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第十三章 養女になる準備

9、寝静まってから

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夜、布団が敷かれ、4人は並んで布団に入った。

すぐに、淳之介の寝息が聞こえ、トモヨの寝息も聞こえてきた。

アグリはおもむろに立つと、窓際のソファーへと移動した。
櫻は寝ていなかったので、自分もそのソファーへと向かった。

「あら、櫻さんも寝てなかったの?」
「はい。今日は色々あって楽しかったので。」
「よかったわ。家族旅行なんて何年ぶりかしら。」
「私が家族に入ってるんですね。」
「そう。あなたは私の妹ですもの。」
「嬉しいです。」
「そうそう、そういえば、夕飯後のお風呂、櫻さん長かったけど何かあった?」
「ああ、それがですね、私と同い年の群馬のお嬢さんがいて。」
「あら、出会いがったのね。」
「そうなんです。話してみたら、いつか東京で働きたいって。」
「そんなお話しするまでなんてすごいわね。」
「私もびっくりしてます。」
「何に?」
「私、なるべく人と関わらないで生きていこうと思っていたんです。一人で生きていこうと。でも、望月の家に来てその考えが全く変わりました。」
「私、ちょっと抜けてるでしょ?」
「いいえ!先生はとても優秀です。」
「あら、そんな風に言ってくれるなんて。でもね、私自分のこの抜けてるところがもしかしたらいいのかなって思うようになったのよ。」
「それは?」
「修行中に、それは間抜けだの、怒られたの。でもね、隙が無いってその分人が入り込む隙が無いのと同じなのよね。」
「確かに。」
「だから、私は今のまま、生きていく。」
「私も先生がそのまま元気にしてくれるのが嬉しいです。」
「ありがとう。でね、櫻さんも変化した櫻さんでいてほしいなって。」
「変化した私?」
「そう。誰にでも心を開ける櫻さん。」


櫻はそう言われて、本当に初めて望月の家に来た時、緊張でガチガチしたことを思い出した。
しかし、アグリが作るその空間にすぐに心が解け、仲間に入ることができた。

辻と出会わなかったら、どうだったのだろうと思う。
いまだに、上野の菓子店で女中をしながら女学校で堅物扱いされていたんだろう。
それで、父に引っ張られて結婚することになっていたのかもしれないと思うと怖い。

「アグリ先生。」
「うん?」
「私、望月のお家、本当に素晴らしくて、もったいなくて、愛おしいです。だから、時々遊びに来てもいいですか?」
「そうしたら、淳の家庭教師をまだ続けてよ。もし、洋装店の経理も時々でいいから手伝って。」
「もちろんです。」

自分は何て恵まれているんだろうと櫻は思った。
そして、素敵な家族に囲まれていることに感謝した。

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