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第十六章 最終学年

101、バルーンソングス

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ある日、帰りの車に乗ると、風船がたくさんおいてあった。

「望月さん、どうしたんですか?」
「ああ、ごめんね。今日、櫻くんを送ったら家に届けるんだ。」
「どうして風船?」
「僕が風船さんだからさ。」
「冗談であげるんですか?誰に?」
「アグリにだよ。」
「先生、喜びます?」
「実はね、2号店の設計図ができたんだ。」
「え!それはすごい。」
「僕の帝国大時代の友達に頼んでたんだけど。」
「どんなところなんですか?」
「船をモチーフにしたんだ。」
「船?」
「そう、僕はいつでもみんなで船出したいからね。」
「ああ、そういう意味。」
「あ、櫻くん、棘があるな。」
「そうじゃないです。」
「いや、櫻くんはちゃんと思ってない。」
「え?」
「アグリにとってこれは大事業なんだ。」

「知ってますよ。」
「僕はね、その度にお祝いしたいんだ。」
「そうですか?」
「夢がないなあ。」
「いや、普通では?」
「物書きになりたいんなら夢を見なきゃ。」
「じゃあ、望月さんの思う風船って?」
「バルーンソングさ。」
「歌?」
「そう。この風船と共に、詩を吟じる。」
「即興ですか?」
「ううん。今回は考えてあるんだ。」
「計画的な望月さんなんて意外ですね。」
「パッと閃いたんだよ。」
「パッと?」
「そう。だからね、メロディはないけど、彼女に捧げるよ。」
「まあ、一人の女性だけにしておいてくださいね。」
「あー。櫻くん痛いとこつくな。」
「だって、望月家の繁栄を願ってるのは私ですから。」
「僕の心はいつもアグリにあるよ。」
「なら、なんで先生以外の女性と会うんですか?」
「求める女性がいたらそばにいるだろ。」
「いません。」
「まあ、辻くんも変わったしね。」
「変わった?」
「櫻くん以外とはぜんぜん会わない。」
「それが誠実というものです。」
「でも、僕なりの誠実だよ。アグリにとって、一番の男である自負はある。」
「うーん。まあ、いいけど。」
「とおいうことで、櫻くんは参加できないけど、僕の吟じた詩は明日の朝、聴かせるよ。」
「いいんですか?」
「ああ、アグリに聞かせたら玉手箱は開くからね。」
「本当、忙しい人ですね。」


望月の風船というプレゼントをアグリが笑顔で受け取る姿が目に浮かんだ。
望月家がますますいい雰囲気なるような気がして、櫻は嬉しかった。
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