ダレカノセカイ

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episode.02

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 最初はわけのわからない誘拐にでもあったくらいしか考えてなかった。
 でも誘拐なんて生易しいものじゃなかった。
 僕は日本人だ。
 日本人で戦争なんてした事もなければ、喧嘩なんてものも一度たりともしたことはない。
 そんなもやし野郎と言われたら、それまでだけど。僕は初めて自分の意思で、今後の選択を決めたはずだった。
 あの暗黒騎士という化け物が現れるまでは――。

 暗黒騎士は僕と同じ選択をした仲間と呼んでいいのかわからないけど、仲間たちを次々に殺していった。
 どんどん僕の元へ距離を縮めて行く暗黒騎士に恐怖した。
 こんな化け物がいるのなら、あの場から動かなければよかったとさえ思った。こんな見知らぬ場所で殺されるなんて、僕はいったいどんな悪い事をしてしまったんだろうと走馬灯のように生まれてから今の今までの自分の過去を振り返っていた。そんな時、僕を生まれて初めて今後の選択を決めた要因の大部分である遠山美紅人という男の人が暗黒騎士に立ち向かって行く。
 ヒーローみたいだ。
 そう僕は彼の後ろ姿を見て思った。
 彼の背中を見ているだけで、自然と力が湧き上がってくる。いつの間にか暗黒騎士に対しての恐怖さえも消え始めていき、僕も彼の隣で戦いたい。そう強く心が思えてきて、手に持っていたライフルを地面に置くと暗黒騎士に焦点を合わせて銃口を調整して行く。
 僕にも出来る。
 出来る出来る出来る。
 連呼するように心の中で叫び、引き金に指を当て暗黒騎士を撃つ為の準備が完全に整った。あとは引き金を引くだけだった。なのに僕は彼の刃が暗黒騎士に通らない光景を目にし、再び恐怖したんだ。
 僕のヒーローでさえも。
 僕にここまでの勇気と力を湧き上がらせた彼でも無理。なら僕が引き金を引いたとしても無駄に終わる。
 頭の中でそう過ぎり、引き金に当てていた指をいつの間にか無意識に外してしまったんだ。
 僕のヒーローが。
 彼が殺されてしまう。
 彼が暗黒騎士に殺されたら、次は他の面々が殺されて最後には僕の元へやってくる。
 背筋がゾクゾクと悪寒がし始め、僕はこの場所へやってきた入り口へと逃げようとした。その瞬間、僕は見た。
 僕には出来なかったことを行動に移した男の子の姿を。
 年にしたら、僕と同い年くらいだろうか。
 なんて強い心の持ち主なんだろうか。
 本来なら僕があの場にいるはずだったのに。
 男の子は彼から暗黒騎士を遠ざけると肩を並べるように彼と一緒に暗黒騎士に向き合い始める。
 そこは僕の――。
 そう思っていいのか、もう引き金を外してしまった僕にはその資格さえもないのではないか。
 僕の心がどんどん深い深い闇に飲み込まれていく中で、彼は暗黒騎士の一振りを受けきったが力及ばずに吹き飛ばされてしまう。
 やっぱり、敵わない。
 あの化け物には勝てない。
 僕の行動は間違いじゃなかった。
 そう正当化してしまいたいほどに暗黒騎士の力は絶対的だった。
 男の子が助けに入るまでがお遊びだったかのような猛威を振り回す暗黒騎士。
 これでジ・エンド。
 彼も、あの男の子も、僕も、みーんな終わりだ。
 そう思ってる矢先に彼を助けに入った男の子は暗黒騎士に胴体を真っ二つに斬られた。
 助けに入ったから、なんだ?
 力ある者が助けに入るからヒーローなんだ。
 力がない者が助けに入っても味噌ッカスみたいな終わりが待ってるだけ。
 やっぱり僕の選んだ選択は間違いじゃなかった。
 あーあ。
 もし出来れば、この場所に来たのが正しかったと最後に思いたかった。
 僕はここにいる彼を含めた全員が全滅する未来を予想した。
 この状況を目にすれば誰だって予想するはずだ。
 なのに。
 なのにー。
 あの男の子は僕の予想を容易に裏切って、その斜め上の光景を見せたのだ。
 真っ二つにされたはずの男の子の体は僕が目を離してる間に元に戻っていて、さっきまでとは信じられない力で暗黒騎士を凌駕したんだ。
「信じられない」
 僕は知らず知らずのうちに言葉を漏らしていた。
 僕の言葉をかき消すように隣に呆然と立ち尽くしていた女性が男の子が起き上がった時同様に2度目の悲鳴を上げた。

