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第十章 冬休み 旅行に出る

9、大阪にて

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大阪城を見ていたら、日が暮れてしまった。

まだ宿をとっていなかったので、2人はどうしようかと相談した。
今から温泉のある場所まで移動するっていうのは夕飯も取れないと判断した。

「辻くん、いい案ある?」
「佐藤支店長の懇意にしている人がやっている小料理屋があるんだ。そこに夕飯と泊まるところの相談をしに行こう。」

2人は環状線に乗った。
二駅で目的の駅に着いた。

「ねえ、辻くん、気を遣わなくていいよ。」
「何が?」
「僕のこと思って、いい宿なんてとらなくて。」
「もちろん、いい宿に泊まろうなんて思ってないさ。」
「え?じゃあどうするの?」
「それを話に行こうって話じゃなかったかな?」

10分ほど歩いて、その小料理屋はあった。
実は佐藤支店長の姉がやっている店だった。

店を見ると、まだのれんは出ていなかった。しかし、扉は開いている。
「すみません。開店前のところ、失礼します。」
奥から女将と見られる初老の女性が出てきた。

「あら、辻のおぼっちゃまじゃないですか?」
「突然の来訪失礼します。」
「ええんですよ。そろそろ会いたいなとおもてたし。」
「嬉しいことを言いますね。」
「坊ちゃんはいつも無茶をいうから、やりがいがあるってもんです。」

望月は目を丸くしている。
そもそも、この佐藤女将も辻の家で女中をしていた。小さな頃、たくさん遊んでもらった。

「まあ、私も結婚もせんで、こうやってお店まで出してもろて、幸せもんですよ。」
「ツエさん、相談なんだけど。」
「うち、人生相談には乗れへんけど。」
「そんな。ハハ。実は今日の夕飯と泊まるところを探していて。こちらの望月と。」
「あら、そちらさんは坊ちゃんの悪友の望月はんでしたか。」

「あれ、僕のことそんなふうに言ってたの?」
「いやいや、家でそんなふうに、かな。」
バツの悪い辻はすまない顔をした。

「ああ、坊ちゃんも望月さんも安心してください。夕飯は今日ここで食べていってください。泊まるところはここの2階は狭すぎるから、知り合いの下宿に空きがある部屋があるからそこを紹介しますよ。」
「ツエさんには本当に頭が上がらないな。」
「坊ちゃん、ツエは坊ちゃんの家族だと思ってますよ。」
「え?」
「小さな頃から1人だった坊ちゃんをできるだけ一緒にいたのはツエのわがままです。」
「どういう?」
「おかみさんが出て行かれて、ツエは坊ちゃんを守りたくなったんです。ツエの中では息子のような存在ですよ。」

ふと、涙が出た。
望月も驚いていた。
家族運に恵まれていないと思っていた自分が、こんな幸せな状況だったということが、信じられなかった。しかし、その幸せに恵まれていたことを再認識した。
自分は幸せな家庭を築けるのかもしれない。
そんな気分にさせてくれた一瞬だった。
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