ダレカノセカイ

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episode.03

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 第2階層での戦いを終えた俺は地面に出現した小さな宝箱を拾い上げ、蓋を開ける。
 宝箱の中には新たな武器防具スキルカードが結構な量で入っており、その隣には巾着袋が入っている。
 凄いな。
 カードの多さに驚きつつ、クリスタルカードを1枚ずつ全て確認していく。
【武器カード】
『名前:丈夫な杖 武器練度:5』
『名前:年季の入った杖 武器練度:最大』
『名前:錆びついた剣 武器練度:1』
【防具カード】
『スケルトンソルジャーの防具一式 頭:錆びついた兜 体:錆びついた鎧 防具練度:1』
『ゾンビの防具一式 全身:包帯 防具練度:1』
『魔法使いの防具一式 頭:とんがり帽子 体:黒紫のローブ 防具練度:5』
『ネクロマンサーの防具一式 頭:髑髏の髪飾り 体:古びた黒紫のローブ 防具練度:最大』
【スキルカード】
『火魔法 《火球》使用可能 レベルを上げることで他の火魔法使用可能 レア度:C』
『炎魔法 《爆炎》使用可能 レア度:B』
『下級アンデット召喚 下級全てのアンデットを召喚可能 レア度:E』
『生命探知 全てを見通す レア度C』
 全て確認し終える。宝箱の中に入ってたカードの中で同じカードが100枚程あるのはどうしたものかと考えていると[同名カード練成可能。練成させますか?]と機械の声が脳内に響く。
 俺が考えているのをまるで聞いていたかのようなタイミングだな。
「練成する」
 口に出して答えないといけないのか、それとも口に出さずに心の中で呟けばいいのかわからない俺は一応口に出して答えた。
 [同名カード練成開始]
 小さな宝箱に入ったクリスタルカードがピカッと光り輝く。
 [同名カード練成終了]
 脳内からの声を聞いた俺は小さな宝箱に入っていたカードが一気に減ったのを見て、同じカードを練成した事で何が変わったかを確認する。
『名前:錆びついた剣 武器練度:最大』
『スケルトンソルジャーの防具一式 防具練度:最大』
『ゾンビの防具一式 防具練度:5』
 同名カードは練成を行なった事で、それぞれ武器練度と防具練度の数字を上昇させている。錆びついた剣とスケルトンソルジャーの防具一式に至っては練度を最大まで引き上げている。だが、それを引き換えに大量にあったはずの同名カードは1枚ずつしかない。
 まぁ大量にあったとしても、使い道がなかったから逆に全部消費して練度を最大まで上がったのは大きいはず。
 そう思いつつ、俺は宝箱に入っている巾着袋の重みを確かめると宝箱の蓋を閉じ、遠山たちの元へ戻った。


 ♦︎


 第2階層で起こった爆煙も爆風も俺が遠山たちの元へ戻る頃には収まり、静まりかえっている。亀裂が走った地面の赤々とした熱も消え、地面からの熱気も今では感じられない。
 もうここは安全だ。
 俺が遠山たちの元へ合流すると俺が助けた連中がお礼を言いに来たり、握手を求められて握手を交わしたりした。
 ゾンビの頭を正確な射撃で射抜いたボーイッシュな男もまた助けた連中と握手を交わし終えた後に俺の元へやって来た。
「お疲れ様」
「お疲れ」
 ボーイッシュな男がハイタッチの構えをしたから俺はハイタッチを交わす。
「あの時はありがとう」
「ん?あの時?俺何かしたか?」
「うん。僕を信じてくれた。あれがなかったら僕はまた引き金を引けずに逃げたと思う。だから信じてくれてありがとう」
「あーそおいうことか。いいや全然俺は普通のことをしたまでだ。あの場で誰かがゾンビの襲撃を抑えてもらわないといけなかった。そしてあんたは俺に任せろと言ったから信じた。ただそれだけだ。俺が信じようが信じまいが、あの時のあんたは引き金を引けたと思う。あんたは今目の前にある現実に胸を張ればいい」
「信じようと信じまいと引き金を引けた……か。本当にどこまで……凄いんだ。まるで本物のヒーローじゃないか」
 恥ずかしそうにボソボソと呟く男。
 何を言ったのかは俺の耳に届かなかったが、ヒーローという言葉だけは聞こえた。
 そうか。自分の活躍をヒーローと思ったんだな。あんたならヒーローにだってなれるよ。
 そう心の中で呟いた俺を真剣な眼差しで見てくる男。
「自己紹介が遅れたけど、僕は天音遥あまねはる。よろしく」
「俺は新道千。こっちこそよろしく」
 俺と天音はお互いに目線を合わせ、これから共に戦う仲間として握手を交わした。


