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プロローグ2

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 転生後の3日目からは、毎日勉強会と実技訓練が本格的に始まった。

 勉強会では主に魔法について学び、実技訓練では剣の扱い方を学んだ。先生役となった人物は、ネルバイン王国にとって重鎮と言える人物達。

 勉強会では、賢者の称号を持つロマノフ公爵が、実技訓練では、騎士団長も務めるダルガスト侯爵が指南役を務めた。

 ここまでの大物が教鞭を振るうのだから、勇者である俺の期待されっぷりは言うまでもない。

 神であるフューエンエリアからの加護を授かった俺は、下級貴族よりも魔法の適性があると評価された。また、剣術に関しても全くの素人でありながら、高評価を貰った。

 それというのも、フューエンエリアの加護は、俺の身体能力をも向上させる効果があったようで、俺の見事なまでの細腕は、騎士団にいる豪腕の男達にも引けを取らない程の腕力を見せつけたのだ。

 2メートル近い身長を持つ、筋骨隆々の騎士に対し、腕相撲で勝てたのだから、神の加護は馬鹿にできない。
 あの丸太のような腕を持つ騎士に比べたら、俺の腕など木の枝のようなものだ。
 だけれど、腕力勝負の腕相撲で勝ってしまうのだから、自分の腕にも関わらず、俺は信じられない物を見るような目で、自分の細腕を眺める事となった。

 だが、剣術の方はからっきし。いくら腕力で勝っていようが、実戦練習では、騎士達に刃を触れる事も叶わなかった。

 魔法の方も、素質はあると言われたが、まだ初級魔法を唱えるので精一杯。

 初めて目の前に火の玉を出現させた時は、嬉しさと興奮で頭が一杯になったものだが、その火の玉を安定させるのが難しいのだ。
 それ故、今は中級以上の魔法を使えるようになるべく、日々練習中だ。

 そして常識の違いだろうか、多くの戸惑いも感じた。それは奴隷の一件を主にする。
 勉強会では、奴隷を使役するための魔法も教わった。その魔法は隷属の魔法と呼ばれ、対象者となる奴隷の現在地を確認できる他、長いクールタイムを必要とするが、相手を行動不能にさせ、拘束する事まで可能としている。

 そんな隷属の魔法を教わる授業の中で、俺はある1人の奴隷を紹介された。
 その奴隷は獣人と呼ばれ、人間のような体躯をしているが、獣特有の耳や尻尾が生えていたのだ。

 勉強会の教師陣はその奴隷を、まるで物の様に扱っていた。それも、当たり前のように。

 そんな奴隷は女の子で、見た目的に13歳程。
 ある貴族の娘のために奴隷として買われ、道化師をしているらしい。
 そんな道化師は、その貴族の娘の遊び相手となったり、その娘が悪さをした時に、代わりに体罰を受ける役目があるようだ。

 話によれば、目の前の奴隷の子の待遇は、比較的マシな方だと聞いたのだが、俺は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 教師のロマノフ公爵は、俺にも奴隷を用意しようと考えていたようだが、丁寧に断った。
 もし隷属の魔法を用いて奴隷を使役すれば、罪悪感と共に、自分の道徳心が崩れてしまいそうな気がしたからだ。

 そんな俺を不思議そうに眺めていた貴族達だが、それが彼らの常識なのだ。
 ネルバイン王国を中心に広く信仰されているフューエン教では、獣人を含む亜人は異端者で軽蔑の対象となる。
 このネルバイン王国でも、人間の奴隷は禁止でも、亜人の奴隷は推奨されている程だ。

 こうして紆余曲折あり、異世界での日々は過ぎていった。

 夕食では、著名な貴族と食事をする機会も多かったのだが、転生して8日目以降、国王、特に王女であるマリアと一緒になる事が多くなっていった。

 それというのも、国王ネーデルが、俺とマリアに婚姻を結ばせようと考えているからである。

 最初は婚約の話を表立って持ち出さなかったネーデルだが、転生して12日目の今日、到頭マリアとの婚約についての話を切り出してきたのだ。

「勇者様は今年で17歳と聞いておりますが、婚姻については何かお考えがあるのですか?」
 
 ネーデルが俺とマリアを結婚させたがっているというのは、あの両思いの日に、直接マリアから聞いたので知っている。
 しかし、こうして直接話を持ちかけられると、俺の顔には若干の焦りの色が出る。

「私の国では18歳からと決まっておりましたので、まだ結婚について全く考えておりませんでした」

 俺の言葉に片眉を上げ、戯けてみせるネーデル。

「心残りもありましょうが、ここはパラマンでございます。17となれば、既に婚姻を結んでいる貴族の者も少なくありません」

「ですが、まだこちらに来て12日あまり、どなかたと結婚するにしても、まだ心の決心がつきません」

 俺のぎこちない笑顔を見て、優しく微笑んだネーデルは、ワインを一口口に入れ、一呼吸置いた後、再び話し始めた。

「ですが勇者様。ロマノフ卿やナーバレン卿の娘君から求婚を受けたと聞いておりますよ」

 ワインのグラスをゆったりと回し、葡萄の香りを楽しむようにグラスを鼻に近づけたネーデルは、チラリと俺を見てそう尋ねた。

 確かに、ロマノフ公爵は勉強会の最中、娘を同席させた事があった。
 そして強引にも、ロマノフ公爵は俺と娘君が、部屋で2人きりになるようにと、他の教師陣も引き連れて退出してしまった事もあった。
 そんな時、娘君からは、求婚とは言えなくても、俺に好意を寄せているという旨の言葉も伝えられた。

