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第十六章 最終学年

6、辻の思い

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辻は若葉をサポートすることによって自分の成長をすることができると思うとともに、一筋縄では行かない人間ということを見抜いていた。

経歴も申し分ない。なぜ、女学校の教師になる必要があるのか。
それは自分にあるのではないかと、考えたのだ。

彼の父の会社を聞いたら、辻財閥ではないものの財閥系の一流企業であった。
そもそもそういう家庭に育ったらそれを求められるし、そういう道に進みがちである。
しかし、彼は銀上にやってきた。

彼がそういうことであるのであれば、自分のもとでと思ったのだ。
自分の管理のもとであれば、把握がしやすい。
何より、今、教師という仕事を楽しんでいる自分もいるし、もし若葉が教師を楽しんでくれたら、とも思う。

「若葉先生、どうでした?」
ホームルームの後、教員室で聞いてみた。

「ああ、女学生の質問があまりにも唐突でびっくりしました。」
「そうですよね。銀上と言えば淑女と思いますよね。」
「みな、座れば牡丹みたいなのを想像してましたよ。」
「でも、ああみえて、皆さん伯爵家だったり、大名家の関係だったりするんですよ。」
「ああ、そうなんですか。まだ、僕からみたら幼く見えてしまって。」
「でも、彼女たちもなんらかの形で来年はもう社会に出てますからね。」
「行儀見習いとか?」
「ああ、それもありますが、就職する子もいるからそれをサポートしてほしいんですよね。」
「え?」
「就職ですよ。」
「銀上の子が?」
「今は泊をつけるために銀上の女学生も就職することがあるんですよ。」
「そうですか。僕は、みんな嫁入りするもんとばかり思ってました。」
「でも女学生は若葉先生のこと、気になってるみたいですね。」
「うーん。僕は見合い合戦で、もう女性はちょっとお腹いっぱいで。」
「私も見合い合戦すごかったですね。」
「辻先生もですか?」
「はい。学生の頃。でも、ある時期からパタっと。」
「それはどうして?」
「僕が変人だからかな?」
「え?」
「僕はね、意味のないことも別に軽んじてません。でも、僕の向こう側を見ている女性とはどうも話が合わなくて、途中でフランス語で話してみたりして。」
「意地悪ですね。」
「そうですね。それを繰り返してたら、苦情が入りまして、親も諦めました。」
「じゃあ、解放されたということですか?」
「そうですね。」
「じゃあ、自由恋愛ですか?」
「それはイエスかノーかは秘密です。」
「辻先生は、恋愛真っ最中ということですね。」
「まあ、僕のような老耄は恋愛も不自由ですね。」
「不自由?」
「自由にしたいから、昔のように動けないんですよ。若葉先生も恋愛をなさってたら、自由を謳歌なさった方がいい。」
「辻先生の秘密の相手が気になりますね。」
「いるかいないかは神のみぞ知るですね。」

辻は、この時、櫻のことは若葉に決して知られてはいけないと悟った。
この人物はそれを知ったら後々、それを引き合いに出す可能性がある。

櫻の感じた不安を辻も感じ取っていた。
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