 ♦︎


 第1階層の時同様に遠山と2人で話し合いを行なった。
 今回の話し合いでは階層に到着後すぐに一箇所に集まった状態で敵の攻撃を集中して受けないように散開をしたのが逆に裏目に出たこと。魔法使いの最初の攻撃を受けた時は被害は出ずに成功だったと思える。だが、全員がバラバラに散らばった状態で複数の敵が出現してしまったら散開した意味はない。1対複数人では全く戦えない連中はその場で逃げて助けが来るのを待つしかない。場合によっては逃げ道を確保できずに敵にやられる可能性がある。今回は地形が動きづらかったのもあり、敵の襲撃から未然にとまでは行かずとも無傷に近い状態で助け出せた。次の階層で何か待ち受けているか現状分からない以上は作戦はろくに立てない方がかえって脳も柔らかくなって柔軟に対応出来るかもしれない。そう俺が意見してみると遠山はすぐにそれを採用した。俺たち以外に天音が今回戦力にプラスされたことで、前線で戦う担当と防衛のみやる担当で分けて戦うなどの幾つかのプランを今後試し試しにやっていくしかないとなった。
 次に今回の討伐報酬で獲得した武器防具スキルカードを遠山に見せ、使い道をどうするか話し合う中で遠山もゾンビ討伐した報酬で防具カードを20枚ほど手に入れていた。今回の戦い後に判明した練成を再び脳内の声に従って行い、防具カード『ゾンビの防具一式 防具練度:8』に上昇させることに成功する。
 俺が手に入れた武器と防具カードどちらも助けた連中の中で戦う意思がある人に渡すことに決め、スキルカードに至っては俺に決定権を遠山は委ねた。だから俺は天音を呼び、スキルカード『生命探知』を渡すと使い方を説明して無事にスキルを習得させた。その際に天音もゾンビ討伐報酬を手に入れていたことが判明する。確かにあれだけゾンビを倒していたからには報酬あるよなと完全に見過ごし忘れていた俺も遠山も改めて思い、ゾンビの防具カードを練成に全て消費して『防具練度:最大』までカンストさせ終えた。
 天音を呼んでまた戻ってもらうのもなんだし、俺たちの会話に天音も混ぜて続く残りのスキルカードをどうするか3人の意見を出し合って話し合った。遠山はさっき言った通り「新道君に決定権がある」と言って、天音も「僕には持て余す代物」と言って、最終的にこの中でレベルが一番高い俺が『下級アンデット召喚』と『炎魔法』を使うことに決めて残りの『火魔法』は遠山に渡した。
 2枚のスキルカードを同時に砕く。
 [スキル:下級アンデット召喚 習得]
 [称号:死霊術師ネクロマンサー 獲得]
 [スキル:炎魔法 習得]
 [称号:炎魔術師ウィザード 獲得]
 直後、新たな力が俺の中に芽吹くのを感じた。


 ♦︎


 話し合いから1時間後。
 敵がいない第2階層で新しく手に入れた力《スキル》を試しに実験してみた。
 遠山は火魔法を。
 天音は生命探知を。
 俺は下級アンデット召喚と炎魔法を。
 3人の中でも俺はレベルが一番高いせいか群を抜いた破壊力を広範囲で発揮し、全員がビックリした炎魔法《爆炎》はもう少し広大な場所もしくは強敵以外には使わないことに決めた。
 下級アンデット召喚に関しては頭の中で召喚出来るリストが一覧となって浮かんできて、一覧から召喚したいアンデットの名前を叫ぶことでその場で召喚に成功した。
 下級アンデットの実力を測るのと遠山の火魔法が的当てだけでは物足りないと思い、思い立ったらすぐ行動で早速実戦形式でやってみることに。結果、下級アンデットの実力がどの程度かわかるのと同時に遠山の火魔法も的当てだけではわからなかった点や威力が判明した。ついでに俺が召喚した下級アンデットを撃破した遠山に討伐報酬が贈られ、LV上げが出来ることも更に判明したのである。
 肉体や精神的に疲れが出ない無理のない程度に遠山や天音、一緒にレベル上げをやりたいと言ってきた魔法使い好きな男の3人と下級アンデットたちを戦わせてレベルアップしてもらった。その甲斐あって、武器防具カードを大量に獲得することが出来た。それ全部その後、練成で練度を最大まで引き上げる為に瞬く間に消費された。
 腕慣らしを始める前に他の連中の中でも少しは戦うぞやるぞという気持ちがある魔法使い好きな男――守山賢もりやまけん――にスケルトンソルジャーの武器防具を渡し、漆黒スーツだけでは心もとないと遠山に相談してきたか弱い女2人――千葉まひろと戸倉ちづ――に魔法使いとネクロマンサーの武器防具を遠山から渡してもらい、俺たちが腕慣らしをしてる間に装着してもらった。か弱い2人は装着したことで安心感が増した。サイズもぴったりで良かったと遠山に言っていた。魔法使い好きな守山はスケルトンソルジャーの防具一式を装着したことで、装着前よりも戦うぞーというやる気を増していた。武器の扱い方は遠山を手本として比べるなら素人の域だが、下級アンデットとの1時間の稽古という名の戦いで少しはマシになったようだ。
 ゾンビの防具一式を装着している天音は頭以外を包帯でぐるぐる巻かれ、完全に包帯人間と化してる。けれど、防具練度が最大ということもあり防御力は折り紙つきだ。一緒に戦う仲間の1人としてあまり防御力に適していない漆黒スーツだけで戦うのにも限界がある以上、あれを身につけてもらうのは正解だ。
 戦わずに逃げに徹する連中に1時間の戦いで手に入れた練度最大の武器防具を適当に配り、俺を除いた全員が漆黒スーツ以外の防御力のある防具を装着した。
 戦力的にも攻撃面と防御面が両方上がった俺たちは次の階層へ進むことを決める。
「行くぞ」
 夜空の三日月に照らされた扉の前に集まった俺たちは遠山の掛け声に合わせ、再び未知の階層へと繋がる扉をくぐった。


