奥で、強烈な痛みが走った。
「っ……ぐ、う……あ……っ」
何が起きたのかもわからず、私はただ胸を押さえて床に崩れ落ちた。
痛みが波のように押し寄せ、視界がじわじわと暗くなっていく。
息が……できない。心臓が、止まりそう。
苦しみに顔をゆがめながら、ふと思い浮かんだのは――
お父さん、ごめんなさい……。
私は、母が亡くなってから男手ひとつで育ててくれた父に、まともに「ありがとう」も言えなかった。
高校生になる頃には反抗期が始まり、ぶつかってばかり。
大学に入ってからはろくに連絡も取らず、最後に声を聞いたのが、いつだったかも思い出せない。
「……もっと、ちゃんと……生きたかったな」
父にも、自分の身体にも、全部にごめんなさいを言いたい――
そんな気持ちを抱えたまま、私は暗闇に沈んでいった。
―――
「……未来。……おーい、未来!」
耳元で誰かが呼んでいる。
「……え?」
目を開けると、見慣れた部屋が広がっていた。
薄いピンクのカーテン。木目の勉強机。ベッドの隅に置かれたぬいぐるみ。
どこか懐かしい空気。
それ以上に驚いたのは――目の前にいる、若い父の姿だった。
「やっと起きたか。朝ごはん冷めるぞ。今日はマラソン大会だろ?」
私は、信じられない思いで父を見つめた。
まだ白髪もなく、顔に深い皺もない。表情は少し怖いけど、不器用な優しさがにじんでいる。
「……え、え? え……お父さん?」
「なんだ寝ぼけてんのか?」
父の声は、あたたかく、懐かしい――。
だけど私にはわかっていた。
私はあの夜、死んだ。
そして今、中学二年生の時に戻ってきたんだ。
呆然としたまま、鏡の前に立った私は、小さな叫び声をあげた。
「……う、うそでしょ……!? わたし、若い……!!」
ツヤのある肌、太っても痩せてもいない健康な体、ぱっちりした瞳。
あの頃の私が、鏡の中にいる。
「これ……夢じゃないの?」
でももし夢じゃないなら。
もし本当にやり直せるのなら――
「……もう一度ちゃんと、生きよう」
私は心の底からそう思った。
健康に。まっすぐに。
そして、大切な人たちとちゃんと向き合って――
「お父さん、今日……一緒にごはん食べたいな」
父は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに口の端をわずかに上げた。
「……おう」
――もう二度と、後悔なんてしないように。
私は静かに、だけどしっかりと、前を見た。
誰もいない暗い部屋、床には脱ぎ捨てた服とコンビニ弁当のゴミ。部屋中に充満する、酸化した油のようなにおい。
それでも、私はもう何も感じなくなっていた。
「……あー、今日も最悪」
ブラック企業での仕事は朝から晩までぎっしり詰まっていて、食事はコンビニ、風呂は面倒でシャワーだけ。
布団に入る気力すらなく、私は床に投げ出されたクッションに身体を預ける。
生理不順、胃痛、頭痛、肌荒れ……。
それでも「みんな我慢してるんだから」と、自分に言い聞かせて働き続けてきた。
そしてその夜。
胸の奥で、強烈な痛みが走った。
「っ……ぐ、う……あ……っ」
何が起きたのかもわからず、私はただ胸を押さえて床に崩れ落ちた。
痛みが波のように押し寄せ、視界がじわじわと暗くなっていく。
息が……できない。心臓が、止まりそう。
苦しみに顔をゆがめながら、ふと思い浮かんだのは――
お父さん、ごめんなさい……。
私は、母が亡くなってから男手ひとつで育ててくれた父に、まともに「ありがとう」も言えなかった。
高校生になる頃には反抗期が始まり、ぶつかってばかり。
大学に入ってからはろくに連絡も取らず、最後に声を聞いたのが、いつだったかも思い出せない。
「……もっと、ちゃんと……生きたかったな」
父にも、自分の身体にも、全部にごめんなさいを言いたい――
そんな気持ちを抱えたまま、私は暗闇に沈んでいった。
―――
「……未来。……おーい、未来!」
耳元で誰かが呼んでいる。
「……え?」
目を開けると、見慣れた部屋が広がっていた。
薄いピンクのカーテン。木目の勉強机。ベッドの隅に置かれたぬいぐるみ。
どこか懐かしい空気。
それ以上に驚いたのは――目の前にいる、若い父の姿だった。
「やっと起きたか。朝ごはん冷めるぞ。今日はマラソン大会だろ?」
私は、信じられない思いで父を見つめた。
まだ白髪もなく、顔に深い皺もない。表情は少し怖いけど、不器用な優しさがにじんでいる。
「……え、え? え……お父さん?」
「なんだ寝ぼけてんのか?」
父の声は、あたたかく、懐かしい――。
だけど私にはわかっていた。
私はあの夜、死んだ。
そして今、中学二年生の時に戻ってきたんだ。
呆然としたまま、鏡の前に立った私は、小さな叫び声をあげた。
「……う、うそでしょ……!? わたし、若い……!!」
ツヤのある肌、太っても痩せてもいない健康な体、ぱっちりした瞳。
あの頃の私が、鏡の中にいる。
「これ……夢じゃないの?」
でももし夢じゃないなら。
もし本当にやり直せるのなら――
「……もう一度ちゃんと、生きよう」
私は心の底からそう思った。
健康に。まっすぐに。
そして、大切な人たちとちゃんと向き合って――
「お父さん、今日……一緒にごはん食べたいな」
父は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに口の端をわずかに上げた。
「……おう」
――もう二度と、後悔なんてしないように。
私は静かに、だけどしっかりと、前を見た。
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