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第三十九話 誤解

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「それにしても、寧々は変わってないね」
「うそ、そんなことない。大人っぽくなってるはず」
 寧々の言葉に、二人が黙って目を逸らした。

「え? 八年も経ったんだよ」
「相変わらず寧々は、とっても可愛いよ」
 ニコニコと微笑んで琳士が言った。
「懐かしい! 琳士とおじいさまが可愛い可愛いって言ってくれてたから、私、凄い勘違いしてたんだから」
「え? 寧々が可愛くないなら誰が可愛いの?」
 琳士がキョトンとした顔をしている。

「琳士が変わってないの嬉しい」
「……まぁ、お前は、見た目だけは薄幸のご令嬢だよな。中身は頑固で突拍子もないところがあるが」
「寧々は、今でも凄く可愛い。だから、兄さんとやり直しなよ」
「は?」
 琳士が、笑顔で寧々の膝の上に置かれた手を取った。
「おい、琳士……」
「あの男より寧々を大事にしてくれるよ」
「ちょっと、琳士……冗談は……」
「あっ……噂の男が来た」
  寧々には何も聞こえなかったが、匠と琳士が反応をして立ち上がった。
「あの、詠臣さんは、本当に違いますから……」
 寧々はドアの方に向かおうとする匠のTシャツを掴んだ。
「……」
 匠の表情は、険しいままだった。
 
「寧々!」
 外から詠臣の声が聞こえた。
「詠臣さん!」
 寧々は、匠のシャツを離して、ドアに向かおうとしたが、途中で匠に止められ抱き上げられた。
「匠さん⁉ 下ろしてください」
「寧々!」
 簡素な家のドアを蹴破るように詠臣が入って来た。
 朝は綺麗に後ろへ撫でつけられていた短い髪が、乱れて汗に濡れている。
 素早く部屋全体に視線を走らせた詠臣は、匠に拘束されている寧々を見つけ、その前に立ちはだかる琳士に腕を上げて構えた。

「寧々を返して貰います」
「それはこっちの台詞だよ」
 琳士がニヤっと笑い、詠臣に対峙するように構えた。
「琳士やめて、違うってば!」
 寧々が匠の腕の中から抜け出そうとするが、叶わず二人に手を伸ばした。
 先に動いたのは琳士だった。詠臣より長い腕が撃ち込まれるが、詠臣はガードしながら冷静に避けて、フェイントを挟み隙が出来た鳩尾付近を狙ったが、反応が早く、浅く打撃しただけだった。
 しかし、重心がぶれた所を容赦なく踏み込んで、後ろのテーブルの上に突き倒した。
 テーブルの上の物が音を立てて落ちていく。

「詠臣さん! 駄目!」
「ってー、最近動いてなかったの……マジで反省だわ」
 押しつけられた琳士がぼやく。
「動くな」
 何処から取り出したのか、匠が寧々を抱いている反対の手で詠臣に銃口をむけていた。
 SDIも周辺国も、海岸から五㎞は軍人の武装が許可されている。漁業関係者も登録制で許可された武器の携帯が許されている。もちろん、対海竜の使用に限られた事だが。
「匠さん……」
「これは一体何の真似ですか」
 琳士の上から退いた詠臣が、匠に向き合った。
 寧々が見たことない程、詠臣の目が血走っている。対する匠は、少しだけ口角を上げて笑っている。
「……」
 寧々は、匠の持つ銃に手を伸ばそうとしたけれど、胸に抱き込まれ届かない。仕方なく、その手を匠の頬に当てて、此方を向かせた。少し驚いた表情の匠に見下ろされた。

「おじさんです……出所した、おじさんが来たんです」
「……」
 匠が舌打ちををして目を閉じて天を仰いだ。その隙に近づいた詠臣が、寧々を抱き寄せる匠の腕を振り払った。

「寧々」
 寧々は、詠臣の胸に抱き寄せられ、いつもの匂いに包まれて、胸が疼いた。
「ごめんなさい……」
 寧々は、この場に居る三人に向けて口にした。
「大丈夫ですか?」
 すっかり戦意を失った二人を見て、警戒を解いた詠臣は、寧々の体を離し覗き込んだ。
 そして、寧々の目尻に残った涙の跡に眉をしかめた。

「どうして寧々が、そんな怪我を? どうせ居場所を聞きに来たんでしょ、此処に居るって言っても信じなかったの?」
 寧々に触れようとした琳士の腕を、詠臣が掴んで止めた。
「寧々が話すと思いますか?」
「馬鹿か……そんなの意味ないだろう、余計な事を……」
 匠が銃を置いた。匠の物言いに詠臣が怒り、睨み付けている。
「いや、馬鹿は俺達だな。あいつの事なんてすっかり忘れてた」
「匠さん……おじさん、二人の事逆恨みしていた……全然、更生なんてしてなかった。だから……きっと二人を探していると思う」
 寧々は、仁彌がどうにかしてここまでやって来て、二人に酷い事をするのではないかと心配だった。

「歓迎してやる。おい……ちょっと良いか」
 匠が詠臣に視線を送り、着いて来いとばかりに隣の部屋へ消えた。
 まだ何か誤解があるのだろうかと不安になった寧々は、付いていこうとする詠臣の腕を掴んだ。
「直ぐに戻ります」
「……」
「大丈夫、寧々。多分、仕事の話だよ」
 一歩近寄ってきた琳士から、詠臣が寧々を遠ざけた。
「必要以上に近づかないでください」
「はぁ? あんた……プライベート凄い人間臭いじゃん」
 琳士はぶつくさ言いながら、近くの椅子に座った。詠臣は、ずっと寧々の様子を見ながら、隣の部屋へ入った。

「気になる……」
 中々出てこない二人が気になって、寧々はソワソワと部屋の中を歩いた。
「まぁ、色々話すことあるんだと思うよ。これからずっと一緒に働くわけだし」
「そうなの?」
 琳士の発言に驚いて、寧々は琳士の目の前に椅子を置いて座った。
 同じ椅子に座っているのに、なぜこんなに余る足の長さが違うのだろうと不思議に思う。身長差以上の足の長さの違いがあると、詠臣に対してもも常々思っていた。

「平 詠臣の参加する試験的プログラムの発案者が兄さんだからね。本当は使えない奴が来ると思ってたから、まぁ……色々変更しないとね。軍人としては、良いチームになりそうで嬉しいけどねぇ……気に食わない。とにかく存在が気に食わない」
「どうして? 詠臣さんは、すごく仕事熱心で優秀だよ」
「はーん!」
 琳士が背もたれから飛び出すほど仰け反った。
「琳士?」

「お前、何やってるんだ……」
 隣の部屋から戻ってきた匠が、椅子に仰け反って揺れている琳士を白い目で見た。
「お待たせしました。寧々、帰りましょう」
 歩み寄ってきた詠臣に背中に手を置かれ、促された寧々が立ち上がった。
 チラチラと詠臣と匠を見たけれど、特別変わった様子がない事に安心した。
「……お邪魔しました」
 何と声を掛けて良いか分からず、寧々は二人にそう言った。
「またね、寧々」
 琳士は笑って手を振り、匠は寧々を見て頷いた。
 部屋から出て、少し歩くと広い道に車が止まっていた。一度見かけた事がある、キエト少佐の部下である眼鏡の青年が送ってくれた。

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