 僕はあんな風になれるだろうか?
 引き金をもし引けていたら、あの男の子のように僕もなれただろうか?
 ぐるぐるぐるぐる、今も頭の中であの光景を何度も思い出して考えてみても答えは僕の中で出ない。
 今度こそ僕は引き金を引いてみせる。そう強く僕は決意した。


 ♦︎


 暗黒騎士消滅後、奥の扉が開いていく音を聞いた。最初はまた暗黒騎士のようなものが雪崩れ込んで来るのでは?と思ったが、扉から何かが現れることはなかった。
 もし現れても、また俺が倒す。
 そんな気持ちでいた。
 俺との会話を終えた遠山は暗黒騎士との戦いで生き残った連中に声をかけている。
 まだ時間がかかりそうだな。
 遠山たちの方へ視線を向けると1人の女と目線が合う。女は恐怖したように目線を外し、遠山に寄り添うように俺から姿を隠す。
 ……仕方ないか。
 暗黒騎士との戦いを見ていたら怖くもなるよな。俺自身も第三者の目線に立ってみたら、そう思う。それ以上に真っ二つにされた人間が無事に何もなかったように振舞ってたら、尚更だ。
 得体の知れないものに恐怖するのは、ごくごく自然なことだ。
 誰もいない方向に体を向け、後ろから何かしらの視線を感じたりするが俺は気にせずに気になっていたことを確認する。
 まずは右手に握っているもの。
 暗黒騎士にトドメを刺した際、右手にいつの間にかあった報酬と思しき巾着袋とクリスタルカードを確認していく。
 クリスタルで出来たカードが数枚。
 全部クリスタルで出来てるのか。
 1枚目は武器カード。クリスタルには暗黒騎士が武器として扱っていた刀の絵が描かれ、その下に説明文的なものが書かれている。
 えーっと、『名前:暗黒刀。元々は日本と呼ばれる国に住んでいた侍が異世界で使っていた刀。異なる世界で鍛えぬかれた刀は所有者を転々とし、前所有者である暗黒騎士が長年使っていた為に刀身は黒く染まり暗黒化した。愛用刀。武器練度:最大』か。
 文字は日本語じゃないのになぜか普通に読める。
 2枚目は防具カード。これも1枚目と同じように暗黒騎士が身につけていた防具一式が描かれている。説明文には『暗黒騎士の防具一式。頭:暗黒兜 腕:暗黒小手 体:暗黒鎧 防具練度:最大』と書かれていた。
 3枚目はスキルカード。これには説明文しか書かれていないようだ。
『名前:闇の闘気。己の怒りや復讐心を強大な闇の力に変換し、攻撃力と速度を数倍膨れ上がらせる。闇に飲み込まれれば、正気に戻ることは難しい。所有者のレベルによって変動あり。 レア度:B』
 武器防具スキル3枚のカードを確認し終え、巾着袋を開けて中を覗いてみると銀貨と銅貨が入っていた。
 銀貨と銅貨をそれぞれ1枚取り出して見てみる。
 凄いなこれ。
 両方とも女神の横顔が彫刻として彫られている。
 俺は美しいとも思える女神が彫られた銀貨と銅貨を元の巾着袋の中に戻し、巾着袋を閉じた。
 この銀貨と銅貨の使い道は今の所分からないが、今後使い道があるといけないから大事に持っておこう。
 気になっていたものの確認を終えたところで、「新道君」と遠山が駆け寄ってくる。
「慌てた様子だけど、どうした?」
「殺された同志たちの死体がないんだ。君も確認に来てくれ」
「嘘だろ?」
「見たほうが早い」
 遠山の慌てた様子を見ただけで、それが本当なのだと確信した。
 暗黒騎士との戦いで殺された連中が転がっていた場所に足を進める。
「ここだ」
「なっ⁉︎」
 暗黒騎士にマシンガンを連射していたチンピラはもちろん、他の死体も武器と血痕だけを残して消えていた。
「信じられない」
「それに死体があった場所には、これがあった」
 現場を保存するように殺された連中が持っていた武器はそのまま放置され、血痕が残った箇所から遠山があるものを拾い上げる。
「それは⁉︎」
「カードだ」
 遠山の右手には俺が暗黒騎士を倒した際に手に入れたクリスタルで出来たカードが握られていた。
「そして意味がわからないことにこのカードには私や新道君、我々が身につけている漆黒スーツが描かれているんだ。ご丁寧なことに説明書きまである」
「なんで、死んだ連中の死体が消えて防具カードになってるんだ?」
「私にもわからない。ただそれがこの場には4枚ある」
「4人殺されたって事か」
「そうなるな。新道君、今防具カードと言っていたがこのカードを知っているのか?」
「ええ。俺も持ってるんですよ」
 俺は右手に握っていた武器防具スキル3枚のカードをそれぞれ見せる。
「あいつが消えた時にこれを手に入れたんです」
「…まさか、そおいうことか!」
 遠山は数秒黙り込み、この一連の流れから謎が解けたようだ。
 俺も遠山に話していて、暗黒騎士と消えた死体の共通点に気がつく。
「死がトリガーか」
「俺もそうだと思います」
「新道君がトドメを刺した暗黒騎士は私が駆けつけた頃にはなかった」
「倒した次の瞬間には消え去ってましたからね」
「消えた瞬間を暗黒騎士を倒した張本人である新道君は目撃している。そして倒した際に手にしたカード。やはり合点が合う。間違いないな」
「そうですね」
「この場所にいた暗黒騎士だけじゃなく、我々もまたこの場所で死んだ場合は死体は残らずに消失し、身につけたものだけがカードになる」
 死体が消えた一件の謎を解明した遠山は殺された4人のカードを見つめ、「我々が必ず同志たちの意思を元いた場所まで連れて行く。絶対だ」と確固たる意志をもって断言したのであった。