 ♦︎


 第2階層から第3階層へ繋がる扉をくぐった俺たちは一番最初に戸惑った。
 第1階層では宮殿の中で、第2階層では夜空が浮かぶ荒地だった。
 今回足を踏み入れた第3階層は、屋敷の中。厳密に言えば、俺たちが今いる位置は屋敷に入った入り口――玄関――だ。
 玄関の先はホールが真っ直ぐに伸びて左右には部屋に繋がる扉が何箇所もあり、その中央には2階へ繋がる階段――深紅色の絨毯が轢かれた――がある。西と東に分岐する途中階段の真ん中の壁には人の肖像画があるが、顔は黒いクレヨンでぐちゃぐちゃに塗り潰されてどんな人が描かれた肖像画なのかは誰が見ても全くわからない。
 天井には大きなシャンデリアが屋敷の中を照らすように取り付けられてる。
「ここは屋敷の中か」
 遠山は考え込むように呟き、俺にどうする?と視線でアイコンタクトを送ってくる。
「天音」
「なにっ⁉︎」
 急な呼びかけに驚く天音。
「生命探知を今すぐ使ってくれ」
「うん。分かった」
 俺が何を言いたいか分かった天音は目視で見れる屋敷内全体を見ていく。
「いない。誰もいない」
 生命探知を使った天音は俺の顔を見て、顔を横に振って教えてくれた。
「天音ありがとう」
 天音が習得した生命探知。目視で見れる距離までは誰かが隠れて潜んでいようと瞬時に見抜き分かるという。天音の話を聞くに相手の姿ではなく、相手の姿を形取った命が壁や岩を透き通すように見えるそうだ。
「うん」
 生命探知がどんなものかを知っている遠山は天音の言葉を聞き、行動を開始する。
「間違いないな。新道君は左の部屋を開けて確認してくれるか」
「分かった」
「守山さんは私が右の部屋を確認している間、他の同志たちを守ってやってくれるな?」
「了解しました」
 スケルトンソルジャーの防具一式を身につけている守山は左手でビシッと警察官が行う敬礼をする。それだけ遠山が指示した任務を全うしようという心の現れかもしれない。
 凄いな。頑張れ。
 そう応援したくなる人だ。
「天音君は随時生命探知で我々以外の存在を確認したら即教えてくれ」
「うん。分かりました」
 指示し終えた遠山と目線を合わせた俺はホールの左側に面した扉へと駆け、扉のノブを握る。ゆっくりと慎重に扉を開けると部屋の中にはソファーやテーブルが置かれ、壁には本棚がある。床には絨毯が轢かれて、天井にはシャンデリアがあり、奥に暖炉があるのを確認できた。
 敵の影はなさそうだな。
 部屋の中へ一歩足を踏み出し、誰かが隠れられそうなスペースがないかをしらみ潰しに次々と見ていくがどこにもない。
 ここは大丈夫だ。
 確認し終えた俺は部屋を出て、天音と守山に「ここは大丈夫」と伝える。
 次に少し離れた先にある扉へと再び駆け、先ほどと同じ動作で部屋の中を確認する。
 部屋の中には縦長いダイニングテーブル――中央に色鮮やかな花が入った瓶がある――と豪華な作りの椅子がバランスよく左右に並び、上座に1つ椅子が置いてある。奥には厨房があるようで、厨房の中がどうなってるのかはこの位置からでは目視で確認出来ない。扉からかなり離れていることから俺1人で行くか、遠山の指示を仰ぐべきか数秒迷う。
 迷った末、俺は部屋の中へ入る。
 厨房へ進みながら辺りに隠れている何かまたは敵の影を探してみるが、何一つ見当たらない。あるのは人形だけ。笑ってる人形や泣いてる人形から真顔の人形や何処か別の方向を見て口をへの字にした様々な人形の置物があり、少し不気味思う。
 扉から死角になっていた厨房の中も確認してみる。もし敵がいるなら、ここに隠れ潜んでいるかもしれない。少し心の中で思っていたけれど、いざ見てみると誰もいない。
 冷凍冷蔵庫と冷蔵庫が入ってすぐにあって、真ん中には調理台が置かれ、水洗い場の隣にガステーブルがある。調理道具棚や食器棚も普通にある。
 この部屋にもいない。
 完璧に天音の言う通りだった。
 警戒しすぎたかと思いつつ、厨房の中にあったあるものに視線がいく。
 なっ⁉︎
 俺は驚いた。
 まさかこんなところにあるなんて、全く頭の中になかった。
 視線の先には、クリスタルカードが山のように積んであったのだ。
 俺はこのクリスタルカードがなんなのかを確かめるために触れる。その瞬間にビリビリッと電撃が走った。
 そして思い出す。
 所有者じゃない者が触れれば、電撃が走ることを。
 あー忘れてた。
 右手が痺れるが自分自身の体の特性ですぐに治る。
 ここにこれがあるってことは、所有者がこの屋敷にいるな。断言していい。
 俺は触れられないクリスタルカード全部確認するのをやめ、積んである一番上のクリスタルカードだけは触れなくても目で見ることが出来るから目で見て確認する。
 一番上にあったクリスタルカードは俺が知らない種類のカードだった。
【食材カード】
『ジャガーイモ 食材効果:体力回復(小)』
 食べ物か。
 ここにきて新たなカードがあることを知った俺は厨房の中にもしかしたらあるかもしれないと気づき、厨房の中にある冷蔵庫の蓋を開ける。
 思った通りだ。
 冷蔵庫の中にはクリスタルカードから出された食材が豊富に入ってた。
 これは食材の宝庫だな。
 他にもないか厨房のありとあらゆる棚を全部調べていくと意外にあるもので、山積みのクリスタルカードとは別にあった大量の食材を手に入れる。

