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第十六章 最終学年

102、thank you again

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その夜、望月はアグリの書斎に沢山の風船を置いた。
和子がグズっており、子供部屋にこもっていていなかった。


「やあ。」
淳之介が居場所がなく、リビングでソワソワしていた。
「淳之介、どうしたんだい?」
「お父さん。お母さんとおばあちゃんが和子にかかっきりで。」
「そりゃ、赤ちゃんは泣くのが仕事だしな。」
「僕もそうだった?」
「うーん、わからない。」
「えー。どうして?」
「お父さん、東京、行っちゃったから。」
「無責任じゃない?」
「そう言われるとそうかも知れないかもね。」
「お父さん、否定してよ。」
「今は、淳之介も和子も大事だよ。」
「どうして、昔は違ったの?」
「まだお父さんも子供だったのに親になっちゃったからね。」
「子供が親?」
「そう。まだ学生だったから。」
「言い訳?」
「淳之介は鋭いね。」
「お母さん、悲しまなかった?」
「うーん、アグリは昔から強かったから。」
「女性は弱いんじゃないの?」
「うん。それもある。だから、淳之介は優しいお父さんになるといいよ。」
「お父さんも色々あるんだね。」
「そうだな。」


淳之介と話していて、気がついたことがある。
自分はアグリを楽しませることばかり考えていた。
しかし、本当は感謝をすることをおろそおかにしていた。


「あら、男二人でどうしたの?」
和子を抱っこしたアグリがリビングに来た。
「あ、和子は寝たんだね。」
「そう。ご機嫌斜めでね。トントンしておんぶしたわ。」
「ご苦労様。」
「あら、珍しい。」
「いや、ありがとう、いつも。」
「今日は、雪が降るのかしら?」
「君の例えは極端だね。」
「嫌味じゃないのよ。」
「もしよかったら、書斎へみんなで行かないか?」
「いいわよ。淳之介行きましょ。」


親子4人でアグリの書斎に行った。
扉を開けると、アグリは立ち止まった。


「アグリ、どうだい?」

ふと、アグリを見ると泣いている。
「あれ?ダメだった?」
「ううん。」
「どうしたんだい?」
「あのね、昔、外遊から帰ってきた時、亡くなったお父様が風船を膨らましてれたの。私、しぼむのが悲しくて、ずっとずっと部屋に飾ってたわ。」
「じゃあ、これはいいことだった?」
「うん。素敵。」
「アグリ、thank you again」
「こちらこそ。」

中学生になったばかりの淳之介も沢山の風船に喜んでいた。
望月は自分がいる意味を、感謝し、そして幸福の中を味わったのであった。
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