 ♦︎


 1時間後。
 俺と遠山の2人で暗黒騎士を倒した際に手に入れた武器防具スキル3枚のカードの使い道を話し合った。遠山が武器として選んだ刀は2本とも暗黒騎士との戦いで折れ、武器として扱うなら刀がよい。それと漆黒スーツだけでは今後暗黒騎士並みの怪物とは渡り合えないという事から、武器と防具カードは遠山に。
 残るスキルカードに関しては説明文を読んだだけでも分かるように危険過ぎるとお互いに判断し、使わない事に決めた。
 しかし、いざ使おうとなった時に武器防具それぞれのカードを使う方法を俺も遠山もわからなかった。けれど、クリスタルで作られたカードだ。シンプルに砕いたら使えるんじゃないか?と単純に考え、それを実行してみると武器と防具それぞれがクリスタルが破壊されたのと同時に入れ替わるように出現したのだ。その方法が正解であるのを知り、あともう2つの事実にも気づいた。それはクリスタルを砕いた本人以外が触れると電撃が走って触れられない。本人が譲渡したいと思っていれば、電撃は発生せずにその相手へ普通に渡すことが可能。この2つを更に知ったことで、武器防具カードの事を深く知ることが出来た。
 そして生き残った連中には、遠山から死体消滅の件と消滅後のカード化の件。この2つの説明が行われた。
 戸惑う奴らもいたがもう後戻りが出来ないこと、この場に残ったとしても食料がなければ飢え死にするしかない。この2点が最後のだめ押しとなって、全員が全員この先に進むことを決めた。