 俺は天音たちのいる場所へ戻り、「こんなものがあった」と厨房の中にあった食材を1つ全員の目の前で見せる。
「「「「食べ物⁉︎」」」」
 全員が全員、声を揃えて同じ言葉を口にした。
「そうそう。あそこは全員が集まって食べる場所みたいで、その奥に厨房があってからそこに食べ物があった」
 俺は話しながら食材があった部屋を指差した。
「それは1人分か?」
「いや普通に全員分あると思う」
「やったー」
「お腹ぺこぺこ」
「こんなわけのわからない場所に放り出された時はどうなるかと思いましたけど、食べ物があったなんて救いだわ」
「腹が減ってたからよかった」
「たくさん食べるぞー」
 全員がそれぞれ自分の思っていることを口に出して言っているところで、「何事だ⁉︎」と慌てた様子で部屋の中から飛び出してくる遠山。
「ほら、これ!」
 少し離れた位置にいる遠山の目に見えるように上に掲げた食材を目にした遠山は「食べ物か!」と叫び走ってくる。
「これはどこで?」
「あそこの奥にあった」
 遠山にも食材のある部屋を指差して教えてやる。
「これは今までの階層と違い、喜ばしいことだな」
「それがそうでもない」
 チラッと他の連中との距離を取り、「クリスタルカードがそこにあった。それも大量に。種類は俺たちが手にした武器や防具やスキルと違う食材カード。触れて確認しようとしたが所有者が別にいるようで触れなかった。俺たちが喜ぶにはまだ早い。所有者が屋敷内にいるかもしれない以上、他の見てない部屋を全部確認し終えてからにしよう」と喜ぶ遠山に俺は連中の耳に聞こえない小声で伝えた。
「なっ!」
 一瞬にして喜んだ表情から緊張が走った表情に変わる遠山。
「このことはまだ言わない方がいいと思う」
「そうだな。喜んでいる同志たちを再び絶望の淵へ落とすような不安な発言は控え、確定した段階で伝える事にするか」
「油断せずに他の部屋もお互い調べよう」
「分かった」
 俺は遠山と話し終えた後すぐにホールの左側に他に部屋がないかを確認しに動く。
「同志たち聞いてくれ。私と新道はまた残りの部屋を確認しに行ってくる。引き続き守山さんと天音君は頼んだ」
 喜んでいる全員に遠山がそう伝えているのが後方から俺の耳に届く。
 本当に優しい人だ。
 左側の奥へ進んだ俺は他に左には部屋がないのを確認し、右を向く。右には階段があった中央の壁が続き、一箇所扉があるのを確認する。
 ここはなんだ?
 扉をゆっくり開けて見るとそこは脱衣室だった。
 脱衣室には洋服を脱ぎ捨てるカゴがいくつも置いてあり、扇風機や洗面所がある。その隣には瓶の牛乳コーヒーと牛乳ミルクが入った昔懐かしの自販機まである。文字は日本語ではないが、クリスタルカードが読めた時同様に不思議となんと書いてあるか読めてしまう。
 まるで、銭湯だな。
 俺は脱衣室の奥にある左右にスライド式の扉を両方同時に開け、驚いた。
 大浴場⁉︎⁉︎
 大浴場は湯気が立ち込み、熱気を感じる。誰も使ってないのに大浴場は勝手に動いているのかと辺りを見回すとライオンの像からお湯がじゃんじゃん流れているのを見つける。
 熱いお湯を維持し続ける役目を果たしてるのはあれか。
 大浴場に土足で入るのはマナー違反だと分かっていたが、状況が状況なだけに土足で中に入って全体を確認する。
 天井は2階まであり、湯気は小さな穴から抜け出ている。洗い場には桶や小椅子が置かれ、お湯の出る蛇口――温度調整可能――がご丁寧に椅子がそれぞれ置かれた場所の前に1台ずつある。
 さすが大浴場のだけはある。
 凄いと思うけど、ここにもいない。
 いったい食材カードの所有者はどこにいる?
 見えない敵。いつ襲ってくるか分からない以上、緊張の糸を切らさずに俺は大浴場と脱衣室を後にする。
 天音たちのいる場所へ戻ると遠山が腕を組んで俺の帰りを待っていた。
「やはりいなかったようだな」
「遠山の方も……同じか」
 遠山が確認に向かった部屋にはいなかったか聞こうとしたが、聞く前に顔を左右に振った事で状況を理解する。
「残すは2階のみ」
「いるなら2階というわけか」
 俺たちが2階へ視線を向けていると「僕も行こうか?」と天音が声をかけてくる。
 振り向くと天音が俺たちの話してる内容を察したのか、そろそろ行った方がいいよね?みたいな眼差しで見ていた。
「天音頼む」
 俺は天音の生命探知で確認してもらうのが一番手っ取り早いと思った。
 天音の目には扉や壁があったとしても敵を見抜ける力がある。これをまだ天音が見ていない2階の奥で使う事で、敵に気づかれる前に奇襲出来るはずだ。
「危険が迫ったらいつでも俺の後ろに回れよ」
「なっ、なにいってる⁉︎僕も一緒に戦うぞ」
「冗談半分と本気半分。きつくなったら俺に任せていいんだからな」
「……うん。その時は新道に任せるよ」
「素直でよろしい」
 素直に任せると言ってくれた天音の頭をポンポンと撫でる。
「なっ⁉︎僕をおちょくってるのか?」
 顔を少し赤らめた天音は両腕を上げて怒った顔をする。
 正直に思ったことを言っただけなんだけどな。
「いいや全然」
 おちょくっていないことを即座に否定する。
「……もぅ許さないよ」
 そこまで怒るなら謝るしかない。
「ごめんな」
「謝るのはやっ。ぷっ、謝りに免じて許す」
「話はその辺にしてそろそろ行こう」
 俺と天音が関係のない話に外れかけていたところで、遠山が話を切った。
「よし天音が頼りだ。頼むぞ」
「うん。わかった」
「守山さん、1階に敵はいないのは確認済みだ。残す2階を終わらせるまで油断しないで待っていてくれ」
「了解しましたー!」
 ビシッと再び敬礼する守山。
 俺たちは階段を上がって、2階へ足を進める。
 まずは西側を天音の生命探知で確認してもらい、敵がいないのがわかった。そのまま部屋の中は確認せずに東側へ走る。
 東側も確認してもらうが敵はいない。
 全く予想外な展開に俺たちは顔を見合わせる。
「嘘だろ?」
「どおいうことだ?」
「敵なんていないよ」
「天音君の生命探知は我々にも反応しているか?」
 天音は遠山の指摘を受けて玄関の方へ振り返り、他の連中がいるであろう場所をじっと見つめる。
「うん。僕が初めて生命探知を使った時と同じだよ。玄関の入り口前にいるみんなも、ここにいる遠山さんと新道全員反応してる」
「壊れてはいないか」
「さすがに壊れたりはしないだろ?」
「万が一の話だ。天音君の話を聞く限り、この屋敷には敵はいない。そうなれば……」
 遠山は考え込み、自分の世界へ入り始める。
「遠山考えるのはあとあと。今は天音の話を信じて西と東の二手に分かれて見て行くのが先だろ」
 この状況がどうなってるのかは分からない。分からないから考えるのはいいことだ。だが、今することじゃない。
 今目の前にあるものから片付け終えて初めて考える。そうじゃないと考えたあとで見るのではまた別の考えに行き着くかもしれない。
「……そうだな。新道すまない。天音君調べてくれて助かった」
 俺の言葉で現実に引き戻された遠山は考えるのを一旦やめて、部屋の確認に動き出す。
「いいよ」
「うん」
「俺は西を全部見てくる。天音は遠山と一緒に東を確認頼む」
「うん。わかった」

