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本編

56.会長の考え

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従者というのは基本的には楼透のように従者としての訓練を受けた者しか務めることが出来ない。仕事内容は主に主人の護衛等。まぁ、楼透は俺の登下校時の護衛だけでなく兄貴のお使いとか家のことを色々とやってくれてるみたいだけど、それは例外と言うか······なんせ従者輩出に至っては最高レベルの蓮家だから。

それを千秋に···?
会長が何は何を考えているんだろうか。

「確か小山内男爵は貴族派だったな。都合がいい」

ディアルタリカは王政だが、政治の仕組みは現代日本とやや似ている。王···と言うよりも象徴、最終的にその政を実行するかは王様が決めると言うだけで承認までの過程は貴族が行う。そこで分かれる派閥が主に貴族派と象徴派、ちなみに美園は中立派。知ってる人の中だと、蓮家は同じく中立、厳島家は象徴、聖柄家は中立、霧ヶ谷家はどうだったかな?千秋の家である小山内家はどうやら貴族派らしい。


「選択肢としては二つだ。私の従者になることを拒むなら、生徒会長として私は千秋君を学園から排除せねばならなくなる。しかし私の従者となるなら、私の監視下に置くことを条件に罰則の軽減を学園長に願い出よう」

「又、この一件は学園内で起きた事だ。外傷として打撲があるが、同時に術中に嵌ってしまったとは言え律花君に危害を与えた。よって聖柄家はこの一件について干渉しない事を約束しよう。家の者に抗議を促されても私が証言しなければ事件として成り立たない、その点は私が保証する」


一つ、二つと指を立て選択肢を説明する会長。そして誰もがオトされる魔性の笑顔カリスマスマイルで千秋の答えを待つ姿は正直同じ男として悔しくなるほどかっこいい。更には十分事件と言えるのに家同士の問題にせず、学園内での問題として扱ってくれると言うことだ。···低学年の時のストーカー事件といい、レイプ事件といい、俺関連の美園家の器の小ささに恥ずかしくなってくるくらいの聖柄家の器の広さよ。学園内でも家柄関連はグレーな話の筈なのに、美園は裏からも表からもガッツリ干渉してたからなぁ···所謂モンペと言うか。

千秋は会長の提示した選択肢に一瞬呆気に取られていたようだが、直ぐに目を輝かせると俺と楼透を一瞥してから会長の問いに答えた。



「やる!じゃなかった、やらせて下さい!お願いします!」


あの千秋が自ら敬語を使い、頭を下げるなんて······!
俺はさっきまで危機的状況だった事を忘れて一瞬感動してしまった。初めて子供が歩いた瞬間ってこんな気持ちなんだろうか······前世で妻子を持つ前に死んだからこんな気持ち知らなかったよ母さん。 


「ああ、こちらこそ宜しく頼む。私としても君が私の従者になってくれるのは喜ばしい。仕事内容は主に私の仕事の補佐をして貰う予定だ。不安があるならば他にも様々な仕事があるから安心してくれ、千秋君の能力を鑑みてその都度対応しよう」

「あぁ、そうだ。重要書類もあるから可能であれば住み込みを検討して貰えるかい?勿論、異例の事ではあるからこちらから小山内男爵には連絡を取ろう。そして話の出るそれまでは内密にすることを約束して欲しい」


きっと会長には考えがあるんだろう。
千秋は勿論のこと、俺も楼透も頷きこの件については会長に任せることにした。本当は家同士、学園全体に周知される事となる大きな事件だ。それを会長は自らの信頼、立場を持ってして俺たちを守ろうとしてくれていると言うのが分かる。こんなにも他人の事を考えることの出来る人、これで人として惚れるなとは無理な話だろう。

先程の千秋の告白で、千秋は小山内家と色々確執がある事も分かっていた。会長は“従者”として住み込みで仕えると言う大義名分によって、千秋を守ろうとしてくれているのかもしれない。中立である聖柄家に貴族派である小山内家が近づくチャンス、千秋の叔父さんも断る理由がないから。

俺の弱い頭では会長の考えに気づけているか分からないが、こういう人に人はついて行きたくなるんだろうなと改めて思う。顔の良さもあるけれど、それだけじゃなくて会長の人柄があるからこそ多くの人に認められるんだと。


「分かるましたっ!······あの、かいちょ···ごめんなさい」
「ああ、千秋君からの謝罪を受けよう、そしてこれから宜しく頼む。私の従者になるからには、主人として君を守ることを誓おう。無理を強いることがあれば言ってくれ」


