やり直しで健康的な人生に!

ノッポ

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お父さんと向き合うことにした日

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「お父さん、今日……一緒にごはん食べたいな」

その言葉を聞いた父は、少しだけ目を見開いて、けれどすぐに目線を逸らし、照れたように頭をかいた。

「……そっか。じゃあ、俺も早く帰ってくるようにするよ」

たったそれだけのやり取りなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
今まで、こんな風に素直に伝えたことなんて、なかった。

当時の私は、中学生らしいと言えばそうだけど、父に対してどこか突っぱねていた。
「うるさい」「わかってない」「ほっといて」――。
一生懸命支えてくれていた父に、そんな言葉ばかりぶつけていた。

今、こうしてもう一度向き合える時間があることが、信じられないくらい嬉しい。

―――

放課後。教室を出て、下駄箱に向かっていたときだった。

「浅倉」

少し低めの、落ち着いた声が耳に届く。振り返ると、制服の第二ボタンまでしっかり締めた男の子が立っていた。

整った顔立ちに、どこか無愛想な印象を与える鋭い目。
それでも、目が合った瞬間に少しだけ柔らかくなったその表情に、私は思わず「一ノ瀬くん……?」と口にしていた。

「……ノート、落としてたよ」

そう言って差し出されたのは、今日の理科のノート。
あわてて両手で受け取った。

「わ、ありがとう! 気づかなかった……助かった」

「別に。じゃあ」

それだけ言って、彼――一ノ瀬 晴翔は歩き出す。
でも、去っていく背中はどこか不器用で、それがなぜか気になった。

この頃の私は、まだ彼のことをほとんど知らなかった。
でも、ほんの少しだけ、心に残った出会いだった。

―――

夕方。

私は、父の帰りに合わせて台所に立った。
もちろん、料理なんてほとんどしたことがなかったけれど、あの過去の記憶がある今なら、多少は作れる。

冷蔵庫には卵、キャベツ、ウインナー。
これだけあれば、野菜炒めくらいは作れるはず。

包丁を握り、慎重に材料を切っていく。
調味料の分量はおぼろげだけれど、塩胡椒を基本に、しょうゆをちょっとだけ足す。
ジュウッとフライパンで炒める音に、心が弾んだ。

「……ただいま」

玄関の戸が開く音がして、私は慌ててフライパンの火を止めた。

「おかえりなさい、お父さん!」

「お、おう……いいにおいするな。お前、作ったのか?」

父が珍しく驚いたような顔をして台所をのぞき込む。

「うん、簡単なやつだけど……。味は保証できないけど、食べてみて」

夕食のテーブルに、二人分のお皿を並べる。
少しぎこちないけれど、それでも「一緒に食べる」というだけで、こんなにも心が安らぐなんて。

父はひと口食べてから、ふっと笑った。

「うまいじゃねえか」

その言葉が、何より嬉しかった。

「……ありがとう」

ぽつりとそう言った私を見て、父は少しだけ目を細めた。

「母さんが生きてた頃は、たまにこうして三人で食ってたな。懐かしいよ」

「……そうだね」

今までは、思い出すのが怖かった。
母のいない日々を現実として受け入れるのがつらくて、父にも当たってしまっていた。

でも今は、あの時間を胸にしまって、前に進みたい。

「これから、ちょっとずつでも料理覚えようかなって思ってるんだ」

「……そうか。無理すんなよ。でも……ありがとな」

その言葉に、私は目頭が熱くなるのを感じた。

やり直せるこの時間は、決して当たり前じゃない。

だから私は、ちゃんと大切にしたい――父との関係も、自分自身のことも。

過去の私が手放してしまった「普通の幸せ」を、今度こそつかむために。
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