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第十六章 最終学年

53、お迎え

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出版社の仕事を終えると、辻が乗っていない坂本の車が停まっていた。

「坂本さん?」
車に近づいて櫻は話しかけた。

「ああ、櫻さん、声かけていただいてすみません。」
「どうかなさいました?」
「今日、手紙を渡したでしょう?ちょっと、坊っちゃまは深夜まで研究があるから気になって櫻さんのところに来た次第です。」

「すみません。」
櫻は謝った。

「いえ、私が言い始めたことから起きたことですから。さあ、お仕事が終わっているようでしたら車に乗ってください。」
「いいんですか?」
「もちろんです。」

櫻は坂本の好意に甘え、後部座席に座った。

「何から何まですみません。」
「いえ、坊っちゃまが手紙を出すことを最初あまり考えずあなたに渡したのも考えましてね。」
「私、間違ったんでしょうか?」
「いえ、櫻さんは何も間違っていません。」
「でも、私、自分がわからないんです。」
「そうですよね。」
「坂本さんはどう思いますか?」
「そうですね。」

坂本はちょっと考えていた。そして口をつぐんで、車の走らせる音だけが少しの間響いた。

「櫻さん、私から言えることを考えていました。」
「はい。」
「大杉さんはとても魅力的な方です。」
「。。。」
「でも、坊っちゃまはそれを十分に知っています。」
「。。。」
「櫻さん、あなたは大杉さんの思想と自分の思想を重ねてはいませんか?」
「え?」
「坊っちゃまは実は思想を持っている。でも、それを人にひけらかしません。それは辻財閥ということもありますし、何より、名誉とかそういうものはいらないと考えているのです。」
「それはわかっています。」
「坊っちゃまはすべての人が自由に生きられる社会を作るために、カラクリの研究をしてるんです。」


櫻は黙り込んでしまった。
わかっていたことだった。自由に生きられる社会をいつも考えている彼を応援しているつもりだった。


「社会に主義主張している人の方が、光って見えるでしょう?」
「え?」
「もし神様がいるとしたら、それを選んで光れる人と、それを選ばない人がいます。」
「はい。」
「坊っちゃまは選ばなかった。そのことをよく覚えておいてほしいのです。」
「どうして?」
「そうですね。坊っちゃまはどこまで素直に生きられるか坂本にはわからないからです。」
「すごいですね。」
「どうかしましたか?」
「坂本さん、運転手でいいんですか?」
「私の生き方は辻家を通じて社会に貢献することです。」

櫻は目立つ人ばかりに憧れていたのも事実だった。
しかし、それは一概に指針となるものではないと思い始めていた。

「櫻さん、研究の休み時間に坊っちゃまが出てきますから、お連れしますね。」


心の準備はできていなかった。
しかし、望月と坂本から言われたことで、櫻は変わり始めていた。
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