 俺は西側へ行き、全ての部屋を確認した。
 どの部屋も作りは同じで、灯りがつくランタンとベッドと机と暖炉があるだけで他にはなにもない。
 お客さんが泊まる部屋といったところか。
 ただ1つ不可思議な点がある。それは窓だ。1階と2階を見て初めて気づけた。普通なら取り付けられているはずの窓が、この屋敷にはないのだ。
 窓がないから屋敷の外を確認できない。確認したいと思っても窓がなければ、外をうかがうことは不可能。
 この屋敷は完全に閉鎖された空間と言える。
 そうこう考えていたら、部屋の入り口に寄りかかっている俺の元へ天音たちがやってくる。
「終わった?」
「終わったよ。そっちは?」
「なにもない」 
「どの部屋も同じだった?」
「うん。同じ」
「変わった点はあった?」
「ない」
 俺の質問に素直に答えてくれる天音。
「いや、天音君すまないが変わった点なら2つあったじゃないか?」
 遠山は最後の言葉は聞きづてならないと自分の意見を口にする。
「え?あ!鍵の閉まった扉ならあったあった」
「そうだ。あと1つ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 俺が知らない話が今目の前に出たのにスルーして話を進めようとする遠山の会話に割り込む。
「閉まった扉があったのか?」
「うん」
「ああ。開かずの扉があった。私の予想ではあれが次の階層へ続く扉だろう」
「てことは敵がいないのに閉まった状態なのは、やっぱ敵がいるって事じゃ?」
「ああ、それが問題だ。今までは敵を倒せば次に行けたがここでは敵の姿さえ見えない。敵がいるかどうかさえわからない以上、敵と戦わずに開けられる方法がある可能性がある。それを探して考えるのはまた明日だ」
「なんで今探さない?」
「我々はここ数時間以上食事を取ってなければ、日常では経験し得ない事の連続で体も心も疲れきっているはず。今日のところは敵がいない屋敷で食事を取り、明日に備えて休もうと思う」
「遠山って本当に大した奴だよ。全員をまとめ上げて、更には指示出しから精神的な面まで考えてるなんてすげーよ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとう。これくらい誰だってやろうと思えば出来るはずだが、一番最初目に声をかけて集めた以上は無事に元の場所へ戻れるまでは私がしっかりやるつもりだ」
「遠山も無理だけはしないでくれよ。ここの連中は全員遠山をリーダーとしてついてきてるんだからな」
「わかってる。きつくなったら半分新道に背負ってもらうとしよう」
「オッケー、俺が出来る事ならなんでも協力する。背負えるものはしっかり背負うからな」
「新道ありがとう。話を最初に戻すが天音君はもう1つ分かったか?」
「え?うーん、あと1つなにかあった?」
「天音君は気づいてないか」
「もしかして遠山も気づいた?」
「新道は気づいたようだな」
「この屋敷には窓がない」
「そうだ。普通にあるはずの窓がこの屋敷にはない。新道はどう見ている?」
「俺はただ単純に屋敷を作った屋敷の主が外界と繋がりたくない人だったから窓をつけなかった。もしくは窓をつけたくない理由があったのでは?と思ってる」
「なるほどな。窓をつけたくないからと言って、客室まで窓をつけないものか?つけたくない理由に至っては全くわからない。ここの屋敷の主はいったいどんな人間なのか直接顔を見てやりたいほど変わっている」
「俺がもし外なんてろくなものはない。見る価値すらないと思う奴だったらつけないかもしれない。ただベランダや乾燥機がないから洗濯物を乾かすのはめんどくさいだろうし、窓から入る太陽の光を浴びれないのは正直嫌だ。俺ならそう思うし、遠山と同じく顔を見てみたいよ」
「確かにな。中央の壁にあった肖像画の人間が屋敷の主だと思うが顔がぐちゃぐちゃに塗り潰されて放置されてるくらいだ。もう屋敷を作った当人は既にいないのではないか?もしいれば、あれを放置するとは思えない。電気が今も来ていることから別の誰かがここに暮らしているのは間違いないと思うのだが、その主の姿さえない。それと新道に聞いたが私は窓がないのは逃げ道や逃げ場をなくすためと思っている」
「逃げ場を?なんで?」
「この屋敷は唯一外と繋がる玄関が我々が入ってきた事で開ける事がかなわない。それを見越した屋敷の主は逃げ道や逃げ場となるであろう外に繋がる窓を作らなかった。あるいはそれを知ってから窓を取り外したか。そう考えると納得出来ないか?」
「そう言われるとそう思える。でも屋敷を作る前に俺たちみたいな奴が来るのをどうやって屋敷の主は知るんだ?俺たちみたいなのがわんさかわんさかここに来てたらそうするかもしれないけど、さすがに作る前は不可能でしょ?窓を取り外した方を考えたら屋敷の主やるじゃんかと思う反面、恐ろしい敵と思えてくるな」
「作る前はな。取り外した方の話なら現実味もあって自分で言うのもなんだが濃厚な線をいってると思っている」
「そうだな。遠山の言う通り、それが正解だとするとヤバイ敵がここの主ってことになる。そんな中で完全に外へ抜け出せない俺たちは逃げられないってわけだ」
「そうだ。私がいった話も新道がいった話もどれも憶測に過ぎん。答えは誰も分からない」
「現状は分からない事だらけか」
「そおいうことになる。とりあえずこの件はひとまず置いて、同志たちの元へ戻るとしよう」
「そうだな。そうしよう。もし敵が出てきたら返り討ちにすればいいしな」
「そおいうことだ」
「僕もその時は頑張るよ」
「天音頼むぞ」
「天音君は頑張り屋だな」
 俺たちは屋敷内の部屋全てを確認し終え、守山たちのいる玄関へと戻っていった。


