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第十三章 養女になる準備

7、旅館でのひととき

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アグリたちは伊香保についた。
有名な石段などを見学した後に、旅館に入った。

「豪華な旅館ですね。」
「群馬の父の行きつけでね。」
「ああ、お舅さんですか?」
「そう。明日、会いに行くけどね。」
「トモヨさんは大丈夫なんですか?」
「実家には行きたくないから、百貨店でぶらぶらしているそうよ。」

どんな夫婦にも形がある。トモヨは夫婦という形を壊しているが、まだ望月のままだ。

「先生、いつ、温泉に入ります?」
「あ、櫻さん一緒についてきてくれる?」
「ご一緒していいんですか?」
「温泉の床って滑りやすいのよ。だから、手で支えて欲しいの。」
「お安いご用です。淳さんじゃもう女湯入れませんものね。」
「そうなのよ。あの子、一人で男湯入っちゃうのよ。もう男の人ね。」

トモヨも誘ったが、街を見てきたいと言って、出かけた。

大浴場に着いた櫻とアグリは早速浴衣と脱ぎ、温泉へと入った。
「わあ、本当にあったまりますね。」
「そうでしょ。伊香保は本当の名湯だわ。」
「群馬生まれでいいですね。」
「本当はこの辺りに水沢ってところがあってうどんが有名だから連れて行きたいんだけど。」
「美味しそうですね。」
「足がないからね。今回は我慢かな。」
「アグリ先生のうどん好きはそこからですか?」
「その通り!」

二人で笑った。
1月の外の空気がひんやりとして温泉は温かく心地よかった。
「先生、長風呂すると、お体に触るんじゃないですか?」
「ああ、忘れてた。10年以上ぶりの妊娠だから、もう私もいつも通りにしてしまうわね。」
「羨ましいです。」
「何?」
「好きな人の子供をお腹に宿すことが。」
「きっと、櫻さんは子沢山になると思う。」
「え?」
「あなたは、とても面倒見がいいし、愛情に溢れてる。だから、子供をたくさん作ってたくさん愛すわ。」
「でも、私は小さな頃、両親と過ごしてきませんでした。」
「それが反面教師になって、いい親になるわよ。」
「そうでしょうか?」
「そう。だからね、あなた、沢山の子供と楽しんでいいと思う。」

未来はわからない。
今、望月家にいることが初めての家族と過ごすような気持ちになっているのが櫻の本心だ。
そして、4月からは佐藤支店長の娘になる。
どんな家族を作っていけるか、アグリをお手本にしたいと思った。
アグリの周りには本当にみんなが幸せに生きているからだ。

外は雪が降ってきた。
温泉の心地がよく、食事の後も、櫻は一人で温泉に行くことにした。
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