上 下
303 / 416
第十六章 最終学年

24、学校にて

しおりを挟む
学校に翌日行った。
櫻はあの出産の興奮がまだ続いていた。

今まで奉公していた家で感じた思いとは別であった。

「櫻さん、どうしたの?」
上野和枝が聞いてきた。
「ああ、昨日、お世話になっているかたが出産して。」
「あら?私のお姉さまももうすぐ出産なの。」
「そうなの?」
「そう。うちは婿養子に来てもらってるから、うちでなのよ。」
「知らなかった。」
「ああ、姉とは特に仲が悪いわけじゃないんだけど、かといって仲がいいわけじゃなくてね。」
「どうして?」
「姉はね、とても有能な方を婿に取ったの。本当は思う方がいたのに。」
「それで、和枝さんとどう関係あるの?」
「私、姉から聞いてたのに、味方にならなかったの。」
「え?」
「姉の思う人は長男だったし、家柄もない方だったから。両親に反対されることは見えたし、姉が苦労すると思ったから。」
「和枝さんがその立場だったらどうする?」
「姉の立場だったら?」
「うーん。私ね、思いこがれるような恋愛はしたことがないの。」
「そうね。自由恋愛の学生は少ないものね。」
そう言いながら、櫻は後ろめたい気持ちになった。

「まあ、お姉さまは結婚して子供もできて、いいと思ったんだけど、ため息してるし。」
「その結婚は良かったか、迷ってるのね。」
「うん。」
「和枝さんは何も悪いことしていないと思う。」
「え?」
「だって、それってご両親が決めたことだし、お姉さまもどうしてもだったら駆け落ちだってできたわけだし。」
「駆け落ち?」
「うん。」
「櫻さんて時々ドッキリするようなこと言うのね。」
「どうして?」
「家を捨てるって大事よ。」

櫻は言えなかった。自分が家を逃げるように出て東京に来たことを。
今、佐藤のお嬢様でいることが奇跡ということも。

「でも赤ちゃんが生まれたらお姉さま変わるかもしれないわ。」
「そう思う?」
「うん。昨日、生まれたばかりの赤ちゃんにあったけど、本当に可愛かった。」
「じゃあ、私出産の日は休もうかしら?」
「もし、お姉さまが許すのであればそうしたら、心強いんじゃない?」
「そうするわ。櫻さん、ありがとう。」
「どうして?」
「だって、後押ししてくれたから。」
「ううん。きっといいことが起きると祈ってる。」

上野の悩みは知らなかったが、櫻の過去は親友といえど話せない自分が後ろめたかった。
勉強に集中しなければと思ったのに、それができない、櫻であった。
しおりを挟む

処理中です...