上 下
134 / 416
第八章 遭遇

16、富田編集長のアドヴァイス

しおりを挟む

辻と富田編集長はバーについてすぐに窓際の席を通された。
さすが、行きつけとあって、すぐにウイスキーを頼み、店内とサービスは極上であった。
まだ時間が早いのか、客は二人が最初であった。

「ねえ、辻さん、あなたお困りことがあるでしょう?」
「どうしてそう思う?」
「顔に書いてある。」
「顔に書かないようにしてるのな。その通りだよ。」
そういうと、辻はウイスキーを口にふくんだ。

「私、ここまで来るのに色々な体験をしたの。普段はあまり話さないけれどね。辻さんになら話せるわ。」
「どうして僕に?」
「あなたが書く小説を読めばわかるわ。芯がある人ってこと。面白がって私の人生を書いたりしない人ってこと。」
「ああ。そんな真面目じゃないんだけどね。他人の人生を人に語るほど、僕は聖人君主じゃないしね。」
「何に迷ってるの?」
「ある女性の人生をどうしてあげたらいいかなってね。」
「江藤さんね。」
「うん。」
「江藤さん、色々苦労されてるでしょ?」
「どうして?」
「女学生であんなに仕事ができる子いないもの。あれは小さな頃から職業についていた印ね。」
「そうなんだ。でも、彼女を苦しめるものから解放したい。」
「それって家でしょ?」
「どうしてそう思う?」
「私がそうだから。」
「え?どう言う意味かい?」
「私、群馬の女学校を出て、すぐに軍人のお嫁さんになったの。主人は寡黙な人で食事中も全然話さない。同じ敷地に主人の親が住んでいて、家事を一日中。でも、私どうしても働きたくて、新聞社の面接を受けて、就職してしまったの。」
「それは大胆なことをしたね。」
「それでね、家族みんなおかんむり。それだから、もうダメで。子供を産まないなら離縁だってなんだか大ごとになってね。」
「そんなことが。」
「で、離縁されて、私は実家に帰ろうと思ったら、実家ももう帰って来るなって。」
「それで君はどうしたの?」
「新聞社の編集長に相談して、東京の支社にお願いしたの。それで、東京へ出てきて、最初は下宿暮らし。」

富田編集長の話は明るく話すがとても影を落としたものだった。
「それでね。江藤さんのご実家がもし今の状態をゆるしてなかったら勘当とかもいいかもしれないわよ。」
「そうしたいところだけど、僕の父が許さないよ。」
「ああ、あなたは辻財閥の御曹司だものね。勘当してどこかの養女になったら?」
「彼女の叔父にしようかと思ったんだけど。」
「うーん。彼女は家からしばられたままになってしまうかも。だから、望月の家とかはどうなの?」
「え?望月ってアグリさんのところかい?」
「そう。年齢は近いけど、養女にするにはいいんじゃない?」
「望月が僕と同い年だったから考えても見なかった。」
「色々な方法があるわ。だからこそ、あなたも江藤さんもまだ自由に囲まれてるって思っていいんじゃない?」

目から鱗だった。それで辻はまた坂本に相談してみようと思った。
しおりを挟む

処理中です...