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第十六章 最終学年

52、なんでもお見通し

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櫻はカヨと喫茶店を後にして出版社に戻った。
仕事をしたが、いつものペースにはいかなかった。

どうしてしまったんだろう。
私は何に揺れているんだろう。

櫻は混乱していた。

「やあ、櫻くん!」
夕方に望月が出社してきた。
「かなりの重役出勤ですね。」
いつになく櫻は嫌味を言ってしまった。

「あらあら。女性特有の日ですか?」
「そんなこと聞きますか?」
「僕は奥さんに聞くよ。」
「アグリさんは特殊です。」
「そうかな?普通のご婦人だけど。」

決して普通ではない。
櫻はそう思っている。

「なんだか道に迷ってるね。」
「え?」
「君、顔に出やすいって言われたことあるでしょ?」
「。。。はい。」
「勝ち気なんだね。」
「そう言われるとなんだか癪ですね。」
「まあ。辻くんのパートナーだからいいけど、世の中の男性は優しいばかりじゃないよ。」
「そうですけど。。。」
「あ、君のことを占おうか?」
「占い?」
「僕ね、最近手相に凝ってるんだ。」
「素人さんが?」
「街にいるじゃないか。でね、取材してるんだよ。海外では占星術とかタロットっていうトランプみたいなのも流行ってるんだよ。」
「知りませんでした。」
「ああ、怒ってる。じゃ、手相見せてね。」
そういうと、望月は櫻の手をとった。


「うーん。あらあら。そういうことかあ。」
「何かわかるんですか?」
「そうだね。。」
「きちんと仰ってください。」
「僕ね、正直いうと、親切な人間じゃないんだよ。」
「存じてます。」
「あらそう?じゃ、いうとね。櫻くん、今、逃れられないタイミングにあるよ。」
「逃れられないタイミング?」
「そう。何か気になることがあるでしょ?」
「うーん。どうでしょう。」
「勉強じゃない。仕事でもない。家庭でもない。辻くん関係だね。」
「え?」
「それも辻くんからの何かだ。」
「うーん。外れてるのかあってるのか。」
「僕から言えるのはね、辻を甘く身ちゃいけないってことさ。」
「どういうことですか?」
「彼は勘がいいし、誤魔化しちゃいけない。本音で話すことだよ。」
「本音?」
「そう。僕もアグリには本音だよ。」
「女性と会っても?」
「それはマナーだよ。違う、心の問題のことだよ。」
「心の問題?」
「そう。心だけは相手に嘘ついちゃいけない。」
「嘘?」
「櫻くん、嘘つこうとしてるって手相に出てるよ?」
「本当ですか?」
「ま、これは僕の直感でもあるけどね。」
「どうして?」
「伊達に女性とたくさん関わってないからね。」
「でも。。」
「辻くんのことを本当に大切に思うなら尚更だよ。迷いや悩み、全部打ち明けるのさ。」
「それが真心ですか?」
「僕は嘘をつく方がアグリに不親切だと思ってる。」
「でも。。。」
「まあ、辻は君の10年以上も長く生きてるんだ。甘く見ないで寄りかかるべきだよ。」


まさか風船のような望月からそんなアドバイスが出るとは思わなかった。
そして、ゆっくりと考えをまとめようと思い直した櫻であった。
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