隣の景色

のゆ

文字の大きさ
2 / 16

1話 当たり前の距離

しおりを挟む
 ――六月、雨。

 今日の授業が終わり、大学の校舎を出ようとしたその時だった――。
 俺(篠宮 漣しのみや れん)は、校舎の軒下に立つ見慣れた人物を見つけて足を止めた。
 
 無造作にセットされた茶髪。人懐っこそうな横顔。
 傘はなく、スマホを持って空を見上げるその姿。
 それだけで相手が誰か分かる。

 ――またか。
 
 ため息は、もう癖になっていた。

「……蒼真そうま

 名前を呼ぶと、蒼真の背中がぴくりと動き、勢いよく振り返った。

「漣……! ねえ聞いて。傘忘れた」

 まるで大事件のような口ぶりだ。
 俺は呆れたように目を細める。

「……何回目だよ」
「え? でもさ、今日は持ってたんだよ? 家出る前までは!」
「それを“忘れた”って言うんだよ」

 冷めた声音で返すと、蒼真はふざけた様子であざとく上目遣いをして返してきた。

「漣くん♡ いっしょに帰ろ??」

「……はいれよ」

 傘を傾けると、蒼真が嬉しそうに中へ入ってくる。
 当然のように距離を詰め、肩が触れ、歩調が揃う。

「ありがとー! いやー、助かった!」
 
 蒼真は無邪気に笑う。
 そんな何気ない仕草に胸の奥が微かに軋む。
 
 小学四年生の時の、あの雨の日と同じ構図。
 あれから十年以上経った。
 それでも、この距離だけは変わらない。
 
 ***

 駅までの道、他愛ない会話が続く。
 
「そういえばさ、今日は芸術学部そっちどうだった?」
「普通」
「普通って言う割に、顔疲れてる気がするんだけど」
「……気のせい」
「いや、眠そうだし明らかに疲れてる顔だろ?! また展示用の作品描いてるの? 」
「まぁ、それもあるけど。今は普通に元気」
「そっか。それならいいけど……って言うとでも思ったか?!」
 
 蒼真はそう言って、俺の顔を覗き込もうとする。……近い。
 
 去年、作品制作に没頭しすぎて倒れた。
 それ以来、蒼真は過保護なくらい俺の体調を気にする。
 何かに集中すると、すべてを疎かにしてしまう自分が悪いのだけど……。
 
「……いいから、前見て歩け」
「あ、またそうやって話反らす!」

 そう言いながら、蒼真は歩幅を合わせてくる。
 傘の中、二人分の体温が混ざる。

 ***
 
 駅に着いたところで声を掛ける。
 
「……蒼真」
「ん?」
「次は、傘持って来いよ」
「りょーかい!」

 即答だった。
 信用できない。
 それが可笑しくて小さく笑った。

 ――出会った頃から、こうして並んで歩いているうちに、俺にとって蒼真の存在は当たり前で「特別」になってしまった。

 「特別」だと気づいたのは高校二年生の時だった。
 学校で毎日のように会っているはずなのに、そばに居ない時は蒼真の姿を探すようになってしまった。蒼真が誰かといると、こっちを向いて欲しいと思うようになってしまった、傲慢な自分に気づいた。
 でも、この気持ちをはっきり言葉にしたらきっと関係は壊れてしまう。
 だから自分の中で抑え込むことに決めた。
 
 この距離がいいんだ、と自分に言い聞かせて――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

ポメった幼馴染をモフる話

鑽孔さんこう
BL
ポメガバースBLです! 大学生の幼馴染2人は恋人同士で同じ家に住んでいる。ある金曜日の夜、バイト帰りで疲れ切ったまま寒空の下家路につき、愛しの我が家へ着いた頃には体は冷え切っていた。家の中では恋人の居川仁が帰りを待ってくれているはずだが、家の外から人の気配は感じられない。聞きそびれていた用事でもあったか、と思考を巡らせながら家の扉を開けるとそこには…!※12時投稿。2025.3.11完結しました。追加で投稿中。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

【完結】後悔は再会の果てへ

関鷹親
BL
日々仕事で疲労困憊の松沢月人は、通勤中に倒れてしまう。 その時に助けてくれたのは、自らが縁を切ったはずの青柳晃成だった。 数年ぶりの再会に戸惑いながらも、変わらず接してくれる晃成に強く惹かれてしまう。 小さい頃から育ててきた独占欲は、縁を切ったくらいではなくなりはしない。 そうして再び始まった交流の中で、二人は一つの答えに辿り着く。 末っ子気質の甘ん坊大型犬×しっかり者の男前

雪色のラブレター

hamapito
BL
俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。 そばにいられればいい。 想いは口にすることなく消えるはずだった。 高校卒業まであと三か月。 幼馴染である圭への気持ちを隠したまま、今日も変わらず隣を歩く翔。 そばにいられればいい。幼馴染のままでいい。 そう思っていたはずなのに、圭のひとことに抑えていた気持ちがこぼれてしまう。 翔は、圭の戸惑う声に、「忘れて」と逃げてしまい……。

処理中です...