鴨の巫女と、雪の軍神

いんげん

文字の大きさ
6 / 57
旅立ち編

睡と永尾景之

しおりを挟む

神域よりも、橋のこちら側の方が人が多く賑やかだ。

しかし、神宮内の入口には、衛士が立ち、それなりの身なりでないと立ち入りを許さない為、治安が良い。

大名の逗留する屋敷、出店、行商人、大道芸人など見所が満載で街道は活気にあふれている。
建物自体は色彩に乏しい木造だが、店の暖簾や、行商人が背負う旗が、色とりどりで鮮やかだ。

「巫女様だ!!」
「ありがたや、ありがたや」

時折、巫女や神獣が現れると、人々は歓喜し、涙を流す者も少なくない。

「睡さま、あちらに」

連れ添うように歩いていたお艶が、一歩前に出て、人並みのを指し示した。

大勢の中でも、ひと際、存在感がある――永尾景之だった。
後ろには、側近の男が付き従っている。

景之は、立派な体格をし、動きに品があるため遠目でもよく分かった。
そして見目もよく、覇気があり、睡に負けず劣らず衆目を集めていた。

「あっ……」

向こうも睡に気が付いた。
目が合うと、景之は微笑み、睡は首をぶんっと横に向けた。

「……睡さま」

お艶が呆れたような目をしている。

「あの人、こ、こっち来そう?」
「はい、的を定めたように、まっすぐ此方に向かって歩いて来ます」

睡は、にわかに腕を、さわさわ動かしたのち、姿勢を正し、景之を見ないように逆側に歩き始めた。

「んって顔してますよ、越後守が。あーやっぱり来ますね。なんでそんな態度なんですか?」
「な、なんでって……そう、なんでよ」

むっと眉間にしわを寄せたかと思うと、今度は、ずんずんと景之に向かっていった。

「先ほどは、神獣様の卵を賜りまして」

二人が相対した時、景之が頭を下げて礼を言った。

「そうなの、賜ったのよ、今さっきそうしたの!」

食い掛る勢いで、彼を指さし、言い放った睡に、景之が目をむいている。

「さて、何のお話でしょうか」
「あなた、お米は好き?麦は? あっ、麦って言っても、そこらの麦とは違うの、すごくおいしいのよ」
「ええ、もちろん、好きです」

睡の唐突な話にも、景之は余裕の微笑みで返した。

「でしょう、お米も麦も嫌いな人なんていないわよね」
「はい」
「貰って困ることもないでしょう」
「そうですね」
「でも、ちょっと重いし嵩張るのよ。蔵、何個分なのかしら?でも、さっき力持ちそうなのが沢山いた気がするの。貴方以外、よく見てなかったけど。まぁ、とにかく持って帰れるだけ持って帰って」

身振り手振りをくわえながら、言い切った睡は満足そうに笑った。

「……」

微笑んだままの景之が、時を止めている。

「巫女様が指揮して御作りになった、米と麦を、兵糧として恩賜なさいました」

主人は景之の困惑に気付かず、ふぅー、と深呼吸を始めたので、お艶が補足をした。

「それは……なんとお礼を申し上げたら良いものか」

景之が芝居のように両手を広げ驚いた顔を作った。

「それで、その、あれよ。どうなったの?」
「あれ、とは何のことでしょうか」
「もー、神祇官に金子きんすを握らせて面会した巫女と、うまく話は纏まりそうなの?誰か来てくれそう?今の婚礼しそうな年齢の子たちよね、みんな、ちょっと物欲とか強めだから、贈り物大事よね」
「金子を握らせて……面会ですか」
「巫女様!」

自らの予想を、あたかも事実のように語られ、お艶の顔が般若に変わった。

「あなたの越後は、鬼が来そうで、巫女が必要なんでしょう? だれか色よい返事をしてくれたの?」

先ほどまでの勢いを失った睡が、顔を伏せて聞いた。

「いいえ、誰ともお会いしておりません」
「どうしてよ、会ってもくれないの⁉」

ばっと顔をあげると、困ったように眉を下げている景之と目が合った。

「いえ、今回は」
「私が話をしてみましょうか? 見ての通り、もうずっと此処にいて、あの子たちの姉やら母みたいな感じになってるから、頼めば会ってはくれると思うの。そこから先は、婚姻だし、戦だし、ちょっと、強制できないけど……」

睡が巫女として神宮に来て、最初の頃こそは、馬鹿にされていたが、長く居る間に巫女の間での立ち位置も変わってきた。

最近では、すごく好かれるか、遠目に鬱陶しがられるかどちらかだった。

「ありがとうございます。しかし、今まで文にて交渉にあたりましたが、結果実らず。今年は巫女様を求めてきたわけではないのです」
「じゃあ、何を」

哀れな気持ちで見上げた景之が強い目をしていた。

どきり、騒いだ胸元を握りしめ、睡は唇をかんで言葉を待った。

「純粋に参拝に参りました。戦の勝利と、領地の安寧を祈りました。巫女様のおかげで、とても良い気分です。きっと、上手くいくと天に暗示された気がいたします」

景之の声にも表情にも曇りがなかった。

その透明な笑顔が、強く頭に焼き付いた。

「でも、鬼って強いのでしょう?私は見たことがないけれど、人の何倍も大きく穢れを撒きながら集団でやってくるのよね?神獣が居ても、大きな被害だと聞きます」
「それでも、勝ちます。――必ず」

景之が握りしめた拳は、分厚く傷だらけだった。
よく見ると顔にも幾筋かの怪我の跡が残っている。

睡は、水で荒れることもない自らの手を見下ろし、恥ずかしくなった。

「何か、私にも出来ることは、ありませんか」
「ありがとうございます、巫女様。お恥ずかしながら、わが領地は米が安定的に取れず困っていたのです。なので、まさに渡りに船。有難く頂戴いたします」

景之が、もう一度、深々と頭を下げた。

「そう、では……これから植える稲がそだって、収穫出来たら」
 
秋が深まれば。
鬼が進む。

侵略した土地に生まれた鬼は大きくなり、食べるものが何もなくなったら、冬を迎える前にやってくる。そう聞いていた。


今は、春を迎えたばかり。

次の収穫の秋、越後は鬼との戦場となっている可能性が高い。

そうなれば、この人は……。
恐ろしい未来に首をふった。

「あのね、ネギ……私の神獣の鴨は、少しは賢くて、飛ぶのがとても速いの」

睡が努めて明るい笑顔で、飛ぶ真似をすると、景之が楽しそうに目を見張った。

「きっと手紙を持たせたら、あっという間に届けてくれるから、収穫のお知らせをするわ。お城のどこかに鴨の絵を描いた旗を立てておいて」
「はい、楽しみにしております」

睡は、滲んでくる涙を流さないように、目に力を入れた。

平和で豊かな高天原神宮では、俗世の戦や、苦難とは遠い。

死地に向かう人間になど、会ったことがなかった。

「美しい字で御礼状を書いてね。ちゃんと句も読んで」

踵を返して、景之に背を向けた。

「それは、すこし苦手です。笑わないでください」
「笑うわ。楽しいことに飢えてるの。だから、必ずよ」

睡は声が震えてしまい、逃げるように走り出した。
 



 



 
 


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

ガネット・フォルンは愛されたい

アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。 子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。 元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。 それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。 私も誰かに一途に愛されたかった。 ❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。 ❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...