華族の悪役夫人に転生。復讐されないよう、家庭円満を目指します。

いんげん

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ご褒美

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「っ!」

なぜ、なぜ、貴方様が此処ここに?

一瞬だけ死神のお迎えかと思いました。

だって、衣装もそれっぽい。

神は、レトロで雰囲気たっぷりの、漆黒しっこくのトンビコートを着ています。
ロングコートの上にケープが付いているような、このコートは、昭和の文豪ぶんごうか映画の中でしか見たことがないです。
しかも、黒皮の手袋までしていらっしゃる。

暴力。
こんなの凝視せずにいられません。

そして、服装に負けない顔。

神の御尊顔ごそんがんは、既存の言葉では言い表せない。
どんな服、どんな設定にも負けないお顔だ。

小さくて形の良い、シャープな輪郭。
力強く上がっている立派な眉、睨みつけるような釣り目。高い鼻。
ニヤリと笑う大きな口。

憑依型ひょういがたの俳優として世間に知られ、唯一無二の存在感がある。

世間は『くせが強すぎる』とか『正統派イケメンではない』とか『ブキミ、暗そう』など詰まらないことをベラベラ述べる。
だが、この没個性ぼつこせいの風潮のなか、個性の塊たる神のカリスマ性は凄まじい。

そして、神は年齢をかさねるごとに、いろんな一面を見せてくれるようになった。
デビュー当初は、平和な作品に呼ばれなかった神。
殺人鬼とか、暗殺者とか、死神とかイロモノばかり演じていたけれど、最近はファミリードラマでパパやったり、時代劇でちょんまげ姿を披露したり、BLドラマ出たり、声優したりしていた。

「……」

神は、呆然ぼうぜんとしたお顔で、コートと手袋を手早く脱ぐと、応接セットのソファに投げた。

お目見えした高級なスーツがまた良い。厚く上質な生地であつらえられている。絶対オーダーメイドだ。
186センチの高身長と、あの手足の長さ、胸板の厚さは既製品の規格にはない。

そして癖毛を抑え込んだオールバックの髪型も艶やかで良き。


あぁ、何という貫禄かんろく
サイコパスな思想犯? ヤクザ幹部? 傲慢ごうまんな会社の役員?
何を演じているのだろう?
冷酷な雰囲気が立ち込めている。

良い。
脅されたい。
有り金すべて上納したい。
魂を売りたい。
彼の代わりに警察に出頭したい。

「目が覚めたのか」

入ってきた瞬間、私と目が合い、一瞬だけ神の眉が上がった。
本当に些細ささいな動きだった。
神の細部にわたる細かい演技が冴えている。
 
「大丈夫か」
声が良い。本当に声が良い。
心臓に響く艶々ボイスのせいで鼓膜が溶けます!

何と良い夢でしょうか。
きっと、私の情けない最後に神様が同情して、良い夢をみせてくれているんだ。
今、私の肉体は、救急車の中か、病院のベッドで幕を閉じようとしているのだ。

最後のご褒美を、楽しみつくさなければ!

「おい……」

おい、ですって。
眉を寄せた神の眼力は、鋭く恐ろしい。
元々、彫りが深くて、陰影に富むお顔が更に迫力を増している。
多分何人か殺ってるし、妙な呪術が使えるに違いない。

あぁ……堪らない!
 
尊さにもだえたくなった私が、胸元をギュッと握りしめると、神が駆けつけた。

ふわりと香る整髪剤の匂い。

えっ、ちょ、近い、近いですよ。

髪の一本一本、肌の肌理まで見える。張りがあるが寝不足でくまのできた少し不健康そうな血色が、完璧に再現されている。
 
これは、どんな高精細なテレビでも映画館でも見られませんよ!
   
しかも、手が、手が触れています! 
硬くて大きな手が、横たわる私の額に乗せられました。
温かい。
神の手は、荒れているけど、とても温かいです。
 
「おい、誰か!」

神の手が離れ、枕元のベルが鳴らされた。 
ボソボソ話しているように見えるのに、よく通る艶のあるお声が近距離で発せられ、私の体に響きます。

胸熱です。
感動で、思わず涙が浮かんできました。

「なっ……」

ホロホロと涙を流し始めた私に、神がぎょっと目を剥いた。
少し狼狽えた様子で、神はベルを足元に放り投げ、覆いかぶさるように私を観察した。

怖い顔をしているけれど、どこか怖くなりきれていない。
珍しく不器用なお顔だ。
長い指が空中で虫のように動いている。

「?」 

夢なら、夢なら良いよね。

夢なら触れても、犯罪じゃないよね?

私は、ドキドキしながら、ゆっくりと腕を持ち上げた。

彼氏など居たことが無い。
男性に個人的な接触など、もちろんない。

だけど、今は夢なのだ。
 
ふわり、布団からは、おばあちゃんの家にあった固形石鹸の匂いと、お日様の匂いがした。
 
動かしたせいで、左手の点滴が、とても痛い。
夢のくせに、リアリティがありすぎる。

「……っ」

私の伸ばした手を、神が目で追っている。
そして、指先が神の頬に触れた。
冷たかった。
外の寒さの残った肌だ。
細身のお顔は、柔らかさは少ない。

「……」

拒否はされていないけれど、すごく困惑していらっしゃる。
顔に、体に、力が入っている。

それは、近距離で見るに堪えない顔ですよね。
分かります。

申し訳ありません。
 
でも、これは、私の妄想。 

もう少しだけ。

欲を出して、両手で神の頬を包んだ。

満ち溢れる、多幸感。
心臓から眩しい光がにじみ出してくる。

あぁ、なんたる幸せ。

「ふふふ」

思わず、満足げに嘆息たんそくして笑ったら、神のお顔が険しくなった。

「……何を笑っている」

神は、私の手を振り払うように、顔を背けた。
でも、離れていかないのは、私の妄想ゆえだろう。

「……すいません、ご迷惑ですよね」
「……」

さぁ、これで満足した。
三途の川は、泳いで渡るんだったかな?
できれば、ビート板など貸していただければ嬉しいです。

「最後にお会いできて、嬉しかったです」

私が手を引くと、反らされていた顔が私に向けられた。
漆黒の瞳が揺れている。
慈悲など無さそうな冷徹な神が、すこし幼く頼りなく見えた。

「更なる成功をお祈りしています」 
 
私の手は、ベットにパタリと落ちた。
神の視線が、私の腕に向かい、怒った顔をした。

「くだらない。縁起でもないことを……」

神は、唸るようなため息を吐いてベッドの反対側に回り、ハンカチを取り出した。綺麗にプレスされた真っ白のハンカチ。
いや、今の雰囲気から言うとハンカチーフが私の腕に置かれた。

「……」
点滴が抜けて、血が流れていた。
ハンカチーフが血に染まっていく。
心臓を握りつぶしそうな顔しているのに、そっとハンカチの上に神の手が乗せられた。

神は、お世辞にも目つきが良いとは言えない。
最高に鋭い眼光なのだ。
その目が、私の腕に注がれている。
そして、圧迫力が増した。妙にたどたどしい手つきである。
ちらり、神の視線が私に向けられた。

「でも、これは……最後に見ている夢ですよね?最後だから、出てきてくれたんですよね?」

ありがとうございます、と万感の思いで微笑むと、神は表情を無くして
「……違う。そもそも、君が最後に会いたいのが私なはずないだろう」
と、歯切れ悪くつぶやいた。

そして、すぐに部屋に人がやって来たので、私たちの注意はそちらへ向かった。


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