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本編

61.俺に出来ること

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「ほんまにごめんなぁ!律花君責めた訳やないねん!年長者としてな、こう···威厳見せたろ思て言い方キツなってしもたんや。堪忍してやぁ」

「···さて?何のことですかね」

「燈夜くぅ~ん···ほんまアカンねん、嫁にバレたら絞られる!」


早朝六時に満星さんが訪ねてきた。
まだ眠たい目を擦りつつ、兄貴の部屋に向かった。どうやら直接兄貴の部屋に行かなかったのは俺に兄貴を説得して貰うつもりだったらしい。でも残念、そのせいで兄貴はちょっとご機嫌ななめになっている。


「兄貴、俺別に気にしてないよ?」
「律花が気にしてなくてもね、僕が気にするんだよね···。律花のパジャマ姿を見たんだから、殺さないだけマシでしょう?」


褒めてとでも言うような笑顔でそう言う兄。
まぁ、殺さないだけマシか······ってそこまでの事か!?
俺はどうやら兄貴の事をまだ理解出来ていないらしい。


「そんなぁ!嫁を持つ身で他の男にうつつ抜かす訳ないやん!昨日も話したやろ?俺、嫁にベタ惚れやねん!息子達も可愛い盛りでこれはつい出来心やったんや!」

「···満星さん何したんですか?」

「あの、な···超可愛かってん······。嫁と息子達の寝顔を、な······可愛かってん現像魔法で絵にして持ち歩いてんのを人に見せびらかしてたんや!だって自慢したかったんやも~ん!!燈夜君だって分かるやろ?そんなん脅さなくてもええや~ん!」

「ええ気持ちは分かりますが···バレないようにやらないと」



兄貴は悪い顔してそう言う。
バレないように···って、絶対兄貴もやってるだろ?
そう聞いたら「さーね?」と満面の笑み。······やってるな。


「奥さん······極度の人見知りらしいですね?自分の知らない人に自分の顔が···しかも寝顔を見られてるなんてことを知ったら──」
「だっからあかんねん!!」



結局俺が兄貴を説得し、満星さんからは凄く感謝された。
これから直ぐに船で群島を回るらしく慌ただしく出ていく。


満星さんと入れ替わるように先輩が今日の日程を伝えに来た。
今日の日程は昨日がバタバタした日程だったので、半日休みで午後から厳島領地の視察。俺はホテルに留守番してても良いって言われたんだけど折角厳島領地まで来たんだから観光がてら見て回りたい。勿論観光気分じゃなく真面目に見学するつもりだ。

まだ兄貴が当主になった訳じゃないから兄貴は代理として当主の仕事をやってる。他の領地と交流を行うことは大切だ、更に厳島と美園と言うことで大分距離が離れている為ついでに見学をって感じらしい。
···会議と言っても思ってたのと違ったし。まぁ、五家会議には各家当主の存命確認の意味もあるらしく内容が疎らになることはよくあることだったらしい。



「今日は俺が案内する、午後だが準備しておけ。親父は昨日に引き続いて満星の案内で厳島の群島を視察にこれから向かうらしい。群島は去年よりも警備を強化したから、時間がかかるかもしれないな······。俺達は港だ、律花は初めてだろう?人の出入りが多いから逸れないよう気をつけろ」
「兄貴は行ったことあるの?」
「うん、ほら僕は独学でしか領地経営のことを分かっていなかったでしょ?律花が蓮領地にいる間、領地経営について伯父様から実際に厳島領地で学んでいたんだ。美園に港は無いけれど、内陸だから他の領地の特産物とか輸入しないといけないし知っておくべきだと思ってね」
「だから律花が大怪我を負ったと聞いて先に俺が迎えに行った訳だが、···フェニックスを落ち着かせるのが大変だったぞ。燈夜はもう少し精神を鍛えた方がいい」


確かに兄貴は両親が行方不明になったと知ってから、直ぐに現在の領地経営状態を確認したり代理としての役割に努めていた。俺達が王都の別邸から、美園領地に本邸に療養として向かったのもそのためだ。俺が寝てる間に、兄貴学業だけでなく仕事もちゃんとしてた···。
···元はと言えば『俺にもしものことは無い!』と言い張っていた父の責任だ。恐らく兄貴の学園卒業と同時に領地の事を任せていくつもりだったんだろうが···本当にもしもの事が起こった今大変なのは兄貴なんだから。


「······兄貴、任せきりでごめんな」
「どうしたの?」
「だって俺何もしてない······、領地の事とか分からないし」


精神力どうの、脳筋馬鹿がどうのと言い合っていた兄貴と先輩はそう言った俺を見て静かになった。前世の記憶だってこの世界じゃ全然役に立たない···俺の──律花の能力だって弱すぎて使いものにならないし。


「律花······」


······俺にチートでも能力があったら──。
···振り回してばかりで、迷惑かけてばかりだ。




「お腹空いてるの?」
「···俺はそんな食いしん坊キャラじゃないからな」
「朝食はサザエの壺焼きが食べ放題らしいが」
「それは別」

折角食いしん坊疑惑を否定しようとしたのにタイミングが悪かった。先輩へ食い気味に寄ったら笑われた。珍しく俺が先輩に近づいても兄貴も笑ってる。······うぅ、なんか嬉しいような悔しいような。


「では、また迎えに来る」


先輩はそう言って部屋を出て行った。
残された俺と兄貴、さっきまた気を使わせてしまったから居た堪れずに俺も部屋を出ようとすると後ろから兄貴に抱き止められる。耳元にかかる兄貴の息が少し擽ったかった、身を捩り逃げようとしたけど兄貴の重心が上からかかる。