「次の階層に何が待ち受けているかは不確かだ。この階層にいた暗黒騎士のような我々の想像を超える敵がいるかもしれない。全員気を抜かずに行こう」
 暗黒騎士が身につけていた防具一式を漆黒スーツの上から装着している遠山はそう告げると俺含めた全員が頷く。
 遠山は右手に持った暗黒刀を握りしめ、先陣をきって扉の中へと入って行く。俺も遠山の次に続くように扉の中へ入った。
 次の瞬間、宮殿の中の景色から別の景色へとあっという間に変わる。
 空は京紫色の夜空。夜空に輝く赤く染まった三日月。周りは巨大な岩壁に覆われている。地面は荒地。凸凹した岩が至る所に広がり、道を容易に進ませない地形のように思えた。
「あれはなに?」
 後ろから女の声を耳にし、女が指を指している方角へ視線を向ける。
 空中を飛んでいる杖に乗った人影。
 目を凝らす。
 よく見ると頭にはトンガリ帽子を被り、黒紫のローブを着た女だ。
 あれは――。
「魔法使い⁈」
 体が丸々した丸眼鏡の中年男性が興奮した口調で呟いた。
 やっぱりそう見えるよな。
 [対象:操られた魔法使い LV35 推定脅威度:I]
 脳内に機械の声が響く。
 やっぱりか。
「他にもいるぞ」
 遠山は右手に持つ暗黒刀をその存在に向けて言った。
 さっきの魔法使いは飛んでいるが、遠山が暗黒刀を向けているもう1人は空中に飛んでるわけではなく地面に杖をついて立っている。頭に髪飾りのようなものをつけた黒紫のローブを着た女がいる。
 あれは――。
「魔法使い!!」
 またもや心の中で思ったことを中年男性が興奮して代弁してくれた。
 この人、魔法使い好きなんだろうな。
 [対象:ネクロマンサー LV45 推定脅威度:H]
 再び脳内に機械の声が響いた。
 あ、あれ魔法使いじゃないのか。遠目から見たら似てるけど、違ったのか。この人にあれ魔法使いじゃないらしいよと教えるべきかな?
 そう思ってると「我々の存在に気付かれたようだ」と遠山は言い、「予定通りに頼む」と事前に打ち合わせしていた通りに全員を散開させて散らばらせる。
 数秒後、最初に見つけた魔法使いがワンテンポ遅れて杖を此方に向け、火の玉を数発放ってきた。
 早い判断が功を奏し、先ほどまでいた場所には既に誰もいなかったことで被害はゼロ。火の玉が直撃した場所は砂埃が上がってる。
 今回はあの魔法使いとネクロマンサーの2体のみだ。そう決めつけ、俺は目線を合わせた遠山と速攻で戦いを終わらせるべく2体へ特攻して走る。そんな中で予想外の展開が起きた。
「きゃーーーーー!!」
「ひぃーーーーー!!」
「こないでーーー!!」
「わぁああーーー!!」
 この階層のフィールドを名一杯に使い、俺たちが敵を倒し終えるまでは散開して逃げてもらう手筈の連中が至る所から悲鳴を上げたのだ。
 どの悲鳴も声の発生源は、皆バラバラ。男の悲鳴も一部聞こえる。
 おいおい何があった?と遠山と視線を合わせ、特攻を状況確認に行動を移行させて凸凹した岩の中でも一番大きな岩の上へテキパキした動きで登り、悲鳴が上がる場所を目で見る。
 荒地から腕がボコッと生え、包帯を巻いた人影が至る所から多数姿を現し、今も出現し続けていた。
「新道君、今回も骨が折れそうな相手のようだな」
「ええ。どうやら一筋縄では行かせてくれないらしい」
 どうしたものか。
 [対象:ゾンビ LV5 推定脅威度:L]
 俺が見ている景色から遅れて脳内に機械の声が響いた。
 そう。ゾンビだ。
 逃げ回っている連中がいる全ての場所に包帯を巻いたゾンビがあっちこっちにいるのだ。
 1体2体なら全力疾走で逃げ果せるかもしれない。でもあの数は……。
「ざっと目で数えてみたが、あれは50体を軽く超えてる。俺たちには魔法使いとネクロマンサーの2体を相手しないといけないのにとんだ邪魔が入ったものだ。同志たちをこの場で見殺しには出来ない。新道君、まずは散らばった同志たちを一箇所に集めるぞ」
 遠山の判断は早かった。
「わかりました。遠山さん、無理だけはしないでくださいよ」
 仲間を切り捨てるという選択もあっただろうに仲間を助ける選択を迷う間もなく選んだ。
