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第十六章 最終学年

25、図書館でのこと

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図書館で師範学校の勉強に役立ちそうな本を借りることに櫻はした。
お昼休みだったので、上野とおしゃべりもしたかったのだが、自分の後ろめたさが少し彼女を避けてしまった。

図書室に入ると先客がいた。
「ああ、君は辻先生のクラスの?」
「はい、佐藤櫻です。」
先客とは若葉守であった。

「若葉先生は図書室に?」
「ああ、まだ学校のことがよくわかっていないからね。」
「こちらの図書室はとてもいいですよ。」
「君は図書委員会?」
「ああ、まだ今年度は決まっていませんが、去年はしていました。」
「そう、だから詳しいんだね。」
「と言っても、私は偏った本しか。」
「どんな本だい?」
「英語とか、随筆とか、そんなところです。」
「ふうん。お嬢様もそんなことするんだね。」
「え?」
「銀上の女学生は今時の雑誌などを好んでいると思ったからね。」
「皆さん、よく小説などもよんでますよ。」
「そうなんだね。君は委員をしていたからみんなの好みもわかるんだ。」
「まあ、」
「佐藤さんはどちらに住んでるの?」
「え?」
「通うのは徒歩だったろ?」
「どうして?」
「車じゃなかったからさ。」
「私って認識なさってたんですか?」
「ああ、君の仕立てている着物はいいからね。」
「そういうのも先生にはお分かりなんですね。」
「まあ、好きなんだ。着物はね。」
「そうでしたか。」
「で、どこに?」
「え?」
「住まいは?」
「ああ、今は御殿山です。」
「ええ、御殿山。本当のお嬢様だ。」
「そんな。」

櫻は最近住み始めたとはいえなかった。
いずれ、他の教師から聞くことになるかもしれない。
それでも、いう勇気がなかった。

「先生はどちらに?」
「僕は省線のあっち側。早稲田からは近かったけどね。」
櫻は新宿あたりか目白あたりを想像した。
「電車っていいですよね?」
「え?」
「私、電車通学好きで。」
「変なお嬢様だね。僕は車があったら車がいいよ。」

変な発言をしてしまったと、ハッとした。
そして、櫻はそっと消えてしまいたかった。

「ああ、佐藤くん、君の得意教科はなんだね?」
「え、ああ、英語ですかね。」
「ええ、外国語。篤志家にでもなりたいの?」
「え?」
「お嬢様がボランティアっぽいことするなんて篤志家しかないしさ。」

若葉は失礼なことは言っていない。でも、櫻はその言葉の端々に棘があるように感じた。
最初に受けた印象は間違っていなかったと再認識した。
そして、若葉とは礼をしそそくさと本を借りて櫻は図書室を後にした。
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