    ♦︎


 トントントンと食材を切る音と賑やかな声が食堂に響く。
「こらこら、危ないわよ」
「わたしも少しは料理出来るんだから」
「あら、本当かしら」
「ほら!」
「そうね。上手に切れてるわ」
「やったー」
「ななかもできるんだよ。見てて」
「本当ね。凄い凄い」
「包丁の握り方はこれであってるか?」
「こらこらこら、その握り方は危ないわよ」
「そうなのか?」
「そうですよ。握り方はこうです」
「すまねー」
「あなた料理したことないでしょ?こんな小さな子達が出来るのに……少しは見習ってください」
「……何も言い返せない。すまねー」
「あなたは水洗いくらいは出来るでしょ?」
「それくらいなら……」
「じゃー棚の中から食器を出して洗うのをお願いします」
「わ、わかりましたー」
 30代前半の男――葉山仁はやまじん――はペコペコ頭を下げる。
 同じく30代前半の女――亜門一恵あもんかずえ――は葉山に別の仕事を指示すると慣れたように他の低学年の小学生2人とテキパキした動きでどんどん料理を作っていく。
 60代後半の男――丸田俊蔵まるたとしぞう――は料理に使う予定の食材の皮を黙々と剥いている。顔を見る感じ、皮を剥くのが嫌そうではなさそうだ。
「暗黒騎士やネクロマンサー達との戦いがあったとは思えない光景だな」
 ダイニングテーブルに右腕を置き、右手を頬に当てている遠山がそう呟く。
「そうだな。まさかわけのわからない場所にこんな安らぎがあるなんて」
 第1階層や第2階層で逃げ回っているしかできなかった連中はこの階層に敵がいない事を知ると今までの重たい空気はどこかへ吹っ飛び、今では緊張感なんてものはなく自然と目の前の料理作りに楽しく没頭中だ。
「遠山さん、うちが洗ったイチゴ食べてー」
 イチゴがのった皿を両手で持った20代前半の女――千葉まひろ――は遠山に皿を差し出す。
 第2階層では遠山に相談していたか弱い女1号だったのに今ではぎゃるるん♪という感じで、か弱い女から雰囲気がギャル化してる。
 その千葉の後ろから遅れてやってきた20代前半の女――戸倉ちづ――は千葉の肩を掴み、鬼の形相で睨む。
「いやあんたの洗ったのよりも、うちのイチゴの方が先に決まってんじゃん」
 戸倉もか弱い女2号だったのに今では『か』の字も言えないくらい強気な女になっている。
「いいや、うちが先だし!」
「なにいってんの⁉︎うちが先!さっきあんた、うちとじゃんけんして負けたよね?3回連続で負けましたよね?」
「……それとこれとは別っていうか、ええい!こうなったら遠山さんに選んでもらおうよ!」
「はぁーーー⁉︎なにいってんの、さっきじゃんけんで勝った方が先にやる話だったのはどこいったわけ⁉︎」
 拉致られる前の2人を知らないからなんとも言えないが、普段はこんな感じなんだろうな。
「まぁまぁ千葉さんと戸倉さん、落ち着いて」
 遠山は席を立ち、言い争いを収めるべく2人の肩をポンと叩きながら笑顔を浮かべる。
「……そうですよね」
「……うちらが間違ってたよねー」
 千葉と戸倉は遠山の笑顔を見て、数秒の沈黙後に我に帰ったようだ。
 遠山ナイス。流石だ。
「2人が洗ってくれたのは早速頂いてみよう。……うん、美味い」
 遠山は2人が持っている皿にのったイチゴを1個ずつ食べて、満足そうに言った。
「遠山さん、もっと食べてー」
「うちのも食べて食べて」
「そうだ!立って食べるのもあれだし、遠山さんの隣に座らせてもらおー」
「あ、なに抜けがけして――」
 戸倉が言いかけた時には千葉は遠山の右隣に素早く座りこむ。
「早い者勝ちだしー」
 千葉はにししと笑う。
「両隣埋まったじゃん。うちの座る席ないじゃん。ちょっとそこの……名前なんだっけ?」
 次は席の奪い合いをするのかと思ってた俺の予想を裏切り、戸倉が俺を見る。
「あーーうちも名前出てこない。なんだったかなー。まぁ名前なんて別によくない?」
 つられるように千葉も俺を見て、興味なさそうに戸倉に言った。
「そうそう。名前は別に知らなくていいから、そこのなんとか君うちに席を譲ってくれない?」
 ……こいつら。
 少し苛立ちを覚える。
「戸倉さんすまないが別の席に座ってくれないか?」
「……え?」
「私は名前を知らない相手にずけずけと言う輩が苦手でね。見ず知らずに言うのもだが、見知っている上に一緒にここまで行動を共にした相手に席が空いてないから席を譲れと言う輩は苦手を通り越して嫌いだ」
「……ちょ、いや、なんていうか、ジョークっていうか。本気で言ってたわけじゃ……」
 遠山の言葉がかなり心にグサッときたのか戸倉は涙を浮かべ始める。
 やばいやばい。俺も少し苛立ちは覚えたよ。でもさすがに遠山言い過ぎ。俺は遠山の言葉を聞いて物凄く嬉しいよ。めちゃくちゃ今嬉しい気持ちでいっぱいだけど、涙目を見てしまうと俺も少し同情してしまうというか。席譲ってあげてもいいよと思えてくる。っていうか、もう席譲った方がいいな。
「遠山ありがとう。でも俺は別にこの席に座ってなくてもいいから席を譲るよ」
「本当にいいのか?」
 遠山の目には怒りが宿っていた。
 初めて見る遠山の怒った目。
 こんな目で見られたら、さすがに女は涙目にもなるよな。
「全然遠山の気にすることじゃない。俺が席を譲れば、話も丸く収まるんだしさ。俺はいいよ」
「新道すまない。2人も新道に言うことがあるんじゃないのか?」
 椅子から立ち上がった俺に申し訳なさそうに遠山は謝り、2人へ視線を向ける。
 千葉と戸倉は体をビクッと震わせる。
「……あ、ありがとう。そしてごめんなさい」
「……うちも名前を知らないのにずけずけ言ってごめんなさい」
 2人は立ち上がり、俺へ頭を下げて謝った。
「いいっていいって俺はもう気にしてないから。俺の代わりに遠山が言うことは言ってくれた。遠山と一緒にイチゴ食べたかったんでしょ?早く座って一緒に食べなよ。遠山ももう気にすんな。俺があっちに行っても変な空気だと俺も気にするから遠山も2人も楽しんで」
「新道らしいな」
 めちゃめちゃ気を使った俺を見て、くすっと笑った遠山はさっきまでの怒った雰囲気はどこかへ消えていた。