 本当に遠山さんは心底他人に対して優しすぎると思う。
 遠山さんが仲間の死をまた背負わなくていいように俺も全力で行く。
 遠山が岩の上から下へ流れるように降りて、右の方向へ進んだのを確認した俺は岩の上を力強く踏みしめ、助けを求める連中の1人へ視界を固定して地面を蹴った。
 足場となった岩は俺の脚力に耐えきれずにゴトゴトと崩壊する。その音を後方から耳にした直後、助けを求める男のいる場所に辿り着く。
「た、たすけてくれー」
 男は助けに来た俺に飛びついてくる。
「おい、離れて」
「あぁーーー」
 まるで赤ちゃんかと言いたくなるほど、俺の体を名一杯抱きしめている。
 仕方ない。
 前方から襲いかかってくるゾンビの顔を力一杯に握りしめた左手で殴る。
 ゾンビの顔は俺の左手に触れた瞬間、スイカのように弾けて中身を四方八方に飛び散らせた。
 [対象:ゾンビ 消滅]
 もう一体。
 ゆっくりととことこ歩いて襲ってくる気あるのか?と思えるくらいの豚足な足取りでやってくるゾンビ。
 その速度に合わせる義理はなく、俺は此方から速攻で仕掛けて再び顔を狙って一撃を決める。
 [対象:ゾンビ 消滅]
 2体目のゾンビもまた1体目と同じ末路を辿り、「きゃーーーーー!!」すぐ近くから聞こえる女の悲鳴の現場へ向かう。向かう道中に男を体から剥がし、右腕で担いだ。
 女の周りにいた俊敏なゾンビを3体同時に相手してみたが、ゾンビの動きは俺の目ではゆっくりしすぎていて当たる気さえしない。
 この場にいるゾンビは歩くのが鈍間なのもいれば、さっきみたいな普通の走りを見せる奴や俊敏な奴までいるようだ。
 俺は右腕に男を、左腕に女を担いだ状態で更に救出する速度を上げていく。
 その際に俺は暗黒騎士を倒してから体が羽のように軽いと何度も思う。
 もしかしたら空を飛べるんじゃないかとさえ錯覚してしまうほどに。
 一撃で倒せるゾンビをいったい今現在何体撃破したか、もうよくわからない。10体を数えたところまでは覚えてるが、その後からは数えるのをやめた。
 めんどくさいってのもあるが、それ以上に助けを叫ぶ連中をゾンビから助けているのに関わらず、魔法使いやネクロマンサーは攻撃してこないのが気になる。
 魔法使いに関しては散開した際に1回攻撃しただけだ。ネクロマンサーに至っては、まだ初見の攻撃を見ていない。奴らが何を考えているのか、全く読めない。
 そうこう考えてるうちに6人目をゾンビから救い終える。
「ゾンビが来ないうちに他5人を置いてきた場所に戻るから俺に捕まって」
「僕は自分で歩ける。助けも呼んでない」
 俺が手を差し伸べると拒否反応を示すような発言をする栗色の髪をしたボーイッシュな男。
「そう。わかった。じゃー好きにどうぞ」
 助けを呼んでもいなければ、自分で歩ける。なら俺の出る幕はない。ゾンビを倒したお礼くらい言えば、少しは素直なのに。
 そんな気持ちを抱えて俺は5人を一箇所にまとめた場所へ地面を力一杯に蹴って向かおうとした瞬間、「ありがとう」と小さな声が聞こえた。
 その可愛らしい声の主は、ボーイッシュな男だ。周りに誰もいないことから、すぐに分かった。
「どういたしまして」
 俺はそう口にし、5人のいる場所へ急いで走った。地面を力一杯に蹴れば、目的地にあっという間に着く。しかし、それではこの男が俺の向かう場所に辿り着けない。だから俺は何度も後ろを振り返り、自分の今走ってる速度で男がへばらず追いかけてきているか確認し続ける。
 まだ大丈夫そうだな。
 もう少しスピードを上げるか。
 上げたり落としたりを繰り返し、前方や岩陰に隠れているゾンビを見逃さず撃破していった俺は6人目を他5人が待つ場所へ連れてくることに成功する。
 遠目から遠山のいる場所を見ると遠山もまたゾンビから逃げてた残り3人を助け出していた。
 よし、あとは遠山さんの元へ合流しに行くか。それともここに合流してもらうか。どっちがいいか。
 そう考えていると「あの」と右肩をトントンと叩かれる。
 叩いた人が誰か見てみるとボーイッシュな男だ。
 なんだなんだ?
「どうした?」
 ここにきて、また何か俺に用件があるのかよ。ないだろう?
