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第十六章 最終学年

63、父の恋愛話

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辻に送ってもらい、櫻はゆったりと家路についた。
昼間のざわめいた心を辻が解きほぐしてくれた様だった。


少し遅く帰ったので、父が先に帰っていた。
「おや、櫻」
「お父さん、遅くなりました。ただいま帰りました。」
「おかえり。荷物を置いて、食事にしよう。」


櫻は荷物を自室に置くとおすぐにダイニングに行った。
すでに3人の女中は食事を運んでおり、しかも暖かかった。


「お待たせして。」
「いや、いいんだよ。」
「辻先生に送ってもらって。」
「坊ちゃんも本当に櫻に夢中だね。」
「いえ、そんなことは。」
「その縁でこうやって食事が取れるんだから、私は坊ちゃんに足向けて寝れないよ。」
「お父さん。」
「いや、いいんだよ。」
「何がですか?」
「恋愛は自由だよ。」
「でも。。。」
「私は親でもあるけれど、君の上司でもあったね。」
「そうですね。」
「私はね、若い時、同僚と恋愛をしたことがあったんだよ。」
「え?」
「そんなに長くはないけれどね。貿易部の人でハーフの人だった。」
「じゃあ、」
「そう。3ヶ月の恋だよ。」
「3ヶ月。。。」
「でも、僕は恋愛の楽しみを知ったよ。」
「前に、恋愛には無頓着だったって。」
「そう。その恋愛以外はもういいと思ったんだ。」
「どういう意味ですか?」
「3ヶ月だけだけど、私にとっては一生の恋だったんだ。」
「その方は今は?」
「日本を立つ時、スペインに婚約者がいることを知ったんだ。そして、別れた。」
「じゃあ。」
「多分、新しい家族がいると思おう。」
「そうでしょうか?」
「どういうことだい?」
「もし、お父さんのことを思って嘘をついたとしたら?」
「いや、それはない。貿易部の仲間からその後の後日談を少し聞いたからね。」
「そうですか。。。」
「櫻はどう思った?」
「もし、その方が今一人だったらお父さんにどうかなって。」
「うーん。多分、今はもうダメだよ。」
「どうして?」
「私は変わってしまった。多分、彼女もね。だから、それはそれでいいんだ。」
「でも、その恋を心にしまっているんですよね。」
「表現が変かもしれないけれど。その恋は本当に熱病みたいだったし、それだけで幸せでそれだけで嫉妬した。でもね。思い出すと、いい思い出が宝箱に入っているみたいで幸せなんだ。」
「え?」
「できればね、私は櫻と坊ちゃんがいつまでも幸せに過ごしてほしいけどね。」
「お父さん、もし、私が先生と別れてしまったら。」
「それは仕方のないことだよ。でも、君が僕の娘であることは変わりはないよ。」


櫻はとても安心した。そして、父の恋愛話はとても興味深く、そして切なかった。
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