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第十六章 最終学年

23、淳之介の一日

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母がその日、妹を産んだ。
中学に入るまで一人っ子だったから、まさか兄妹ができると思ってない人生だった。

周りの同級生が兄弟のことでぼやくのを聞くとなんとなく面白くない気持ちがあった。
親戚もほとんどが群馬にいるので兄弟らしい人と関わったことがない。

それが、一変したのは櫻が来て変わったことだ。
姉、のような人ができたからだ。
もし、自分に姉がいたらこんな風だったのかなと思ったのだ。

しかし、実際の妹が生まれた。
実感はまだ夜になっても本当のところはなかった。

父に呼ばれた。
「淳之介、いいかな?」
「父さん、いいよ。」
部屋にヨウスケが入ってきた。

「今日はどんな日だった?」
「うーん、あっという間だった。」
「じゃあ、聞き方を変えよう。どう感じた?」
「うーん。なんだかね、すぐに妹って感じがしなくて。」
「うんうん。」
「可愛いとは思ったよ。でも、おー、俺の妹か、とか思えなくて。」
「いいね。もう少し掘り下げると?」
「上手くいえないんだ。」
「淳之介、上手く言わなくていい。君の言葉で。」
「だからさ、何だか、神様が違う子ですって言ってもわからないって言うかさ。」
「おお。」
「父さんは何を聞きたいの?」
「淳之介の中の文豪を引き出したいんだよ。」
「え?」
「書き手はいつも自分を持ってなきゃいけない。読者にひれ伏しちゃいけないんだ。」
「ひれ伏す?」
「そうだ。淳之介は父さんの作品は読んだことあるかい?」
「全部じゃないけど。中学入ってから。」
「どう思った?」
「うん、いいなと思った。」
「嬉しいな。父さんはね、父さんの体に入った感触というか感覚を文字にしているんだ。」
「感覚?」
「そう。その感覚は人それぞれ。それを文字にできる、言葉にできると言うのは簡単じゃないんだ。」
「父さんも苦労するの?」
「昔ね、原稿を書いては丸めてって部屋中ペケとマルの原稿でぐちゃぐちゃにしちゃったんだ。それで出掛けて帰ってきたら、部屋が綺麗になってた。」
「どうしたの?」
「アグリがさ、部屋を片付けたって言うんだ。マルもあったんだよ。でも、全部ゴミだと思いましたってね。それで、父さん笑ってしまった。」
「どうして?捨てられたのに?」
「うん、捨てられたことじゃなくて、母さんがゴミとみたかっていうことが需要だったんだ。」
「え?」
「父さんは、その時の感触を大切にしようって気がついたんだよ。過去のマルなんて関係ないんだってね。」
「じゃあ僕の妹を実感できないのも?」
「うん、明日、違う感覚かもしれない。もしかしたら、一年後には喧嘩してるかもしれない。」
「そうかな?」
「君は大人の中に育ったから子供と言う感覚で生きてこなかった。だから、一緒に子供の感覚を目覚めて見るのも書く練習になるよ」
「え?」
「父さんを超えてくれ。」

そういうと、ヨウスケは部屋を出て行った。
淳之介はますます文士になる夢を強めたのだった。
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