「僕はどうしたらいいかな?」
「ん?」
 気のせいか?たぶん聞き間違いだよな?
「僕も一緒に戦いたい」
「……本当に大丈夫か?」
 俺は一瞬戸惑った。
 どうしたらいいと聞かれた時は聞き間違いだと思った。
 どうしたらいいなんて言葉は何かをやろうとしてる人が口にする言葉だ。この場で何もできないで逃げていた奴が口にする言葉じゃない。それなのにこいつは次に一緒に戦いたいと言った。2回目の聞き間違いでもなく、本心でそう言ったのはこいつの目を見れば分かる。
 戦いたい。そう言ったこいつを俺は尊重したいと思った。
 だから最終通告として本人の意思を再び確認した。
 俺は男の真っ直ぐな目を見つめ、男も俺の目を真っ直ぐに見つめて「うん」と言った。
「じゃー何が出来る?」
 俺はこいつの言葉を信じる事に決めた。
「僕がこの人達を守る。だからあなたはヒーローと一緒にあの魔法使いたちを倒して」
 男は言葉を口にしながら、両手に持っていたライフルを構える。
 ライフルの銃口の先には、5,6体のゾンビがいる。
 そいつらはゆっくりとこちらに近づいてきていた。こいつがこれから何をするつもりかは銃口が既に答えていた。
「僕は自分に勝つ」
 そう言った男はライフルのスコープ越しから引き金を引く。銃声が音となって響き渡るのと同時にゾンビ1体の頭を貫いた。そこからは慣れた手つきで、一連の動作で次々とゾンビの頭を射抜いて行く。
 俺が目視で捉えていた全てのゾンビをライフル一丁で蹴散らした男は一呼吸して深く息を吐き出す。
「どうかな?」
「ナイスガッツ」
 グッジョブと親指を立てた俺が伝えると男はくすっと笑い、再びゾンビが湧き始めた場所へとライフルを向け始める。
 これなら任せられる。
 これで魔法使いとネクロマンサーを倒しに行ける。
「新道君、あれを見ろ!!」
 そう思ってた矢先、遠山の声が響き渡った。
 すぐ近くまで来ていた遠山は、ある場所を一点に見つめていた。
 他の助けた連中も、
「やばいやばい⁉︎」
「あれをどうにかできるわけない!⁉︎」
「ここから早く逃げないと⁉︎」
「あんなものを魔法使いはいつ出した⁉︎」と叫ぶ。
 俺はそれを見て勘違いしていた。
 奴らは何もしてなかったわけじゃない。準備をしていたんだ。
 魔法使いが空にかざした杖には炎が巨大な球の形状で浮かび、ネクロマンサーの周りにはゾンビとは全く異なる骸骨の群れが大群で今もなお出現している。
 [対象:スケルトンソルジャー LV30 推定脅威度:J]
 遠目からでも分かる。あの骸骨1体1体に錆びついた鎧や兜を身に纏っているのが。
 あんな巨大な炎が飛んできた暁には、今いる周辺は黒焦げになるに違いない。
「新道君!どうする⁉︎」
 俺のいる場所に助けた連中を連れて辿り着いて合流した遠山が慌てて駆け寄ってきた。
「どうするもこうするも一か八かの勝負に出るしかないでしょ」
「何か策はあるのか?」
 少し息を荒げている遠山は不安そうな表情で俺を見つめる。
「俺は奴らよりもレベルが高い。だからもしかするとあれを逆に奴らへ喰らわせられるかもしれない」
「分かった。新道君、俺はそれを信じる」
「ヒーローがそう言うなら、僕も信じるよ」
 遠山と同じくボーイッシュな男も諦めない目で、ちらっと俺を見るとこちらに近づいてくるゾンビを蹴散らしながら同意した。
「くるぞ!」
 遠山が叫ぶ。
「くるっていわれてもー!」
「逃げるとこないぞー!」
「おわりじゃのー!」
 他の連中がそれに反応して叫ぶ。
 ボーイッシュな男はスコープ越しから目を離さない。
 魔法使いが空にかざした杖を俺たちの方へ向け、巨大な炎の球を飛ばしてくる。
「球の速度は速い」
 誰かが言った。
「それでもやるしかないんだ!」
 俺は誰が言ったかもわからない言葉に答え、全速力で前へ走った。
 徐々に球がどんどん俺の体の何倍にも膨れ上がっていく。
 防げるか?
 俺自身それを見て防げるか疑問に思うが、ここで防ぎきれなければ全滅に繋がるのには変わりない。だから俺が防いでみせる。
 直後、巨大な炎の球と俺は激突した。


