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第十六章 最終学年

48、接触

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ある日、自宅で自主勉強をしていた夏休みの日、櫻は女中3人とお家にいた。
と言っても櫻は書斎で一人で勉強をしていた。

リーンと玄関が鳴った。
来客か届け物かと思い、櫻はまた勉強に集中した。

ナカが声をかけにきた。
「あの、お嬢様、」
「はい。」
「ドアを開けてもいいですか?」
「どうぞ。」
ナカが入ってきた。
「どうかなさったんですか?」
目を丸くして櫻は聞いた。
「あの、大杉さんの息子さんがお見えになってて。」
「え?」
「ご主人様宛なんですけど、お嬢様でもいいって。」
「どうして私のこと?」
「お父様から聞いたとおっしゃっていて。」

櫻は戸惑った。
あの街頭演説で見た大杉が家にやってきたのだ。
「はい、ではお迎えしてください。リビングへ。」
リビングへ勉強道具を片付けてから向かうと、大杉が立っていた。

「やあ、君が佐藤さんのお嬢さんだね。」
「はい、初めまして。佐藤櫻です。」
「櫻さん、いい名前だね。」
櫻はこの名前が偽りだと言おうことも少し恥ずかしかった。
「あの、御用は?」
「ああ、佐藤さんに僕宛に少しばかりお酒を戴いたものだから、お礼にお菓子を持ってきたんだ。」
「お気遣い住みません。あいにく父は出勤しておりまして。」
「いいんだ。君に会ってみたかったし。」
「え?」
「女学生っていうよりも職業婦人みたいな感じだね。」
「それって?」
「自立してるよ、みた感じ。」
「全然。父に支えられてます。」
「ふうん。」

「あの、立ち話もなんですから、そちらにおかけください。」
「では、遠慮なく。」

大杉の立ち振る舞いは最初から堂々としていた。
しかし、櫻は演説に行ったことを言えずにいた。

「君はさ、偶然、僕をみたそうだね。」
「え?」
「父さんがさ、僕の演説をみたから櫻さんにも迷惑かけるなって言われたよ。」
「いいえ、あの。」
「どう思った?」
「あの、」
「うん。」
「すごかったです。」
「おお。そう思ってくれた?」
「私、あの勇気、ないです。」
「勇気のいることかな?」
「だって、主張することってそういうことだから。」
「守る物があるってなかなか難しいよね。」
「大杉さんはなんでできるんですか?」
「うーん。使命かな?」
「使命?」
「神様から言われてるんじゃないのかな。色々ここまで来るのに、散々迷惑かけたけどね。」
「それって?」
「まあ、家族とかさ。」
「お子さんは心配じゃないんですか?」
「いや、大好きだよ。でも、活動してて迷惑かけたらかわいそうだからね。」
「だから、手を離したんですか?」
「うーん、それはちょっと違っている。」
「どういうことですか?」
「さすがだね。」
「え?」
「君は将来、表に出るよ。」
「どういう?」

「さ、今日はこの辺でお暇するよ。佐藤さんによろしく。」

そう言って、大杉は帰っていった。
初めて二人で話した。
櫻は燃えたつ心を抑えきれなかった。
それは一つの出会いの運命が動き出した瞬間だった。
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