 遠山たちのいる席から離れた俺は厨房で料理を作る亜門たちの手伝いに参加しようと思った。だが、生まれてこのかた目玉焼きしか作ったことがない俺が行ったところで人数は足りてるみたいだし、誰かがやっている役割を半分くらい奪い取りそうだ。
 しぶしぶ俺は厨房へ向けた足を反転させ、食堂の入り口前で敵の襲撃を警戒してもらってる天音たちの元へ向かう。
 入り口へ近づいてくる気配を感じたのか、天音が振り返り俺を見る。
「あれ?新道どうしたの?」
「いやなんというか……いづらくなってね」
 遠山の方を指差す。
「あーなるほど」
 遠山と千葉と戸倉の3人がイチゴを一緒に食べている光景を目にした天音は状況を理解した。
「新道くん……わかるよーわかる。あんな両手に花の状況じゃー居づらいよ」
 守山は俺の肩を強く掴むと何度も頷き、共感してくれた。
「それで居づらいから僕たちのとこに来たわけだ?」
「そおいうこと。どうせ厨房の方も手伝い大丈夫そうだから」
「そう言いつつ、料理出来ないからだったりして?」
 にひひと笑った顔で俺を見る天音。
 ぐぬぬ。ばれてる。
「そうだよ。そう。俺は目玉焼きしか作れない男だよ」
「ぷっ、目玉焼きしか作れないの?」
「今目玉焼きしか作れない世の男を敵に回したな」
「新道面白いこと言うね。僕との会話を今聞けるのはここにいる3人だけなのにさ」
「……守山さんだってここにいるってことはそおいうことなんでしょ?」
「あ、話逸らして逃げた」
「作れるよ」
 かっこよくガッツポーズする守山。
 な、なんだと⁉︎
「嘘ですよね?」
「嘘とは心外な。正真正銘料理出来るおじさんですが、なにか?」
「……嘘ですよね?」
「……新道くん、2度もそう言われたらさすがに凄く傷つくよ」
 再び肩を掴んで、そんなに料理出来なそうに見える?と悲しそうな目で見てくる守山。
「……なんか、ごめん」
 あまりにも悲しそうな目で俺の目が合うのをじーっと見続けてくる守山に気圧された俺は別の方向に逸らしていた目をチラッと守山に向けて謝った。
「そうだよ。モリケンは新道と違って料理出来る男なんだってさ。作れないからモリケンをひがむもんじゃないよ」
 天音は守山の悲しそうな雰囲気を見て、さすがに可哀想になったのか俺に正義の鉄拳として腹パンを喰らわせて言った。
「天音のパンチよりも気になる言葉を今耳にしたぞ。モリケンって……守山さんのことをそう呼ぶくらいに仲良くなったのかよ?」
「うん。一緒に戦う仲間として仲良くなるのは当たり前。モリケン、モリケンを疑って悲しませた新道に一発入れた」
「天音くーん、やっぱりおじさんのことを理解してくれるのは君だけだー」
 守山は感極まって天音に抱きつこうとするが「抱きつくのはモリケンでもダメ」と即座にバッサリ切り捨てられる。
「そこは男同士熱い友情を深めるべく抱き合うところじゃ――」
「僕ってよくどこにいても誤解されやすいから言いたくなくてもこの際ハッキリ言うけど、僕は男じゃないよ」
 守山の言葉を遮るように天音は衝撃の発言を言った。
「「えぇーーーーーー‼︎!」」
 俺と守山は2人揃って声を大にして叫んだ。
「……天音くん……いや天音さん、それは本当かい?」
 丸眼鏡を曇らせる守山。
「本当だよ。こんななりをしてるけど、僕はれっきとした女子だよ」
「いたっ!……うそーーーーーーん⁉︎」
 両手で頬を強く叩いた守山は激しく動揺し、今目の前で起こってることが現実であることを頬の痛みとともに認識して叫んだ。
「いつもこうだ。だから僕は言いたくないんだ」
 守山の行動を目にして呆れる天音。
 2人のやりとりを黙って見てたおかげで、俺の頭は現実に追いつく。
「天音が女って知って正直驚いた」
「うん。それで?」
「だからと言って俺は今まで通り態度を変えようとは思わない」
「うん」
「なんで天音が女なのにボーイッシュな男の髪型をしてるのかも聞かない。人それぞれ言えない何かはあるだろうから天音が話したいと思う時まで触れないし、絶対に聞かない」
「……うん。今言ったことで関係が少し変わるのかなと恐ろしかったけど、やっぱり新道は新道のままだ」
「俺は俺だし、俺の知ってる天音は天音のままだ」
「新道のくせにいいこと言いやがって」
 2度目の腹パンを喰らわせる天音。
「ほら、俺だけじゃなくて守山さんにも目覚めの一発入れてやれよ。この人さっきからフリーズしたまんまだぞ」
「ぷっ、確かに。モリケン起きろ!」
 笑いながら天音は守山の脇腹をこしょこしょこしょばり、続けてど真ん中の腹に一発グーパンチを決める。
「ぐへ⁉︎」
「モリケン起きた?」
「あれおじさんはなにを――」
 目をパチクリさせる守山。
「思い出さなくてもいいことだよー。ほらほらほらほら」
「あーーーーーーっ、ははっははははは!やめ、やめてくれーーーははははははっははははははは」
 一時は天音の発言で守山はかなり緊張して機能停止していたが、今では俺が天音たちの元に来る前と同じ普通に会話して笑っている。
 これはこれで、めでたしめでたしだ。