「な」
「僕はね、律花に沢山助けられてるんだよ」


耳元の兄貴の声に一瞬身を竦めたがその言葉に抵抗を止めた。
···俺は助けてない。何も出来てないんだから。


「律花は全く気づいてないよね。父さんと母さんが行方不明になった知らせを聞いて僕がどれだけ追い詰められてたか······あの時は自分でも分かっていなかった。でも律花が一人で無理するなって言ってくれて······本当に救われた気持ちになったんだよ?律花が傍に居てくれるだけで···話を聞いてくれるだけで···笑ってくれるだけで······凄く心強い気持ちになる。その存在だけで癒してくれるのは十分に凄い能力だと僕は思うよ。体の傷は薬があれば治るけど、心の傷は癒えるのに時間がかかる······律花が居なければ多分僕はここにはいない」

「それでも何も出来ないって悩むなら、律花が出来ることを見つけて。僕は律花の為ならどんな協力も惜しまないから、頼りないかもしれないけれど······お兄ちゃんを頼って?」


抱き止めていた腕を緩めると兄貴は俺の正面に回り、意地悪く唇を引き上げて俺の顔を覗き込んだ。···また俺はウジウジしてたのか。俺の気分が下がると兄貴は一番に気づいてくれる。それが嬉しいのに···素直に喜べなくて、自分でなんとかしないといけないって思ってしまって······。


「······ぉ、兄ちゃんって感じ、する」
「ふふ、だって僕は律花のお兄ちゃんだからね」




頼れるお兄ちゃんなんだか、どうしようもない兄貴なんだか。それでも恋愛とは違う意味で兄貴の事が少しだけ好きになったのは秘密だ············多分。きっと本音を言ったら暴走するだろうし。









自分の部屋に戻ると楼透が待ってた。動きやすいようにって、紫紺色のクロップドパンツに白ワイシャツ、そしてサスペンダーを用意して。海風が寒く感じるかもしれないと裾や首回りにカーキー色のパイピングがあるクリームイエローのカーディガンも渡された。
·····坊ちゃん感が増してない?

あまりラフにし過ぎても視察と銘打って案内して貰うので失礼になる、しかしこれはこれで子供っぽいし、お坊ちゃん感が······。仕上げとばかりに帽子をキャスケットかハンチング選べと目も合わせずに言われる。まだハンチングの方が大人っぽいか?そう答えると深緋色のハンチングを渡された。

「···ダサいですね」
「······お前が選んだんだろ」
「まぁ、その方が貴方の為ですよ。···他の人に目をつけられて堪りますか」


最終的に全て身につけた俺を見て楼透は言った。
···なんかゴチャゴチャ言ってるけどダサい方が俺の為って。
まぁカッチリし過ぎてないからこの服も嫌いじゃないけど···。



朝ご飯は楼透が部屋に運んで貰うように手配してくれてた。
サザエの壺焼きはオーダー後に焼きたてを届けてくれるんだって。俺結構食べる予定だよ?届けてくれたホテルマンさんにまたお願いするかもしれないと伝えるとその人は笑顔で、お気軽にお声掛け下さいと答えた。流石は最上階サービスも手厚い。

勿論朝食はサザエの壺焼きだけじゃなくて、楼透がバランス良く食べるようにとサラダにご飯、スープと色々頼んでいてくれた。ご飯もスープも美味しくて結局サザエの壺焼きは十六個しか食べられなかった。

朝食を楼透も一緒に食べようと誘ったけど、楼透は既に食べ終えてしまったらしい。が、よく見ると楼透の顔色は昨日よりも青白く見える。昨日、俺達が会議に参加している間に休んだって言っていたけど本当だろうか?心配になって楼透の顔をじっと見てたら「···襲われたいですか?」と挑発して来た。


「挑発する元気があるなら寝てろ」

「元気があるからお仕えしているのですが?」


という始末、しかし目は決して合わせない。楼透は昔から頑なな所があるけれど、今は凄く体調が悪そうに見える。服を選んでくれてた時から何時になく目を合わせないと思ってたけど······。


「楼透、今日はお前は連れていかない。休んでろ」

「従者は付き従う者です」

「うん、だから命令。······俺の命令は聞けない?」


そう言ったら楼透は言葉に詰まり黙ってしまった。
もしかしたら楼透も一緒に厳島領地を見て回りたかったのかも。でも明らかに体調の悪そうな楼透に無理はさせられない。先輩も兄貴もいるんだし、従者としての護衛の仕事は俺が逸れなければ大丈夫だと思う。こっそり楼透にお土産買ってくるからな。
ただでさえ楼透は俺に従属した事でコクヨウと同化して魔力が不安定になっているのに俺を千秋から守る為に魔力を使っていた。俺の魔力を吸っていたとしてもどの程度か分からない。だから余計に無理はさせたくない。


「······命令、承ります。しかし俺は律花様に従属した身ですので、貴方にもしもの事があれば直ぐに駆けつけますよ。その際は命令を破りますが、宜しいですか」
「勿論。期待してるよ」


俺がそう言うと楼透は安心したのか険しくなっていた目つきを少しだけ和らげた。もう一度よく見ると、やっぱりクマが残っている。楼透の年齢でクマが出来るほどって何か悩みでもあるのかな······。


「楼透······悩んでることがあるなら相談してくれよ?」
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