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第一章 先生との出会い
15、辻の秘密
しおりを挟む翌朝、櫻は寝坊をしてしまった。辻とのことがあって、ドキドキが止まらず、よく眠れなかったのだ。
「おい、サク!いつまで寝てればいいと思ってんだい!」
女中頭に怒鳴られて櫻は目を覚ました。
(私ったらいけない。。。)
急いで支度をし、土間で朝食を作る。他の女中にあやまりながら、手際よく料理を作っていく。
すると、従姉妹の野枝が土間へ降りてきた。
「ねえ、サク、あなた辻先生のお手伝いとかしてるんでしょ。彼の秘密とか情報とか何か知らないかしら?」
「私は、教材を運ぶ程度で何も存じ上げません。」
「なあんだ、つまらないの。まあ、サクが辻先生の秘密を知っていても変だけどね。でも、私こんな小さな菓子屋の女将さんなんていうので終わりたくないの。もし辻家にお嫁に行けたら、私が婿取りしなくても良いでしょ?そしたら、サク、あなたがこの家の婿取りすることになるかもしれないわよ。だから、私に協力してくださいな。ちょっとでも辻先生のこと、わかったら私に報告すること、わかった?」
偉そうな物言いに櫻は少し憤慨した。しかし、顔には出さなかった。辻がかまっているのは自分なんだからと、本当は言ってやりたかった。
しかし、それが新たな火種になって、退学処分になることは嫌でも想像できた。
学校では何事もなかった。辻と顔を合わせることもなかった。朝に寝坊した分、早く家に帰って女中仕事をこなさなければならなかった。
それと、早く「青踏」を読み終わって、辻に返さなくてはならない。自分の物にできないので印象的な文章はノートに書き残しておかなくてはいけないと思って、いた。
「にゃーお、にゃお」
「おい、サク、猫を追い払ってきてくれ」
女中頭から指示される。
「はい、すぐに行きます」
勝手口のドアを開けるとそこにはまた、辻がいた。
「オヤまあ、今日はびっくりなさらないんですね。」
「先生、こう言ったことはおやめください。私の身も退学にはなりたくありませんので」
「まあ、そんなヘマは私はしませんよ。安心なさいな。今日は貴女に僕のことを知って欲しくて、母のことを話に来ました。」
「あの、お母様の。。。。」
「そう、あの時は、微妙にしかお話できませんでしたね。実は、母は没落した武家の長女で、弟に家を再興してもらうため、辻家に嫁に入りました。辻は裕福でしたが、商人でしたからね。武家の出身の嫁が欲しかったのですよ。しかし、僕が産まれて間もなく、母の実家は破産してしまいました。母は父に金の無心に来た弟をどうにか助けて欲しいと何度も懇願したそうです。しかし、父は助けなかった。剣術しか出来ないおじがもう家を再興できることができないと判断したのでしょう。しかし、母は違った。たとえば、辻の配下で働かせるとか、なんとか出来たのではないかと。でも、それをしなかったことを母は強く父を責めてしまいました。その頃、もう商売も父の代になっていましたから、父は母を家から出すことにしました。母は私が6歳になるまでつきっきりで育ててくれました。芯の強い人でした何も間違ったことはない。そう思いました。」
「先生にそんな過去があるなんて想像できませんでした。。。」
「私は、その芯の強さをあなたの中にも感じるのですよ。今は北海道に身を寄せた母の面影を」
話を聞いて、櫻の目から一粒の涙が溢れた。
「やはり、櫻さんに話してよかった。ああ、ありがとう。」
辻はそっと櫻を抱き寄せた。
二人は惹かれるように、唇を重ねていた。永遠とも思える瞬間だった。
二人を止めることはもうできない。
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