 ♦︎


 厨房で作られた料理が1人1人ずつ皿に盛られて、縦長いダイニングテーブルに並ぶ。どれも美味しそうな湯気を立たせている。
 美味そうだな。
「ではみんな手を合わせて、食事を作ってくれた亜門さん達に感謝しながら頂きますを言おう」
 遠山がまず一番最初に手を合わせると両隣の千葉と戸倉が続けて手を合わせる。そして遠山の言葉を聞いた全員が手を合わせた。
「頂きます」
「「「「「頂きます!」」」」」
 全員が頂きますの挨拶をすると目の前に並んだ料理を自分が好きな順番で口に入れていく。
 俺はご飯の上にのったカレーを全体に広げて、一口一口味合うように食べた。
「美味い」
 思わず口に出してしまうほどにカレーは美味しかった。
 主婦として長年料理を作ってきた亜門しか作れない味をしたカレー。こんなわけのわからない場所に来なかったら絶対に食べれなかったであろう亜門家の味を口にしてしまった俺は食欲をそそられ、口の中にカレーを勢いよく放り込んだ。


 ♦︎


 食事後、俺は大浴場にいた。
「ふぅーーー」
 温泉の中に全身浸からせた俺は息を吐き、一瞬にして体の疲れが吹っ飛ぶのを感じた。
 極楽極楽と心の中で呟き、目を瞑る。
 目を閉じると今日の出来事が頭の中でフラッシュバックして思い出されていく。
 軍服の男たち。
 黒岩賢治。
 暗黒騎士との戦い。
 暗黒騎士に殺され、不死身の体になったこと。
 ネクロマンサーや魔法使い、ゾンビたちとの戦い。
 色々なことがまるで今さっき起こったことのように思える。
 普通に考えたら、絶対に経験しようもない考えられない出来事の連続だったな。
 怒涛の1日を過ごしたのに温泉に浸かってるだけで、今までの出来事が夢だったんじゃないかと思えてしまう。目を開ければ、家のベッドで起きそうな気もしないでもない。でも目を開ければ、それが夢ではないことはハッキリする。
 なぜなら目の前の光景が俺の部屋の天井でなければ、寝間着を着た俺の姿はどこにもない。
 そして現実なのだと思わせる要因は大浴場にいる俺以外の遠山は目の前に俺と同じように温泉に浸かり、守山達は頭や体を洗っているが、すぐ手に届く距離には武器をかけて置いてあることだ。
 敵の影は見えない。
 もしかしたら敵はいないのかもしれない。
 この場所が完全に安全と言えるとも限らない。だからこそ、油断したその時を狙って敵が襲ってくる可能性を捨ててはならない。
「油断するべからず」
 遠山は俺が考えていることを当てるかのごとく、そう口にした。
「新道どうだ?温泉に入っていると心も体も疲れが抜けていくようだな。こんな気持ちでいると全てがどうでもよくなってこないか?」
「俺は夢のように感じる。今いる場所は夢で本当は俺は自分の部屋のベッドで寝ていて長い夢を見てるんじゃないかと思えてくるよ。でも考えを放棄してこのまま極楽気分を味わってたいと思う反面、目の前で起こった出来事が現実だと遠山たちを見てさっき思い出したばっか」
「……そうか。そうだよな。気の抜けた顔をしている新道を見て油断してるんじゃないかと思ってみたが……余計な心配だったようだ」
「ははっ。遠山は俺と違って、今こーんな感じだぞ」
 俺は両手で眉毛の部分を触って、眉間に皺を寄せて遠山に見せた。
「なんだその形相は?私はそんな顔をしてるか?」
「疲れを落とす温泉の中なのに眉間に皺を寄せて警戒しすぎだってこと。そんなに警戒してたら温泉に入ってても疲れ取れないよ」
「そうだな。新道の言う通りかもな。私の方が逆に新道に心配されてしまったな」
「遠山は俺たちのリーダーだから敵の影が見えないのを気にしてるのもわかる。俺だって敵がいないのがどうしてか何度も考えて、油断した隙を襲ってくるんじゃないかと思ってしまう。でも少しは息抜きしてくれよ。前にも言ったけど、俺が遠山の半分を背負うから1人で背負わないでくれ。敵が来たら俺がどんと返り討ちにしてやるからさ」
「……そうだったな。私の中で新道の存在は時間が経つ毎に大きくなっていくばかりだ。本当に新道、君は我々が元の場所に戻るための切り札だ」
「切り札って大げさな」
「本気でそう思ってる」
「……だったら、俺や他の連中から見た遠山は希望だよ!」
「私がみんなの希望か」
 遠山は目を瞑るとニコッと笑い、それを見た俺も笑顔になる。そんな雰囲気の中、守山がゆっくりと温泉に浸かり始めながら近づいてくる。
「2人して男同士の熱い会話をしてるようですな。さっきからちらほら耳に聞こえていた切り札、希望、なんとも素晴らしい言葉!こんな現実じゃ味わえない環境の中で育まれる友情努力勝利そして魔法使い!現実ではそうそう見れない男同士の熱い友情をこの目に魅せられては魔法少女好きなおじさんは黙っておけません!さぁー、一緒に語り合いましょうぞ」
 そして俺と遠山は2人揃って目を合わせ、苦笑いを浮かべると守山が熱く語り始める魔法少女による友情努力勝利の話を永遠と聞かされたのであった。


 ♦︎


 2階の西と東両方にあるお客様用の寝室。
 西は奥から順に女子小学生2人、葉山、戸倉、亜門、遠山。
 東は奥から丸田、千葉、守山、天音、俺といった順だ。
 男女分けしてもよかったが、遠山が「緊急時に対応出来るように男女混合に西と東にわけよう」という提案からそうなった。
 一番危険な階段すぐの寝室には俺と遠山の2人がいることで、西と東どちらから敵が来ても万全だ。
 遠山は寝ている時も防具一式はつけているように強く言っていたが、最後には強制できない以上は本人の意思に任せる。その代わり施錠だけはしっかり閉めるようにと言っていた。
 その後、各自解散して俺は寝室のベッドにダイブしていた。
 ふわふわのベッドの中は気持ちがよく、毛布に潜れ込んだ俺はあっという間に眠りに就いた。

 そして全員が就寝した中、それは屋敷の中に入ってきた。
 [警告:屋敷の主 人喰いが屋敷に帰ってきました。気をつけてください]
 脳内に機械の声が響いたが、気づくことはできなかった。
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