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第十一章 櫻の冬休み

3、トモヨの憂い

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櫻は淳之介が出て行った後、天気が良かったのでテラスに行った。
先客がいた。アグリの姑のトモヨである。

「トモヨさん、失礼します。テラスご一緒してもいいですか?」
「ああ、櫻さんか。ええよ。」

トモヨはいわゆる世間で言う姑らしからぬ姑だった。アグリとも親子のようである。

「櫻さんは正月に家に帰らなくてええんの?」
「はい、勉強もまだありますし。いつでも帰れますし。」
「あんたは嫁に来た時のアグリとよく似てる。勉強に熱心だったところも。」
「え?アグリ先生が?」
「あの子は名家の出なんだけど、早くに父親を亡くして、それは質素な生活をしていたんよ。」
「そうだったんですか。。意外でした。」
「どうして?」
「だって、アグリ先生、苦労を言わないから。」
「そう。あの子はいつだってそう。私が東京に住みたいっていた時も受け入れてくれた。」
「それはどういう?」
「私と主人は長い間、うまく行っとらんでね。アグリが住み込みで働くって聞いて淳之介の面倒を東京で見るから引っ越させて欲しいって言ったんよ。」
「でも、女中さんとかいた生活捨てて、不安じゃなかったですか?」
「私も自由が欲しくなったんじゃね。」
「自由。。」
「自由は若者の特権みたく言われてるけど、年取ったおばさんにもその権利はあると思うんじゃ。」
「そう思います。」

「あんた、、相当苦労してきたじゃろ。」
「え?」
「あんたには無自覚かもしれんけど、すごく気が利きすぎるところがある。」
「どんなところが?」
「帰ってきて、すぐに台所立ったり、毎日の淳之介の勉強の進み具合を確認したり。普通の弟子はこんなことできないよ。」
「でも、無理言っておいてもらっていますし。」
「いや、あんたが悪いって言ってるんじゃないんよ。苦労した分、あんたは幸せになるといい。」

どうして望月の家の人はみんな優しいんだろうと思ったことがあったが、このトモヨが家にいるかもしれないとこの時感じた。

「トモヨさん、ありがとうございます。」
「何も、しとらんじゃろ。ええんよ。あんたはいつか報われる。」

もっと頑張って、将来幸せになりたいと持った櫻だった。もし、養女に行くことになればここにいるのは後数ヶ月。その数ヶ月を精一杯過ごそうと思った。
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