そう言って優しく微笑むと千秋にハンカチを差し出す会長。これは乙女ゲームとしては凄く絵になる光景だな···。しかしそれまでの過程に俺が関わっているとなると複雑な心境だ。
ハンカチを受け取ると鼻を押さえた千秋だが、押さえただけで鼻血はなかなか止まる様子がない。楼透も横から上を向くな、顎を引け、しっかり鼻を押さえろと指導している。


「そうだ、済まない。すっかり忘れていたのだが律花君に話があって探していたのだった。美園の話でもあるから······楼透君は千秋君を保健室へ連れて行って貰えるか?」
「しかし······」

楼透は自分で殴った手前、千秋の様子を気にかけているようだがそれ以上に俺の従者として傍を離れてはいけないという信念もあり判断しかねているようだ。

「俺は大丈夫。千秋を保健室へ連れて行ってくれ」

俺がそう言うと俺と会長を交互に見る。
数度繰り返した後、渋々と言った表情で了解した旨と何かあったらまた呼ぶようにと俺に忠告してから、千秋の手を引いて教室を出ていった。
よく俺の声が聞こえたよな。それも修行の賜物だと聞いたけれど、どんな過酷な修行を終えてその能力を身につけたんだろうか。いっぱい努力したんだろうな······凄いな。俺はどれだけ努力しても実にならなかったから、羨ましくもある。











「念の為に防音魔法を使用させて欲しい」

そう言って二人が教室から離れたのを確認すると、会長は教室内に防音魔法を使ったのか光の膜が広がった。ここまで厳重に外部に話が漏れないようにするなんて·····一体何の話──そう言えば一度目の時に父について話があると言っていた気がする。

「安心してくれ、ここを防音にはするが君には指一本触れない。千秋君の能力による後遺症も心配だろう、今は力の均衡が取れているから君を襲うことはないが不安であれば机の足にでも私自身拘束しよう」

「いいです!そんなことまでしなくても!」

「そうか、では君の信頼を裏切らないよう善処しよう。美園である律花君の事も興味深いと思ってはいたが······くく、“千秋”が私の従者モノになった以上、今後このような事がないように更生しつけはしておくから、その点についても安心してくれ」


······ん?聞き間違えだろうか···。
あの聖人とも言える会長の言葉に耳を疑う。会長は何事も無いように微笑んだ。···きっと聞き間違えだろう。流石にあんな事があった訳だ、千秋の手前抑えてただけで本当はお怒りだったのかもしれない。


「どうした?」
「い、いえ!なんでもないです!」


美形な顔面が俺の顔を覗き込んでいる。
いくら身内が美形でも会長はまた種類の違う美形······。
俺は両手をブンブン降ると笑って誤魔化した。

会長は何かあったらいつでも相談してくれ、と言うと先程までの柔らかい雰囲気は残しつつも、慎重な面持ちで俺に用事がと言う話を始める。




「早速本題に入らせて貰うが、話というのは君の父上についてだ。緊急の話であったから既に燈夜には伝えてあるのだが──昨日オディロックバーンギルドのギルド長エイド権藤田殿がアルバ州のティタリアムギルド支部へ出張した際に、焔殿によく似た者を見かけたと言う。場所はアルバ州東部のウェナ街近辺にあるダンジョンの前。髪色や体格が類似し左腕を肩口から欠損、衣服も汚れ本人だとは当初分からなかったがその男が『ハルカ』と呟いていたと。ハルカ──遥殿は君たちの母君の名だったと記憶している」

「権藤田殿もオディロックのギルドに戻ってから美園の件を知り、まさかと貴族庁に問い合せたが······それを貴族派が数日隠していたらしい。君たちに伝えるのが遅れ申し訳ない」


······やはり父の事か。
勿論今は父の背格好と似ていて、現状考えられる父の状態と合致していると言うだけで本人であるかの確認は取れていないらしい。エイドさんもダンジョン近辺の視察中に見かけたが、視察終わりに再び父らしき人物がいた場所へ向かうともうそこには居なかった······と言うことだ。

もしそれが父だと言うなら······母は既にもうこの世にはいないだろう。父かもしれない、父が見つかった、嬉しいと思うよりも母を溺愛していたあの父が母を失ったら──早く見つけてあげないと。
二人とも亡くなったとして、やっとその現実を受け止め始めた時に明らかになった可能性。ドクン、心に荒波を立てるかのように心臓が大きな音を立てた。





「何故私から話がと言うと、この件で『五家会議』が行われることになった。詳しい話は燈夜や先輩の方がご存知だろう。今回は厳島の領地で行われる事になる為に先に先輩にも伝えさせて貰ったが、五家に含まれ今回の議論の中心である美園──君達も直ぐに厳島領へ向かうように。律花君は療養明けではあるが公欠が認められた。それを私から直接伝えるために君を探していたんだ」
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