お節介ヘルパー、中華風世界でお騒がせ者になる。

いんげん

文字の大きさ
1 / 1

はじまり

しおりを挟む
 おばあさんが、目薬を飲んでいました。
 
 しかし、訪問介護ヘルパー、塚田 メイは動じない。よくある事だ。

「田中さん、こんにちは。訪問介護サービス、メイドのみやげがら来ました、塚田です。お邪魔しまーす」
 
 団地の狭い玄関先から、室内のコタツに座っている利用者のところまで、彼女は道なき道を切り開く。点々と落ちているテッシュは、ゴミ箱に、シュート。入らない。仕方なく追いかけて、ダンク。

 衣類を拾い、新体操のリボンのようにクルクルと回しながら、一か所に纏める。
 五メートル先が遠いがメイはノリノリでステップを踏んでいる。
 彼女は、所内でも一風変わったヘルパーだった。よく言えば気負わない、悪く言えばガサツ。よく言えば、誰も見捨てない。悪く言えばお節介。他所でお断りされた案件も、一手に引き受けている。

「ちゅ、ちゅー」
「田中さん、お腹すいた? それとも口さみしい感じ?」
「一人は気楽よ」
 
 二人の会話は微妙に嚙みあわない。

 おばあさんは、再び目薬を吸い始めた。
 メイには、目薬が、ちゅーちゅーアイスのように見えてきた。そう思うと、妙に可愛らしい。

 おばあさんこと、田中さんは、御年83歳。ご主人は、十年以上前に亡くなり、一人娘は遠く離れた場所で暮らしている。一年前に骨折をして足腰の弱った彼女がエレベーターのない団地の四階で暮らすのは、苦労が多い。故に、外に出なくなり、身体機能と認知機能は急速に悪化している。しかし、彼女は自宅での生活を強く希望している。
 
 高齢者の中には、思い入れのある自宅でに暮らしたいという人も多い。そして、もう少し症状が進むと、子供のころ暮らした思い出の中の家に帰りたいという。
 
「もう、お母さんいい加減にして。元気だったあの頃には戻らないんだから」「いい加減あきらめて、引っ越そう。うちの近くのホームとか色々探してるから」娘さんの悲痛な訴えが、メイの耳に残っている。
 シングルマザーで仕事と家事をこなしながら、大学生と高校生のお子さんが4人いるらしい。もう大きいと言えばそれまでだが、雑事は沢山ある。そこに遠方に住む高齢の母親の世話。メイは、想像するだけで眩暈がしそうだった。

「今日もドラマ見る?田中さんのお陰で中国時代劇ロマンスに詳しくなったよ」

 部屋の使い終わった食器を集めながら、テレビのリモコンを操作し、田中娘が契約している動画配信サービスをつけた。
 そして画面にくぎ付けになった隙に、目薬を預かった。

「この若い子たち皆、綺麗な顔してるわよねぇ」
「本当ですよね。でも、大体、最後皆殺しになるのなんでなんですかね。しかも、オープニングの映像で大体ネタバレしてくるし。それが親切設計なんですか?あと、あのよく女性がビーシャーって叫んでるの何て言ってるの?」
「あー、あれね。何だったかしら?」
「あ、それと両手をペンギンみたいにすると、絶対飛びますよね。昔の中国の人って飛べたんですかね」
「それは、あなた。無理でしょう。馬鹿なの?」
 
 冗談で言ったら。至極真面目な顔で返され、笑い上戸のメイは笑いが止まらなくなった。
 洗い物スポンジから、泡が増産されていく。

「駄目、笑いすぎて腹筋われちゃう。あー、お腹痛い。ひー、あ、じゃあ、そうだ。あれ今度やりますか。お風呂のお花。湯舟にこれでもかってお花の花びら入れるじゃないですか」
「まぁ、素敵ね」
「事務所の隣の葬儀屋さんにお花よく貰うんですよね」
「棺桶風呂ね」
「極楽、極楽って!まだ逝かないで下さいよ。田中さんは、私の数少ない平和な利用者さんなんだから。高齢者の自虐ボケ強すぎです。あっ、ボケって認知の方じゃなくて漫才の方で」
「あなた、よく失礼な人って言われない?」
「なんで知ってるんですか」
「何となくね。あっ、静かにして。良いシーンだから」
「はーい」

 一件にかけられる時間は、大体30分。メイは、手早く用事をすませ、部屋を見回した。

「……なに?」

 妙に派手な金の箱が目に入った。
 一度気になると、今まで目に入らなかったことが不思議なくらいに存在感のある箱だった。
 ティッシュ箱くらいの箱は、黒い光沢のある漢字が書かれている。『投胎 愿望 手镯』色々と書かれているが、ピンとこなかった。

「田中さん、これ……なんですか?今まで無かったですよね」
「ああ、それね。こないだ買ったの。お家に来てくれた細長い若いお兄さんが、願いが叶う霊験あらたかな物だっていうの」
「んー!」
 思わず、目をひん剥いたメイだったが、どうどう、と自らを落ち着かせた。
「三千年前だか何だかのお墓から持って来たんですって」
「えっ、墓泥棒? じゃなくて。えーっと、ちなみにおいくらくらい……」
「……」
 沈黙し、目を伏せる相手に、メイの鼓動が粗ぶった。
 どっこ、どっこ、馬のように走り出す心臓。
 テレビで流れる馬に乗って走るヒーローが「ちゃー、ちゃー」と叫んでいる。

