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第十六章 最終学年

26、接触

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若葉守は職員室にいた。
昼休みに会った、佐藤という生徒が気になっていた。
御殿山に住むとは相当な金持ちだ。

進路指導の相談ということで辻に話しかけてみた。

「辻先生、今よろしいですか?」
「はい、今は授業はないので。しばらくしたら、準備室に移動しますが。」
「では、少しお話しさせてください。先生のクラスの佐藤さんについてですが。」
「ああ、佐藤さんですね。」
「彼女は就職の指導はいらないですよね?」
「どうして?」
「だって、辻先生はご存知なんでしょう?」
「何をですか?」
「彼女は御殿山に住んでるそうですよ。すごいお嬢様だからすぐに嫁に行くでしょうね。」
「いやあ、そうですかね。」
「どうして、その歯切れの悪いお答えなんですか?」
「若葉先生、お金持ちであってもいろんな道を選んでいいと思いますよ。」
「え?」
「ちなみに、彼女は師範を目指していると聞きました。」
「辻先生に?」
「はい。」
「随分お親しいんですね。」
「ああ、彼女は前の学年の時、教科助手をしてましたからね。」
「そうなんですか。フランス語の?」
「そうですよ。彼女は外国語に長けているので。」
「お嬢様はいいですね。」
「え?」
「僕は趣味で外国語を勉強するなんて考えもしなかったですよ。」
辻は若葉の言葉を聞いて、少しながら嫉妬を感じ取った。

「まあ、若葉先生、佐藤くんは師範を目指してるくらいなんだから、趣味ではありませんよ。」
「辻先生は、佐藤さんのご実家が何をされてるのかご存知なんですか?」

辻は考えてしまった。他の先生はもう何人か知っている。
ここで誤魔化しても、逆に勘繰られると思った。
「ああ、百貨店の店長をされてるんですよ。」
「だからか。」
「何か問題でも?」
「いえいえ。佐藤さんがいい生徒ということはわかっておりますので。」

若葉守はその時ターゲットを櫻に決めた。
理由は言うまでもない。中流から上流に行くのだ。
それで、若葉の名前を捨ててもいい。
もし、櫻が婿取りの女性であったら、ラッキーなのだ。

「辻先生、佐藤さんは一人っ子ですか?」
「え?」
「ああ、師範に行くくらいだから、お兄様とかお姉様がいっぱいいて将来が選びやすいのかと。」
「そうですね。お嫁に行ったお姉さんがいると聞きました。」

ここまで言うべきか正直迷った。辻の中では。
しかし、若葉守はもう押さえておく人物ということが判明した。
櫻を狙っている。
それは辻の中で燃えたぎる炎となっていることを、若葉はまだ知らない。
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