華族の悪役夫人に転生。復讐されないよう、家庭円満を目指します。

いんげん

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絹子です。

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それからは、大変だった。
もう元気なのに、24時間、完全に監視されて看護されてしまった。
用を足すにも、お風呂に入るにも、ずっと、ずっと誰かが側に居た。

しかも、一日に何度も、名前を聞かれ、色々と質問された。

「わかりました。私、三神 絹子で間違いありません。大丈夫です。ちょっと、頭が混乱していただけです」

現状打破の為に、彼らが求める回答を徹底した。

それに、この世界が夢だというのも、無理がある気がしてきた。
いくらなんでも、長すぎるし、リアルすぎる。

もはや、私が自認するこの世界は『灰の血族』なのだ。
私は『灰の血族』の世界に生きていると感じているのだ。

我思う、ゆえに我在りだ。

だからと言って、なぜ絹子きぬこに成り代わってしまったのだろう。
何のために?

よいさまを助ける為に?」

毎日、朝と夜に現れる彼は、神ではなく宵さまだ。
俳優の彼ではなく、宵さまなのだ。

「宵さま、私、屋敷に帰りたいです。息子たちも心配ですし」

仕事帰りに現れた宵さまに懇願こんがんした。
ベッドの上で正座して、手をついて頭も下げた。

「……」

宵さまは、黒革の手袋を引き抜きながら、真顔で私を見下ろしている。
端々まで注意深く観察されている。

「……」

宵さまの長い指が、ゆっくり現れる。
お互いに息もせず、沈黙の空気圧を押しあっているようだった。

段々と、宵さまの眉が寄っていく。

「お医者様も、まぁ、そろそろと言ってくださっています。私、赤ちゃんのお世話は自信がありませんが、やる気はあります!」
「いや、君が世話することもないだろう、今まで通り女中や乳母たちに任せれば良い」

宵さまは、応接セットのソファに、脱いだコート、手袋、帽子と重ねていった。
彼は、貧しい東北の農村出身だけど、8歳で奉公ほうこうに出され、必死に働き、チャンスを掴み海外まで飛び出した。
その先でも、苦労を重ね、今の地位がある。

元々は、粗雑な少年だったようだが、生きるために正しい振る舞いを身に着けた。

映画の中では、敵とみなした相手や、心許した人間には荒々しい一面も見せていた。
絹子とのシーンでは、一切無駄に動かず、言葉も不必要に交わしていなかった。

「そこを何とか、育児に参加させていただきたいです」

正座をくずして、ベッドから足をだした。
床に揃えられた下駄は、病院で履くには上等すぎるほど綺麗だ。
今、身にまとっている浴衣ゆかたも。

「……必要ない。君には不自由させないと約束をした。君は、不可欠な場面で、私の妻として振舞ってくれればそれでいい」

宵さまは、私から逃げるように暖炉へと近づいた。
背が高い宵さまは、少し猫背になりやすい。
現代でも扉やテーブルは、サイズが合いそうにないのに、この大正時代風の世界では苦労するだろうと、その背中に同情した。

「私が二人を育てるのは、御迷惑になりますか?」

不慣れな下駄を苦労して履いて、立ち上がった。
私が立ったことを察し、宵さまは振り向き、ほんの少し左手を広げた。
まるで、子供が転ばないように心配する手だ。

心が、妙にむずかる。

宵さまが心配しているのは、華族の中でも、やんごとない生まれの、麗しき絹子なのだ。
ど平民、ど平凡の私ではない。

「迷惑……ではないが。 そもそも、君はそんな事に興味はなかっただろう」
「ほ、本当はあったんです、興味。でも、自信がなくて言い出せなかったのです」
「自信がない? 君が?」

宵さまが、鼻で笑った。

そう、確かに絹子は、傲慢なキャラだった。
誇り高き生まれを鼻にかける、嫌な女だった。
セリフは多くなかったけど、冷たさが画面からビンビン伝わって来た。

子供たちには基本的に興味がないくせに、一々しゃしゃり出てきて、余計なことをした。

「い、今までの事は忘れてください。死に瀕して心を入れ替えたのです」

ここで引いては駄目だ。
重要な局面だ。
これが授業なら『絶対にテストに出るところ!』だ。
宵さまは、何度も瞬いて私を凝視している。
明らかにいぶかしんでいる。

「確かに、君は……入院して以降、人が変わったようだ……やはり、まだ回復していないのではないか」
「違います! 違いますよ! 頭は大丈夫です。確かに熱のせいで、少し忘れてしまった事などあると思いますが、正常です」
「……」