「ちょっと、見せてくださいねぇ」
「……」
 箱を開く。
 お目見えする、赤いベロア素材の上に鎮座する、淡い緑色の翡翠の腕輪。
 メイの目線が、田中に注がれた。

「五千円くらい?」
「……」
 特別高価じゃない買い物なら、大騒ぎする案件ではない。
 怪しい訪問販売が来ていたので注意してくださいと家族に連絡するくらいだ。

「んー、奮発して一万円で!」
「……」
 田中の小さな背中がもっと丸くなて、更にコタツに埋まっていく。

「まさか、三万くらい?」
「そんなに安くなかった!箪笥のお金全部出したもの!」
「それって幾らですかー⁉」
「封筒パンパンよ!帯ついてた。もう、知らない!」
「あー、すいません。わかりました。私が娘さんに……とか言ってると遅い?これって先週は無かったから、買って一週間くらい?クーリングオフできる?名刺とか無いですか?これを買った人の素性がわかるものは」
「……あ、底に保証書が入ってるって」
 烈火のごとく、箱を漁り、邪魔だった腕輪をはめて、底を漁った。

「あった!」
 おそらく、百万もしたであろう腕輪の保証書はペラペラのコピー用紙で、開くとガサガサ音をたてた。

 【政府御用達。来世の望み叶う、神秘の秘宝。始皇帝の墓から来た。翡翠の腕輪。これで来世は安泰】

「なんじゃこりゃ!」
「思い出した。この腕輪売ってくれた人、モヤシみたいに細長いお兄さん。今度駅前のデパートで物産展にも出るって」
「どういうこと⁉ え、駅前のデパートって、今日店じまいですよね⁉ えっちょ……あ、とりあえず、行ってきます!」

 メイは、走り出した。
 持ってきたリュックを背負いながら、団地の四階から駆け下りた。
 途中、スマホを取り出して、事務所に電話を掛けた。

『はい、こちら。介護でお困りの方に真心をお届けします、訪問介護のメイドの土産、伊藤がお伺いします』
「あのー! 塚田ですけど、あれです!大変なんです。モヤシが……デパートで。でも今日でデパートおしまいだし。物産展で見つけないと!百万なんです!」

 電話をとった新人パート、伊藤の脳内は混乱を極めた。
 電話口を離したのか、伊藤の小さな声が聞こえてくる。

『所長!多分、塚田さんなんですけど、何言ってんのか全然わかりません。デパートがどうだとか……』
 
 その間にメイは地上に降り立ち、乗って来たママチャリのカゴにスマホを投げ込んだ。
 そして、力いっぱいペダルをこぎ出した。

「ちゃー、ちゃー!」
 馬にまたがるヒーローのように、叫び、ハンドルを叩くと、着けてきてしまった腕輪がガツガツと音をたてた。

『あー、塚田ちゃんまた暴走しはじめちゃった?』
 所長の声が、遠くに聞こえた。

『塚田さん、聞こえますか?あの、業務に戻ってくれますか?』
『まぁ、ちょっと放っておいてもいいよ』
『え、だって、皆さん予定パンパンなのでは?』
『塚田ちゃんは別。特別な利用者さんの所ばっかりだから。今日もこのあと、きっと茶色の粘土のお掃除だし。ちょっとくらいデパート行ってもよし』
『は、はぁ』
『塚田ちゃん、聞こえる? くれぐれも交通事故には気を付けて』

「はーーい!!」
 五十年前に建った団地の道は、ぼこぼこしている。自転車が跳ねる。

『……あの子のブレーキ役がいると良いんだけどねぇ』
 電話が切れる前、所長がつぶやいた。
 お節介で、猪突猛進。こうと決めたら止まらない。そんな彼女を今日まで上手く使っている所長は、メイの事を親のように心配していた。
 
 そして、その心配は見事に的中していた。

「ブレーキが、効かない!! 自転車が止まらないい!」

 長い坂を自転車はノーブレーキで駆け下りていく。
 目の前に見えるフェンスの先。
 その3メートル直下は、線路だ。

「ちゃーーー! て何だ! こうなったら、軽功!」

 説明しよう。
 軽功とは、中国時代劇ドラマでよく出てくる技である。
 武功を極めたキャラが、ひと蹴りで屋根の上に軽々と飛び乗る、いわば飛行術のようなものだ。
 その際には、彼らの腕は総じてペンギンのようなポーズを取る。
 あれはワイヤーで釣られる際にバランスが取れるカッコイイポーズ、なのだろうか。

 腐敗したフェンスは、いとも簡単に崩れ落ち。

 自転車は宙を舞い。

 メイは、ハンドルから手を離し、軽功のポーズを取った。

「飛べろぉぉ!」

 彼女の背に、ワイヤーは無い。

 しかし、腕輪がキラリと光り、その光は蜘蛛の糸のように天へと届いた。



 はたして、田中の買った腕輪は紛い物だったのか?

 メイの来世は、安泰なのか。




 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...