 ♦︎


 ほーう。なかなかやりおるわ。
 やはり妾の血を受け入れられる器に選ばれるだけのことはある。
 そうじゃ、お主なら打ち勝てる。
 暗黒騎士なる者にも圧倒したんじゃ、こんなところで終わるはずがない。

 妾に見せてくれるんじゃろ?
 お主のその目で、その耳で、その手で妾に楽しみを感じさせてくれ。願わくば、お主の存在が妾の執着にならんことを。


 ♦︎


 辺り一帯に出現していたゾンビをあらかた片付けた僕はスコープ越しから見た。
 あの男の子が巨大な炎の球を押し返し、最後にはその球を両手で持ち上げる姿を。
 なんて男の子なんだ。
 僕の中にあるヒーロー像を何度も飛び越えて行く。
 僕が初めて勇気を出して言った言葉を真っ直ぐに信じた男の子。
 引き金を引けなかった僕が初めて仲間の役に立つ為に引き金を引けたのも、男の子が信じて見れてくれたから。
 今度は僕が信じて見る番だ。
 巨大な炎の球を受け止めた男の子に恐怖を覚えた魔法使い。小さな火の玉を何十、何百と続けて杖から放つ。
 男の子が魔法使いの追加攻撃を生身で受ける姿を目にし、僕は少し動揺した。でも心の大部分を男の子なら大丈夫だと信じぬく。
 だって、僕が信じなきゃいけない気がしたから。
 火の玉から噴き上がった煙が吹き抜けると男の子は無事なのが目で見て分かる。焼かれた漆黒スーツがゆっくりと修復されるのが確認できた。
 男の子は魔法使いの攻撃を受けても動じていない。
「いけーーーーーーーーーーーー!!!」
 僕はいつの間にか腹から声を出して叫んでいた。
 ジリジリと焼かれていく男の子の両手に掴まれた巨大な炎の球が動き始める。男の子は巨大な炎の球を魔法使いたちがいる方へ豪快に、それも豪速球で投げた。
 直後、魔法使いたちがいる場所で轟音と爆煙が激しく響き轟いた。


 ♦︎


 [対象:操られた魔法使い 消滅]
 [対象:スケルトンソルジャー 消滅]
 [討伐者:新道千 LV51→LV75]
 爆風が吹き荒れる中、脳内に機械の声が響く。
 ネクロマンサーはやれなかったか。
 焼け焦げた両手を見ると焼け焦げた跡は既にない。
 炎の球を受け止めた時といい、追撃で放ってきた火の玉を直撃で喰らった時といい、治りが早いな。
 自分自身の体が不死身であるのを思い出し、この体じゃなければ巨大な炎の球を受け止めきれなかったかもしれない。治りの異常な早さに助けられた。そう強く思うと同時に炎の球を受け止めた際に何度も焼かれては修復、焼かれては元どおりに修復する回復力。不死身という力の大きさを実感させられた。
 視界の先にはいまだに爆煙が巻き上がり、爆風がこの階層全体に吹き荒れている。巨大な炎の球が直撃した周り一帯の地面は亀裂が走り、マグマが流れてるかのごとく赤熱して、岩は全て砕け散っているようだ。
 蒸し暑いレベルを超えた灼熱の温度の中、亀裂が走って赤々とした地面を駆ける。
 駆ける先には魔法使いが俺たちを全滅させるべく放った巨大な炎の球をカウンターで跳ね返し直撃させても倒すことに至らなかったネクロマンサーがいる。ネクロマンサーはボロボロの姿で地面に這いつくばり、自身の右手に持った杖を両手で掴み立ち上がろうとしていた。
「この一撃で終わりだ」
 俺の声を耳にし、這いつくばったネクロマンサーがこちらへ顔を向ける。ネクロマンサーの目に俺の拳が映る。この絶体絶命の状況下で何か反撃を試みようとするが、既に巨大な炎の球で体力をごっそり持っていかれていたネクロマンサーはその場で動くことも抗うことも出来ずに俺の拳を顔面に受けた。
 一撃でネクロマンサーの顔はゾンビの時と同じく弾け飛び、四方八方に赤色の血を飛び散らせる。
 頭を失った体は力を失い、地面に倒れるよりも早く暗黒騎士の時同様に消滅する。
 [対象:ネクロマンサー 消滅]
 [討伐者:新道千 LV75→LV76]
 [討伐報酬:スキルカード 武器カード 防具カード 金貨1枚 銅貨50枚]
 [第2階層 踏破→第3階層 扉ロック解除]
 脳内に機械の声が響き、地面には小さな宝箱がぽんと出現し、この階層での戦いが終了したことを告げた。
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