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第十六章 最終学年

54、帝大前

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車は帝国大学の前に停車した。夕暮れに赤門が映えていた。


「あの、坂本さん。」
「はい、櫻さん、」
「辻先生はいつくらい?」
「もうすぐです。6時過ぎに一度夕飯を取りにくるんです。」
「ああ、そうだったんですね。」

櫻がよく助手席を見ると、風呂敷に包まれた弁当らしきものが置いてあった。


「坂本」
遠くから、辻の声が聞こえた。

「あれ、櫻くん?」
車の目の前についた辻は目を丸くしている。

「ああ、あの手紙読んだんだね。」
「坊っちゃま、後部座席に。」
「ああ、そうするよ。櫻くんいいかな?」
「はい。」

櫻は奥へと少し移動した。

「ああ、疲れた。まだ、今日は研究が続きそうだ。」
「大変ですね。」
「今日は櫻くんも出勤だっただろ?」
「はい。」
「ああ、唐突に手紙で驚いただろ。」
「うーん。驚いたというのは違います。」
「どういうこと?」
「私、わからなくて。」
「何が?」
「先生も、自分も」
「僕も?」
「私、すごく先生に頼ってました。」
「うん。」
「でも、大杉さんのこと、先生がこんなに反応するなんて思ってなくて。」
「それはそうだよね。でも、僕は大杉くんの友人でもるし、櫻くんのボーイフレンドでもある。」
「だから?」
「二人のことを十分の知ってるから、お互いに近づいてしまうんじゃないかと考えた。」
「辻先生が心配することはないですよ。」
「それはわかってる。でも、未来はわからないんだ。」
「どうして?」
「僕はね、実は大杉が結婚した時、安心したことがあったんだよ。」
「え?」
「大杉はね、女性を本気にしてしまうプレイボーイなんだ。」
「どういうことですか?」
「僕はね、期待させないプレイボーイ、どちらかというと冷徹な男性であったんだ。」
「でも、大杉さんは違うと?」
「彼は親身になるからね。だから女性はみんなハマる。」
「私、思想は本当に尊敬してるんです。」
「うん、そうだと思ってた。」
「わかってたんですか?」
「彼の随筆は目に触れるしね。でも、君が社会に出てから彼と知り合うと思っていたから、随分とあぐらをかいていた。。」
「辻先生、私、何も大杉さんとはないんですよ。」
「うん。今の君は心配してない。」
「なら、」
「僕は、君が大杉と次回会うときに同席させてほしいと言ったけど、君が嫌がるならしない。」
「だって、ノオなんて言えないじゃないですか?」
「僕ね、君が君らしく生きられるなら大杉と会うことには賛成なんだ。でも、二人が惹かれ合うことが不安なんだ。」
「先生、私、そんな心配は。。。」
「わかってる、杞憂だってことは。でも、僕は君と君の人生を歩む上で片付けられない問題で。」
「うーん。」
「いいんだよ。ノーでもイエスでも」
「わかりました。イエスです。」
「言わせた感じだね。」
「私、未来のことを今約束しても信頼はないかもしれませんが、本当に先生と。。」
「ありがとう。とりあえず、また週末きちんと話そう。じゃ、坂本、弁当ありがとう。櫻くん、貴重な時間ありがとう。」


そういうと、辻は車を降りて行った。
軽く手を振ると、教室に向かって走って行った。

櫻は自分の心の底を見透かされたようで、それでいて本当の意味では素直になってない自分に恥じた。
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