分からないことは、高熱を出したせいということに無理やりする。
周りは、眉を顰めるだろうが、まだ人体の機能とかちゃんと解明されていない時代のフワフワした部分に賭けたい。

「宵さまには、申し訳ありませんが」
「何がだ」
「いえ、多分……やんごとない華族の婦人らしさが薄れてしまった気がいたします。言葉遣いもあっているのか、間違っているのか――私、おかしいでしょうか?」
「あぁ、おかしい」

頷く宵さまの顔は、口角が上がっていた。

「礼儀作法や、その他諸々は、もう一度、学びなおします」

言ってはみたものの、スマホが無いから、すぐになんでも調べられない。
動画で確認できない。
録画も録音もできないから、頭に叩き込まないとならない。
なんて、不便な世の中なんだろう。
思わず、頭を抱えた。

「……おい」
宵さまの体が、覗き込むように傾いた。

「あ、あの。でも、良くなった面もあるかも知れませんし、とにかく捨てないでください。末永く、家族四人で頑張りましょう」
「……四人」

しまった、宵さまの養父母も入れたら、家族は六人だった。
映画で見る三神家は、ものすごく大きかった。同じ敷地内の別の屋敷だったけど。

「すいません」

でも、ちょっと養父さんは好きになれそうもない。
だって、映画でも諸悪しょあくの根源みたいな方だった。
できるだけ、距離を置きたい。

「……」
「宵さま?」

物思いにふけっていそうな彼の顔の前で手を振った。背伸びをすると下駄のバランスは難しい。

「君の言う、自分は絹子じゃないという言葉、確かにそうなのかもしれない」

見透かすような宵さまの視線に震え上がった。

「なっ、何をおっしゃいますか! 絹子です」

胸に手を当てて、映画の中のような冷たい絹子の顔をした。
もう、24時間監視生活は嫌だ。
それに、この時代の病院は少し、キツイ。
病に苦しむ人が、死が身近過ぎる。

「確かに、君は、どこから見ても絹子だが」
「ですよね。絹子です」
「中身が全く別物だ。私は、今まで君とこんなに言葉を交わしたことがない」
「それは、交わしてなかったから気が付かなかった私の一面が、今、まさに見えたのです。いわば、私は裏絹子です」

滅茶苦茶な理論を振りかざしながら、ふと思った。
本物の絹子は何処へ行ってしまったのだろう?
消えてしまった?
それとも、まだ此処にいるのだろうか?
もしも、私の使命が運命を変える事なら、その後、絹子は帰ってくるのだろうか?
私が、絹子を奪ってしまっている?

「随分、明るい裏の顔だな」
また、宵さまは鼻で笑った。
「……」
「なんだ、気分を害したのか」
「……いえ、ただ……頭の熱みたいなのが収まったら、表絹子に戻れるかもしれないな、と思って」
「……」
宵さまは、私から顔を反らしてソファに向かった。

「それまで、それまででいいので、普通の家族のようにすごしませんか?お花の華族ではなくて、庶民のような家族です。あぁ、宵さまはお仕事があると思うので、少しで良いので」

私がベラベラ話すのを聞いてはいるけど、リアクションは無く、宵さまは帽子を被り、帰り支度を始めた。
あぁ、やっぱり駄目か。
明日は、もう少し、お淑やかに口数少なく、小難しい言葉で頼んでみようかな。
背を向けている宵さまに口を尖らせた。

「……もう行く」

宵さまは振り返らなかった。

少し、雰囲気が怖くて、小さな声で「いってらっしゃいませ」とつぶやいた。

□□□□

そのあと、少し落ち込んでいると、宵さまと入れ替わりにやってきた先生が言った。

「三神様、明日、退院となりますがよろしいですか?」
「本当ですか⁉」
「でも、明日は仏滅なんですよね」
先生が、真面目に言うので驚いた。
「ぜんぜん、問題ありません!」
「そうですか? あ、あと、ご主人が、君の希望は極力叶える約束だと伝えてくれと、何のお話でしょうか?」
「えっ……あ、あー」
もしかして、さっきの話だろうか?
普通の家族になりたいって話、受けてくれたの?
「あ、ありがとうございます!」
嬉しくて、思いっきり頭を下げた。
「へ?」
「先生、大変お世話になりました!この御恩は忘れません。あと……夫にはぜひ、妻はそのうち元に戻ると言ってあげてください」
「は、はぁ」
先生は、訳が分からない顔で頷いた。
「よし、がんばるぞ」

ファミリーに、明るい未来を。
塾講師とは少し違う仕事だけど、転職したと思おう。

とにかく家族で潰しあわないこと、足を引っ張りあわないことを徹底しよう。
憎しみ合わない、殺し合わない家族!





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