 そしてナーバレン伯爵の娘君も同じ。伯爵との夕食会の時に、娘君はアポなしで同席し、夕食後は娘君からの誘いがあり、王宮の庭園を回った事もあった。

 そんな事実を、求婚したという形に誇張し、伝聞している人物がいたようで、ネーデルの言うように、王宮内では密かな噂となっていた。
 
 貴族の娘、それも婚期の女性が、殿方と2人きりになるのは歓迎される事ではなく、逢引と捉えられても文句が言えないらしい。

 そんな貴族のマナーは、ロマノフ公爵が担当する勉強会の時に聞いたのだから、彼が娘君と俺を2人きりにしようとしたのは、確信犯と言えよう。

 その話を聞いてからは、無闇に貴族の女性達とは合わないように気をつけるようになった。
 しかし転生2日目、王女であるマリアと、それも両思いの日を2人で鑑賞したのだから、外聞的には既成事実ができたと見られても仕方のない事をしてしまったのだろう。

「いえ、特に求婚はお受けしておりませんが」

 俺は苦笑いを浮かべながら否定すれば、ネーデルも満足そうにニッコリと笑顔を浮かべる。

「それは重畳でございます。勇者様が複数の女性から求婚され、マリアも気にしていたのですから」

 そうして隣で俺達の会話を聞き入るマリアに、ネーデルはチラリと視線を向けた。

「マリアは勇者様との婚姻を望んでおるのです。これは、ネルバイン王国と勇者様の繋がりを強める意味にもなります。私としても、勇者様の了承が得られるのならば、ぜひ婚姻を結んでいただきたく思っておるのです」

 直接的にマリアとの婚姻の話を持ち出され、俺の心臓はドクリと音を立てた。
 隣にいるマリアも、ネーデルの言葉に従うように、頬を少し赤くしながら、俺の顔を真っ直ぐに見据えていた。

「それは、あまりにも急なお話で」
 
「勇者様はそうお感じになるでしょうが、貴族同士の結婚で考えれば、とても恵まれておるのです。私も憂いておるのですが、貴族の娘ともなれば、政略結婚が殆ど、相手の顔も見ずに嫁いでいく事が常なのです」

 そう言いいながら、憐むようにマリアを一瞥したネーデル。

「ですが、マリアは心の底から勇者様に恋をしているのです。私としても、正直、かねてよりマリアには勇者様の元へ嫁ぎに向かわせたいと考えておりました。それはこのネルバインのため。そして王家のため。もしマリアが拒もうとも、勇者様の妃に置くつもりだったのです」

 そしてテーブルクロスを軽く握るネーデル。マリアも心配そうに彼に顔を向けていた。

 そんな姿を見れば、父親の苦悩というのが、マジマジと伝わってくる。

 愛しの娘を、勇者というだけで、どこの馬の骨かも分からない男に嫁がせなくてはならないのだから、気が気ではなかっただろう。
 それが国のため、王家のためになろうとも、その心労は途方もない物だっただろう。

「それでも、マリアは心から勇者様の事を好いていたのです。それならば、諸手を挙げて送り出す他ありましょう。ロマノフ卿やナーバレン卿を含め、勇者様の血を一族に欲する者も多いのです。しかし、私は王として、そして父親として、マリアには勇者様と幸せになってもらいたいのです」

「お父様...」

 懇願するように語るネーデルに、マリアは絞り出すように声をかけた。

 そして俺も、あの両思いの日に、マリアから掛けられた言葉を思い出す。

 彼女は俺の事を好きだからこそ、俺に対する好意に、自責の念を抱いてしまったと語ったのだ。
 それ故に、無理やりに婚約を結びたくないと。だけれども、せめて形だけでも傍にいさせて欲しいと。そして、愛されなくても良いから、どうか貴方の支えになりたいと。

 あまつさえ、そんな献身の言葉を掛けてくれたのだ。

 俺はネーデルとマリアの姿をじっと見つめ、聞こえないくらいの小さな溜息を吐いた。
 頭に浮かぶのは瑠花の顔。
 そして感じたのは罪悪感。

 だけれども、俺はネーデルとマリアにそっと声をかけた。

「そのお話を聞かせて頂き、私も決心がつきました。ネーデルリオン様、私はマリアと結婚したく思います」

 そんな俺の言葉を聞き、ネーデルを大きく息を吸うと、ゆっくりと、確かめるように声を漏らした。

「ほ、本当でございましょうか?」

 彼の弱々しい問いに、俺は力強く答える。

「勿論です」

「あぁ、勇者様、ありがとうございます」

 身を乗り出すようにして感謝の言葉を話すネーデル。

 対してマリアは下を向き、フルフルと震えていた。手は膝の上で強く握られている。
 そんな彼女がゆっくりと顔を上げれば、そこにはどこまでも嬉しそうな表情をする彼女の顔があった。
 目にはこれでもかと涙を浮かべ、膝の上にあった手をゆっくりと胸の前に移動させる。
 そして胸の前でギュッと手を合わせながら、丁寧に言葉を紡いだ。

「ありがとうございます」

 こうして俺は、異世界に転生し、マリアという嫁を娶る事となった。

 そうしてネルバイン王国は、いやパラマンは、急加速で情勢を変えていく事になるのだった。


 

 
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