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第十六章 最終学年

68、冨田カヨと大杉

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辻と櫻が佐藤邸で談話をしていた日の晩、冨田カヨは上野のバーにいた。

来たのは大杉緑である。

「ああ、富田くん、待たせたかな?」
「いえ、読みたい原稿もあったので。」
「仕事漬けだね。」
「そっちだって。」
「ああ、僕は好きでやってるから。」
「大丈夫なの?」
「何が?」
「特高が目を光らせてるってうちの会社にも検閲が入ったから。」
「そうかあ。君の雑誌にも。」
「大杉さん、書くのどうする?」
「載せてくれる限りは書くよ。」
「そう。」

カヨはため息をついた。
この男は保身をしない。
それが魅力でもあるのだが。

「ねえ。」
「なんだい?」
「新しい恋人とうまくいってる?」
「ああ、今は新しい関係づくりをしてるよ。」
「どういうこと?」
「お互いを縛らない関係の構築だよ。」
「縛らない?どういうこと?大杉さん」
「その名の通りだよ。相手の女性にセカンドパートナーがいてもいいってことさ。」
「え?」
「一夫多妻なんて旧態依然だけどさ、女性側にも自由があっていいじゃないかな?」
「え?どういうこと?」
「だからさ、恋人一人ひとりにお互い縛られないってことさ。」


カヨは唖然とした。
浮気じゃなくて、公然の浮気?

「新しい女ってことね。」
「その通り。」
「私はどうなのかしら?」
「君さえ良ければ、この輪に入りなよ。」


カヨは男性としての大杉が好きだ。
しかし、独り占めできないからある一定の距離を保ってきた。

「そうね。時々楽しむ程度なら。」
「カヨ、って呼んだ方がいい?」

カヨは急に名前で呼ばれたから顔を赤らめてしまった。

「あれ?どうした?」
「なんでもない。」
「恥ずかしがってるだろ。」
「そんなことない。」

この男は女を転がすのが本当にうまい。

「あ、そういえば、辻くんに会ったよ。」
「え?辻さん。」
「そう、久しぶりに連絡が入ってさ。」
「何を話したの?」
「彼のパートナーが会いたがってるから一緒にって。」
「え?」
「ま、まだ若い女学生なんだけどね。」
「知ってるんでしょ。」
「うん。カマかけた。」
「うちで手伝ってもらってる。」
「有能そうな子だね。見栄えもいい。」
「あなたは素直ね。」
「それが僕の特色さ。」
「櫻さんだけはダメよ。」
「わかってるよ。でも、あちらが僕を気に入ったらわからないよ。」
「でも、辻さんのパートナーよ。」
「恋愛はなんでもありなのがいいんだろ。自由恋愛。」


大杉は自分も櫻も囲おうとしているのかもしれない。でも、それを逃れられない。
カヨはもう、大杉のパトロンでもあるのだ。活動費を渡している。原稿料以上の値段で。

だからこそ、櫻に大杉を取られたくないと改めて思ったのであった。
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