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第十六章 最終学年

47、食後

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夕飯の後、父は仕事が残っているということで書斎に行った。
辻は少し時間があると言って、櫻をテラスへと誘った。

「先生、今年の夏は私が先生を待たせてますね。」
「うん、わかっていたことだけどね。」
「どうして?」
「君は僕よりきっと大物になるよ。」
「どういうこと?」
「君の芯にある気持ちというか信念というものは僕は勝てない。」
「そんなことないです。」
「君は自分をみくびりすぎさ。」
「まだまだ知らないことが多すぎて。」
「僕だって、君がみてきたこと、まだ全然知らないよ。」
「私がみてきたものは見なくていいものばかりです。」
「でも、それがあるから今の君があるんだろ。」
「そうだけど。」
「僕はね、女性のもたれかかる感じというのが苦手なんだ。」
「もたれかかる?」
「そう。僕の育ちとか、家柄とかね。」
「ダメなんですか?」
「だって、櫻くんはそんなこと知らずに僕を選んでくれただろ。」
「それは先生が強引だから。」
「僕はね、君みたいな目線を持っている人が好きなんだ。」
「え?」
「ああ、人間としてという意味だよ。望月だって、アグリさんだってそうだ。」
「そうですね。私、お二人大好きです。」
「やっぱりね、人って、お金とか名誉とかに惹かれてしまうんだ。」
「先生も?」
「いや、僕はそれが嫌だと思って育ったからね。」

そうだ、と櫻は思い出した。母が出ていって寂しい思いをした辻。


「先生、私は寂しい思いはさせませんから。」
「そうかな?」
「どうして?」
「だって、君はそのうち忙しくなる。現に今も。」
「それは先生だって。」
「でもね、僕は君の希望の翼を降りたくないんだ。」
「希望の翼?」
「君は羽ばたこうとしてる。多分、師範に受かったら、より世界は広がるよ。」
「でも、先生になるか、まだわかりません。」
「前にも言ったけどさ、女性の大学とかできると思うんだ。その時、櫻くんの素敵な部分が世の中に必要になるよ。」

何度も辻は自分を褒めてくれる。でも、それを櫻はなんだか背伸びしすぎな気がしていた。

「櫻くん、今思ってること、僕はわかるよ。」
「え?」
「分、不相応じゃないかって顔に書いてある。」
「なんで!」
「あらあら、その通りじゃないか。」
「だって。」
「君は君の実力を認めていいよ。」
「だって。」
「僕の唯一のガールフレンドなんだからさ。」
「ガールフレンド。。。」
「僕は早くフィアンセになりたいけどね。」
「そうなれますか?」
「それは神のみぞ知る。」
「先生の意地悪!」

笑い合った。こういう時、最後はいつも冗談を言う辻が好きだなと櫻は改めて思った。
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